第077話:新たな関係に向けての発展的解消
土曜日の"
店内に取り残された状態の
「ねえ、優季奈、これ、いったい何の仕打ちなの。私たち、双葉さんに何かした」
優季奈にだけ届く程度の小声で
正確に測ったかのように八時三十分にやってきた三人は、待ち合わせの九時までの三十分、進んで双葉の手伝いをしていた。綾乃は昨日の電話で話をしたとおり、紅茶の用意だ。優季奈と沙希は食器類の準備など、比較的力の要らない作業にかかっていた。
九時に織斗と汐音がやって来て、双葉の案内のもの、特別室に綾乃と共に入っていく。そこからは優季奈も沙希も、てっきり休憩になると勝手に考えていたのだ。
「それじゃあ、こちらも始めましょうか。沙希ちゃん、
双葉が指し示したテーブルに沙希と優季奈が近寄っていく。双葉の前では依然として優季奈は
沙希と優季奈が並んでソファに腰を下ろす。見届けた双葉もまた着座すると、おもむろに言葉を発する。
優季奈をもってしても、笑みを浮かべたままの双葉の表情からは何も読み取れない。
「どうやら、沙希ちゃんは知っているみたいね。お姉さん、ちょっと寂しいわ。ねえ、凪柚ちゃん、そうは想わない」
優季奈を見つめてくる双葉の瞳に、はっきりと書いてある。
(まだ双葉さんに勘づかれたと決まったわけじゃないもの。双葉さんがいくら有名な心理カウンセラーでも、こんな短時間で見抜けるとは)
果たして、そうだろうか。優季奈は小首を
「凪柚ちゃん、世の中は不思議で満ちているの。私はね、自分は死者だと言い張る"
双葉の視線は優季奈の深層心理にまで届いているのだろうか。優季奈は思わず助けを求めて、横に座る沙希に視線を転じた。これ以上、双葉に見つめ続けられると確実にぼろが出てしまう。その判断
「双葉さん、仮に鞍崎さんに何らかの事情があったとして、それを知って、どうしようと言うのです」
沙希と双葉、年齢は離れていても気心の知れた仲だ。双葉からすれば可愛い義弟の
沙希もまた双葉を頼れる姉として大いに慕っている。大半の人生を海外で暮らしてきたことから、一般的な日本人よりも精神的に大人で、価値観も大きく異なっている。だからこそ
「どうもしないわよ。そうね、
双葉の言葉なら信じられる。あくまで双葉と過ごす時間が相応にあった沙希自身の主観だ。優季奈は違う。助言程度はできたとしても、最終的に決断を下すのは優季奈の責務だ。しかも制約がある以上、
双葉と沙希の視線が
「私は沙希ちゃんを信頼しているよ。だから、双葉さんに話していいよ」
わずかに驚きの顔を浮かべた沙希が少しばかり思案している。
(簡単に言ってくれるわね。信頼を寄せてくれるのは嬉しいけど。これもまた優季奈の魅力の一つかもしれないわね)
「わかったわ。真名のところだけ私が説明するから、その後はお願いね」
開店時間まで一時間もない。女三人集まって二時間以上かけて話しこんだことを短時間で説明しなければならない。沙希は早速とばかりに、優季奈の真名について語り始める。
そこからかいつまみながら、沙希と優季奈が互いに補完し合いつつ、およそ四十分で説明し終えた。双葉はさすがに優秀な心理カウンセラーだ。その間、途中で一切口を開くことなく聞き役に徹してくれた。
三人の時は、沙希も綾乃も事あるごとに質問を投げかけるなどしたため、ことさらに時間がかかったのだ。
「凪柚ちゃんは優季奈ちゃん、そして」
半ば放心状態の双葉がおもむろに口を開くと、優季奈の両手を自らのそれで包み込む。
「これで私も優季奈ちゃんに触れられるのね。こんなにも
なぜか恥ずかしそうにしている優季奈が可愛らしい。双葉は握っていた優季奈の手を解放すると明確に告げた。
「謎はまだまだ解ききれていないわね。この双葉お姉さんが全面的に力を貸してあげる。助力は惜しまないわよ。それに、私の心理カウンセラーとしての知識が役立つかもしれないわ」
立ち上がった双葉が優季奈の頭を優しく
「私は開店準備にかかるわ。二人はそこにいて構わないわ。沙希ちゃんはコーヒーね。優季奈ちゃんは」
"
優季奈と沙希は何げなく外を眺めながら、綾乃たちが出てくるのを待っている。テーブルには沙希のためのコーヒーと、優季奈のための砂糖たっぷりの紅茶が供されている。
「綾乃ちゃんたち、遅いね。もう二時間は経っているよ」
優季奈の
どのような話し合いが行われたのか、あえてここでは語るまい。
三者三様、一点の曇りもなしとはさすがに言い
綾乃が一目散に優季奈と沙希が待つテーブルに駆け寄ってくる。窓際にいた優季奈が横に詰め、沙希も
優季奈たちがいる窓際の場所は、"
「綾乃、お疲れ様だったわね。どうやら、一定の成果はあったようね」
比較的、晴れ晴れとした綾乃の表情を見れば一目瞭然、新たな関係へと前進できるだけの価値はあったのだろう。
「そうね。胸の中につかえていた想いは全てさらけ出せたわ」
多くは語らない。綾乃にとって、望むべき最上の結果とは到底言えないからだ。最初からわかっていたことだ。実際に面と向かっての言葉となると、わかっていてもさすがに哀しいし、辛い。
「よく頑張ったわね」
突然の二人の行動に綾乃が固まってしまっている。沙希が綾乃を抱きしめ、さらに優季奈がよしよしとばかりに頭を撫でているのだ。
「ちょ、ちょっと
店内は満員だ。しかも、ほぼ女性で占められている。それらの視線を一身に浴びている綾乃にしてみれば、たまったものではない。案の定、あちこちから
ああ、失恋しちゃったんだ。あんなに可愛いのに可哀想ね。振った男はどいつだ、と。敵を見るかのような痛い視線に
「振られたんでしょ」
「半分だけ正解よ。振って、振られて、だもの」
優季奈は沈黙を守り、綾乃の頭を撫で続けている。
沙希が目の前で座らずに立ったままの織斗と汐音に着席を促す。
「風向君、汐音、そこに座りなさい」
凍てつくような沙希の視線に
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