第076話:命を産み落とす大樹
我に返ったかのように
「そろそろまとめるわよ。
いろいろと
既に三人で話を始めてから二時間が経過している。待ちぼうけ状態の
「神月代櫻は桜ではなく、櫻の漢字を使い続けてきたわ。貝が二つは
沙希の熱のこもった語りに
「生命の大樹に
表面的な部分はおよそ見通せた、と言っても問題ないだろう。神月代櫻は
「ここまで随分と時間を取ってしまったけど、まとめればそういうことになるわね。ただし、今の私が持っている情報ではこれが限界なの。優季奈にも綾乃にも申し訳ないけど、本当に知りたいこの先のことについて、今の私では調べられない」
まさしく
「ここから先については、路川家の代々の宮司と
優季奈も綾乃も等しく
「沙希、知っていたら教えてほしいんだけど。路川家の
沙希はわからないとばかりに首を横に振るだけだ。
「私は想っているのよ。早宮埜と陰陽師、この二人あっての今の神月代櫻じゃないかと。二人がどうなったかを知ることはとても重要なのよ。祖母ならきっと知っているはず」
沙希がそこまで言うのだ。恐らくは秘伝書に記されている可能性も高いだろう。そこに期待するしかない。
「ところで、綾乃は汐音たちを待たせたままよね。あれから二時間は経っているけど、もう一度連絡を入れた方がよくない」
随分と話しこんだものだ。既に十八時を回っている。"
「そうね。もうこんな時間なのね。すぐに連絡するわ」
綾乃がスマートフォンを取り出し、早速メッセージを入力しようとしたところで、沙希が待ったをかけた。
「言った
電話の前にと断り、沙希が優季奈と綾乃に話を持ちかける。それは魅力的な提案だった。素直に頷く二人に笑みを向けた沙希が汐音の情報を呼び出し、タップして電話を鳴らした。
すぐさま汐音が出る。応答の声はいかにも不機嫌だ。誰からの着信なのか、すぐにわかったのだろう。
≪何だよ、沙希。俺は忙しいんだぞ。それよりもお前、いったい何時間話をしてるんだよ≫
沙希は優季奈にも綾乃にも聞こえるよう、スピーカーモードにしている。汐音の声はまさに筒抜け状態だ。沙希は二人に向けて、人差し指を唇に添えてみせた。
≪何が忙しいよ。二時間、どうせ暇を持て余していたくせに。それよりも、今からそっちへ行っても、せいぜい一時間じっくり話せるかどうかよね。だから、今日はもうお開きでいいわ≫
優季奈も綾乃も沙希の最後の言葉に笑いをかみ殺している。織斗にも汐音にも悪いとは想っている。ただ彼らとの話し合いよりも、こちらの方がよほど重要で優先度も高かった。それだけのことだ。
≪沙希、お前、ふざけんなよ。二時間待ちぼうけ食らって、その挙げ句にお開きってな。いい加減にしろよ≫
汐音の怒鳴り声が雑音となってスピーカーから飛び出してきそうなほどだ。
≪うるさいわね。お店の迷惑でしょ。それに、汐音の言葉をそのまま綾乃と優季奈に聞かせてもいいのね。それで問題ないなら遠慮なく大声で
汐音、もはや沙希の冷静な口調を前にして、完全に言い負かされてしまっている。そもそも、沙希と汐音の口喧嘩など、
いくら汐音が優秀でも、それを上回る論理的高速思考をいとも簡単に成し遂げる沙希が相手ではあまりに分が悪すぎる。かくして幼馴染の格付けは、幼い頃から明確に決まっているのだった。
≪汐音、提案よ。明日、風向君と一緒に私の家に来るか、あるいは改めて"
優季奈と綾乃、二人が大きく頷いている。
≪優季奈と綾乃が頷いているわ。隣に
言葉を続けようとして、沙希は静止を余儀なくされる。スピーカーから思わぬ声が飛び出してきたからだ。
≪"
汐音が横で怒鳴っている。
≪おい、こら、また俺たちの意思は無視なのか。そうなんだな≫
ちょっとうるさいわね、汐音君は、という双葉の声が聞こえてくる。
≪そうそう、綾乃ちゃんには少し早めに来てもらえると嬉しいわ。新しい紅茶を仕入れたのよ≫
思わず綾乃が声を上げていた。
≪行きます。待ち合わせの三十分前でいいですか≫
双葉から一言だけ戻ってくる。
≪"
「OKだって。じゃあ、優季奈も私も現地八時三十分に集合ということで」
沙希が時間を指定し、再びスマートフォンの向こうにいる双葉と汐音に話しかける。
≪双葉さん、私たち三人は三十分前に行きますね。汐音と風向君は九時ちょうどに来なさいね。遅刻したら許さないわよ≫
沙希はとにかく時間に厳しい。約束の時間を守らないなど論外でしかない。汐音と織斗が何か言っている。遅刻がどうとか聞こえてくる。一切無視して、沙希は早々に別れに言葉を口にした。
≪じゃあ切るから。また明日ね。汐音も風向君も良い夜を。双葉さん、明日はよろしくお願いいたしますね≫
≪あっ、沙希、待≫
汐音が何か言いかけていたが、気にせずに電話を切る。沙希と汐音の関係だ。この程度で二人の間がどうこうなるわけでもない。
「本当に汐音はだめな男よね。あんなのに好きになられた綾乃が気の毒、あっ、ごめん。余計なお世話だったわね。謝罪するわ」
沙希にしては珍しく、ついつい気を許した二人の前ということで口が
「いいわよ。頭を上げてよ。別に
汐音にとっても、綾乃にとっても、まさしく痛恨の極みと言ってもいいだろう。本人がいないと想って口にした汐音、それをたまたま間接的に聞いてしまった綾乃、もっと違う形だったらと想わないこともない。
そして、優季奈は綾乃から事実を聞かされている。一方で沙希は聞かされていない。汐音と綾乃の間で起こった出来事を知らないのだ。
「綾乃、あんな形とはどういうことなの。汐音は直接綾乃に告白したのでしょ」
優季奈が沙希に向かって、だめ、だめ、そこ突っ込んだらだめだから、と必死に目と態度で訴えかけている。沙希には優季奈の行動の意味が全く理解できない。
「えっ、違うの。優季奈、どういうことなの。知っているなら全部吐き出しなさい」
目標を綾乃から優季奈に変えた沙希がにじり寄っていく。さながら、圧迫面接の様相を
沙希がじりじりと優季奈に詰め寄り、それに併せて優季奈が後退していく。優季奈は既視感を覚えつつ、さすがに綾乃に断りもなく喋るわけにはいかない。
「優・季・奈、しゃ・べ・り・な・さ・い」
壁際まで後退してしまった優季奈の両頬を沙希が両手でしっかりと押さえこんでいる。
「さあ、今すぐ知っていることを全部吐くのよ」
優季奈が言葉にならない言葉を発している。
「沙希、ちょっとやめなさいよ。優季奈が可哀想でしょ。わかったわよ。話すから」
沙希が優季奈から離れ、身体ごと綾乃の方へ向き直る。解放された優季奈が押さえつけらていた両頬をさすりながら文句を言っている。
「もう、綾乃ちゃんも沙希ちゃんも平気で私の頬を挟みこむんだから。これ、痛いんだよ。本当に二人とも似ているよね」
綾乃と沙希、二人同時に声を響かせる。
「似てないわよ」
まさに女三人寄れば
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