第015話:子を想う母の深い愛情
「
優季奈は言われるまで全く気づいていなかった。
「あっ、ほんとだ。いつから」
「えっ、そうだったの。もう言ってよ、織斗君。ずっとこのままって、恥ずかしいじゃない」
優季奈が柔らかく抗議の声を上げている。
「すごく似合ってたから。優季奈ちゃんの髪、きれいな黒だし、花びらは白だし、すごくいいなあって」
次第にしどろもどろになっていく。
「よかったわね。織斗君が褒めてくれて。確かに、優季奈の黒髪には白が似合うわね」
嬉しそうにしている優季奈が髪に触れようとして、織斗が慌てて制止した。
「待って、優季奈ちゃん。そのままで。今日は特別な一日だよね。だから、記念にみんなで写真を撮りたいんだ。その、優季奈ちゃんさえよければ、だけど」
優季奈も年頃の少女だ。写真は撮りたいものの、パジャマ姿のままはさすがに恥ずかしすぎる。
「優季奈、これを着なさい」
美那子がロッカーから優季奈の上着を取り出してくる。まさに今日という日にふさわしい、桜色の薄手のカーディガンだった。
ちょっと困ったことになったとばかりに優季奈は小首を
優季奈の葛藤は、もちろん美那子も、沙織も感づいている。わかっていないのは織斗だけだ。
「俺のパーカー、もらうよ。優季奈ちゃんにはそのカーディガンの方が似合っているし、絶対可愛いに決まっているから」
沙織の大きなため息が聞こえてくる。
「な、何だよ、お母さん。俺、なんか変なこと言ったの」
訳がわからないとばかりに頭を抱える織斗に沙織が答える。
「あのね、織斗、もっと優季奈さんの気持ちを考えてから言葉にしなさい。いつもの悪い癖よ」
言われたところで、織斗には理解不能だったりする。中学生の男子に乙女心を理解しろと言ったところで無理に決まっている。
「織斗君、ありがとう。パーカー、返すね」
二人のやりとりを見て踏ん切りがついたのか、優季奈はパーカーを脱ぎ、丁寧に畳んだうえで織斗に手渡した。
「どういたしまして。こんなものでも優季奈ちゃんの役に立ってよかった」
せっかく優季奈が畳んでくれているのだ。無造作に受け取るなんてできない。織斗は
掴む瞬間、わずかながらに優季奈の手に触れる。
目と目が合う。束の間、互いに視線が外せない。
恥ずかしい。嬉しい。二つの感情が混じり合っている。
青春よね。
二人の母親が興味
「もう、お母さん、何よ、その顔は」
優季奈に続いて、織斗も抗議の声を上げる。
「お母さん、ほんと、そういうの、やめてくれよな」
美那子も沙織も言葉はなく、微笑んだままだ。
「もう知らないよ。ねえ、織斗君、早く写真、撮ろう」
優季奈に促される形で、ようやく皆がベッド
優季奈と織斗、その横にそれぞれの母親という構図で何度か撮影した。優季奈が美那子に向かって、見せて、見せて、とせがんでいる。
母と娘の会話を横目で追いながら、織斗は改めて実感する。
(うん、優季奈ちゃんが言ったとおり、やっぱりお母さんが好きなんだな。ああやって甘えている優季奈ちゃんも可愛いよなあ)
「織斗君、何をそんなににやにやしているの」
しっかり見られていた。間違いなく締まりのない顔をしていたのだろう。
「えっ、あ、何でもないよ。優季奈ちゃんを見てただけだから」
やや意味不明なことを口走る織斗に、すかさず優季奈の突っ込みがくる。
「私を見て、にやにやしてたの。うーん、それはどうなのかなあ。どんな想像してたの」
優季奈の視線が痛い。完全に誤解されている。
「ち、違うよ、優季奈ちゃん、誤解だよ。全然変なこと、思っていないから」
織斗は弁解するも、さらに泥沼に
「変なこと、ねえ、変なことってなあに」
再び頼りの綱の母親に視線を投げる。あっさり無視された。沙織は明らかに知っていて、そっぽを向いている。
想像以上に優季奈の目力が強い。答えを聞くまで引き下がらないという意思が感じられる。
「優季奈、いい加減にしなさい。織斗君をいじって楽しんでいるわね」
ばれたかという表情を浮かべ、小さく舌を出す。織斗はそんな優季奈も可愛いと想いつつも、ここはちゃんと言っておかなければならない。
「優季奈ちゃん、それ、ほんとに止めてよ。心臓に悪いよ」
自分の心臓のことは優季奈には話をしていない。するつもりだったのに、優季奈を想うあまり、やはりできなかった。織斗はやってしまったとばかりに沙織の方に振り向く。
「お母さん、優季奈ちゃんに言ってもいいかな」
沙織の目が告げている。
視線が美那子に注がれ、確認し合う。美那子は看護師長の鈴本から聞かされているし、沙織からも説明を受けている。ここで知らないのは優季奈だけになる。
「仕方がないわね。私から話をするから」
きょとんとしている優季奈に、沙織が説明を始める。
「優季奈さん、隠し事はよくないから話しておきますね。織斗は心臓が悪いの。もちろん、優季奈さんの病気と比較などできないけど、織斗もこの病院に幼い頃からずっと通っているのよ」
優季奈は驚きを隠せないまま、両手で口を覆ってしまった。
「黙っていてごめんね。話せなかったんだ。あっ、今の俺にとっては普通のことなんだけどね。優季奈ちゃんは驚いたよね。ほんとにごめんね」
優季奈は口を覆ったままで言葉が出てこない。今にも泣き出しそうな顔をしている。
せっかくの優季奈の特別な一日を台無しにしてしまった。織斗もまたがっくりと肩を落としている。
こういった時にやはり頼りになるのは二人の母親だ。
「優季奈さん、織斗の心配をしてくれてありがとう。織斗は大丈夫よ。どうしてって想うでしょうね。それはね、私が絶対に死なせたりしないから」
優季奈は目を見張って沙織を見つめる。
(すごい、織斗君のお母さん。本当に織斗君のことを)
「優季奈さん、
沙織の後を引き取るように、今度は美那子が口を開く。
「織斗君が待合室を出た後のことよ。織斗君の病状について、私はつい可哀相と言ってしまったの。沙織さんはこう仰ったわ。『可哀相だと思ったことは一度もないんですよ。冷たい母親だと思われるかもしれませんね。でも、それで愛する織斗の命が奪われないで済むなら、私も夫もいくらでも鬼になれると思っているのです』と」
沙織はもちろん、織斗も優季奈も居たたまれない気持ちになっている。沙織に至っては、織斗に伝えるつもりのなかった想いを美那子が披露してしまったため、いっそう恐縮してしまっている。
(お母さんって、ほんとにすごいなあ)
織斗もまた深く母の愛情を感じ取っている。偽らざる気持ちだった。
「俺、何となくわかっていたよ。お母さんもお父さんも冷たいって考えたことなんて一度もないし。全部俺のためにしてくれているって信じていたから」
織斗の言葉に沙織が泣きそうになっている。
「それに、この病気があったから加賀先生のようなすごいお医者さんにも診てもらえているし、何よりも優季奈ちゃんに出逢えたから」
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