第六話・魔王代理は精霊の儀式を受けることにしました。
そういうわけで、旅立つ前にその「精霊の儀式」を受けてみたのだが、あっさりと終わってしまった。体感で20分くらいだろうか。座っている俺に対し、魔術師が長めの呪文(祝詞のような)を唱えるだけで終わった。
「これで、精霊たちは貴方の存在を認識するようになっていますよ」
「精霊の姿を見たり、声を聞いたりはできないんですか?」
「素質によりますね。例えば、修道女様は精霊たちを見ることも会話も出来ます。他にも出来る者はいるようですが、私はどちらも出来ません」
今のところ、俺には会話どころか気配すら一切感じない。
「実感はないけれど、これで魔法が使えるようになったということですよね?」
「はい。魔界では、子供が産まれたら儀式を受けさせます。それから後は、素質や才能によって、魔術の道に進む者、それ以外の道に進む者と分かれますが、魔術を志す者はまずは勉学に勤しんで、徐々に使えるようになるというのが通常の流れです」
「魔法の学問ですか。例えば、呪文とかですか?」
どうやら、魔法は『呪文』や『魔法陣』という、フィクションによく出てくるものは一切使わず、精霊に「◯◯がしたい」という願いを伝え、それを精霊が受け入れてくれたら、その効果が発動するという仕組みのようだ。
魔法を使うこと自体に勉強は必要ないわけだ。
では、何を勉強するのか。効率よく精霊に願いを伝える手法だとか、要求される報酬をいかに軽くするかとか、魔法の歴史とか。つまり基礎と応用、魔法を使うための補助能力を強化していくのだそうだ。
「一度、外へ出て試してみましょうか」
俺たちは建物の裏手にある、開けた場所に移動した。
「ここなら大丈夫でしょう。では、自由にやってみてください。願い事を声に出しても良し、思い描いても良し。それを精霊にうまく伝えることが出来れば、魔法が発動します」
「なにも学んでいないんですが、儀式を受けて、すぐに使えるものなんですか?」
「普通は無理ですね。精霊に存在を認識させることが出来ても、願いを伝えるための『伝え方』がしっかりしていないと、彼らに届かないのです」
要するに、違う国の人々がお互いを認識していても、言語の違いで会話が出来ないようなものか。よくわからないが、そういうことにしておこう。
「どうせ伝わらないなら気が楽ですね。じゃあ、あの遠くにある岩を吹き飛ばしてしまいましょう!」
「おお、豪快ですね! 頑張ってみてください!」
「よし、精霊よ! あの岩を燃やし尽くせ!」
その瞬間、ノリノリの俺たちを、まばゆい閃光が襲った。
かっ。
どぉぉおおん。
爆音が耳をつんざく。そして爆風と砂塵がおさまると、岩があったであろう周辺が深くえぐり取られていた。俺たちはさぞかし、まぬけな顔をしていたことだろう。
しばらく呆然としていると、音に驚いた人々が集まってきた。ざわざわしている。遅れてやってきた修道女が話しかけてきた。
「これは…。いったいどうしたのですか?」
未だに呆然としている俺の代わりに、魔術師が説明してくれた。話を聞いた修道女は少し考え込んで、俺に話しかけてきた。
「精霊たちがはしゃいでいます。どうやら代理様の『記憶』が大好物のようですね」
「記憶…ですか?」
「はい。代理様の過ごしてきた『異世界の記憶』を、精霊たちは報酬として選んだようです。見たことのない世界に興味があるのでしょう」
それは、記憶が削られていってしまうということだろうか? もしそうだとしたら、とてもじゃないが魔法なんて使っていられない。
「いえ、記憶が取られるわけではありません。例えて言うと、代理様の記憶を精霊たちは、書庫にある本を読むように、見て触れて楽しんでいるようです」
俺の頭を図書館代わりにしているということか。まぁ、大した人生でもなかったから、読まれるくらいはどうってことはないか。
「しかし、これほどまでに威力が強大になるとは…。暴走させないように、魔法の勉強を頑張りましょうね」
「勉強ですか…。ところで、代理様、とは?」
「魔王様でないことがバレていたとお聞きしましたので」
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そして次の日の朝。いよいよ人間の村に出発するのだが、黒騎士の師団から、護衛として一人の兵士。修道女の師団から、魔法の教師として一人の魔術師を帯同することとなった。
魔術師は、俺に儀式を施して一緒に呆然としてくれた人間の女性。名前をランタナ。そして初対面の兵士は、190cmの「小柄な」オーガの男性。名前をヒオウギという。
「またお会いしましたね。よろしくお願いいたします」
「あなたが代理様っすか! 道中、よろしくっす!」
「ちょっと。代理とは言え、魔王様ですよ。少しは礼儀正しくですね」
「かったいこと言うなよ! 楽しくやろうぜ!」
ああ。これはなかなか骨が折れる旅路になりそうだ。
魔王代理のお仕事 やざき わかば @wakaba_fight
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