第五話・魔王代理は旅立ちの準備をしています
宴の夜が明け、俺は旅の準備を進めていた。徒歩で往復三日とはいえ、万が一を考えて多めに五日分の荷物を持っていきたいと思っていたところ、修道女が手伝いに来てくれた。
「すみません、師団の仕事で忙しいところを手伝っていただいて」
「いいえ、こんな状況ですから。兵のみんなには訓練のメニューを伝えてありますし、大丈夫です」
黒騎士とその部下たちはまだ眠っていたり、二日酔いで苦しんでいたりしているそうだ。
「なんというか、軍隊なのにゆるいんですね」
「私たちは元々、魔王国の自警団だったんです。それを魔王様が治安と国防を維持するための組織ということで、雇え入れてくださったんですよ。ですのであまり軍隊という意識はありませんね」
「他国が攻め入ってきたりなどは、なかったんですか?」
「魔界には魔王国しかありませんでしたから」
彼らが緩く緩やかなのは、外敵がいなかったからということと、元から多種多様な種族が、ひとつの文化で生きてきたことで、『文化や宗教などが原因で戦いが起きる』ということを想像出来なかったからなのだろうか。
俺が元の世界で接してきた「魔物は好戦的」「魔族は悪辣」「悪魔は悪者」などという本や映画やテレビ番組とは、真逆だった。
つまりは究極の平和国家。その平和国家が今、恐らく文化も考え方も、宗教もまるで違うであろう世界に来てしまっている。今後、別の勢力に脅かされない保証はない。
今のこの「魔王国」を、防衛力や即応力を兼ね備えたきちんとした国にしないと、この先やっていけないかも知れない。そのためにはどうするか。
「修道女さん。前から気になっていたんですが、魔法というのはどういう仕組なんですか? 俺の世界では魔法が存在しなかったので興味があります」
「魔法、ですか。簡単に言うと、魔法というのは自然界に存在する精霊に、いろいろな事柄を手伝ってもらう技術や学術ですね」
「それって、俺が今から練習して使えるものなんですか?」
「魔法を使うには、まずはその使用者の存在を精霊に認識させないといけません。そのための儀式が必要で、これは誰でも受けることが出来るのですが…」
修道女は少し考えながら、話を続ける。
「その後は、使用者の素質や能力次第です。精霊はチカラを貸す代わりに、いろいろなものを要求してきます。使用者はそれに応えなければいけません」
「その要求とは?」
「殆どは、使用者の生命力。寿命と言っても良いと思います」
つまり、魔術師の大半は、魔法を使うたびに自らの命を差し出しているのだという。
「木を伐採したり、削ったりするのはそこまで大変ではないので、大丈夫ですよ」
俺は、集落の竪穴住居を作るために、魔術師たちに協力してもらったことを今更ながら後悔した。それが顔に出ていたのだろう。修道女が慰めてくれた。しかし、これからは魔術師たちにあまり手伝いを頼まないほうが良いだろう。
「修道女さんも、精霊に生命力をあげているんですか?」
「いえ、私は少し特殊なのですが、精霊になにも要求されていないのです」
「されていない?」
「はい。どうやら精霊には、私はとても恐ろしい存在のように見えているらしく、逆らったら根絶やしにされると思い込んでいるようでして」
そうか。だから無尽蔵に強力な魔法が使えるというわけか。
「全く失礼な話です。ですが、そのおかげで今がありますので、ありがたいことです」
修道女が良い人で良かった。これで悪しき野望を持っていたら、と思うと、ぞっとする。しかし、「精霊に自分を認識させるための儀式」か…。
受けてみるかな。
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