第5話 夢の話

 芽依は車にはあまり興味がないので、学校まで瀬央を迎えに来た都々理家の車が、なんという車種なのかは分からない。だが、高級車なのだろうということだけは分かった。普段芽依が乗っている家の車もそれなりだが、恐らくランクが違うだろう。



「……黒塗り」


「斎宮さん、こっちだよ」



 車まで案内してくれた瀬央は、運転手が開けて待っている後部座席に乗り込んでいく。芽依はそろりと周囲を見回した。


 校門近くのロータリーには、他にも送迎の車が止まっている。瀬央と同じ車に乗り込むところを見られたら、翌日誰に何を言われるか分からない。


 芽依は誰にも見られていないことを確認して、素早く瀬央の隣に並んだ。


 車は静かに走り出した。



「お、お邪魔します」


「どうぞ。結局今日になっちゃったね」


「ごめんね……。お母さんが我が儘言ったんじゃない?」



 瀬央は何も答えずに苦笑するだけだった。つまり、また盟子が暴走したのだろう。



「……本当にごめん」


「母さんはそんなに気にしてないよ。本当に、いつでも良かったみたいだからね」



 「母さんは」ということは、都々理夫人以外には気にしている人もいるのだろう。それに例え許してもらったとしても、失礼なことに変わりはない。



「……確かに君の母親は頭がおかしいけど、それを斎宮さんが謝る必要はないよ。別人なんだから」



 直球の罵倒に、芽依は笑ってしまった。


 瀬央のこういう、明け透けなところは好ましいと思う。だが、常にこんな言動をしていたら、誰かに注意されるのではないだろうか。



「都々理くん、あんまり過激なこと言ってると、友達……、じゃないか。学校の人にびっくりされるんじゃない?」



 うーん、と瀬央は首を捻った。



「僕は一応、人と違う考え方をしてることは理解してるんだ。別にそれで嫌われたって構わないんだけど、そうすると色んな物事がスムーズにいかなくなるんだよね。あと、母さんたちが心配するし」


「そうなんだ。私はいいの?」


「君一人が僕の性格を知っていた所で、別にどうということないし。斎宮さん、友達いないからね」


「……その通りだね」



 芽依が項垂れると、今度は瀬央が楽しそうに笑った。



「今の、君は怒っていい所だよ」


「事実だし……」


「そうだね。……このままいけば、僕らは結婚するんだ。君に隠し事をする必要性はないと思うんだけど」



 言いながら、瀬央は左手首の辺りを撫でた。ほとんど無意識の動作なのか、視線はまっすぐ前を向いたままだ。


 その言葉と仕草で、芽依は今朝見たばかりの夢を思い出した。その途端に頬がかっと熱くなって、咄嗟に両手で抑える。


 そんな芽依に気付いているのかいないのか、瀬央は変わらない口調のまま続けた。



「あと、今朝の夢に斎宮さんが出てきてね。普段通りでいっか、って思っちゃうのは、その影響もあるかな」


「えっ……」



 顔の下半分を覆ったまま、芽依は体ごと瀬央に向き直った。



「どうしたの?」


「私も、その……。都々理くんが夢に出てきたの」



 婚約をしたばかりだから、お互いに意識に強く残っていたのだろう。そうは思えど、偶然にしてはタイミングが良すぎる気もする。



「へえ?」



 瀬央が興味深そうに眉を上げる。



「どんな夢だったの?」


「えっと……。結婚のパレードだったよ。私たち、結婚衣装を着てて……、あの」



 これを話すのは少しどころではなく恥ずかしい。まるで芽依が、瀬央との結婚を心待ちにしているように聞こえる。


 多分もう、首まで真っ赤だ。



「別にそういうんじゃなくて、その」


「それは分かってるから。パレードだけ? その続きは?」


「……ヨーロッパっぽい街とお城があって、私たちが乗ってる馬車がお城についたら、人が待ってて……」



 ボソボソと続きを話す。ふとここで、夢なのにしっかりと記憶が残っているなと、気が付いた。


 いつの間にか顎に手を当てて考え込んでいた瀬央が、芽依の言葉を奪うように割り込む。



「国家元首と、宗教関係の人と、官僚らしい人が何人か?」


「そ、れ……」


「斎宮さんは、『せめて王様と神官と大臣とか言おうよ』って僕に言ったよね」



 信じられなくて、芽依は瀬央の顔を見つめた。瀬央も視線を返してくる。


 もう、顔の熱さは引いていた。


 少しおかしな夢を見た。ただそれだけだと思っていたのに、さらにおかしなことが起きている。



「おんなじ夢、見てる……?」


「その続き。エルソラって世界を星の力で救ってくれ、って言われた? よくあるロールプレイングゲームみたいだなって、僕は思ったんだけど」


「言われた……。都々理くんがそれを引き受けて、その後は結婚式だった……。私は、ファンタジー小説みたいって思ったよ」



 星の英雄と巫女。そう呼ばれて、仰々しく持て囃されて。


 そんな夢を見た記憶が、双方に残っている。



「どういうことだろう。ただの夢じゃない……。赤の他人同士がまったく同じ夢を見ることなんてあるのかな。前例を調べて……」



 ぶつぶつと思考を口に出していた瀬央は、途中でふっと口を閉ざして窓の外を見た。



「ああ、もう家に着いちゃったね」



 つられて芽依も外を見る。まず目に入ったのは鉄柵で、その向こうには目隠しのためか、常緑樹が植えてあった。敷地を囲む柵を見るに、かなり広大な土地のようだ。


 車は鉄柵が途切れた所で速度を落とした。道路から敷地に入り、奥まったところにある鉄門の前で一度停まる。


 門が開くのを待つ間、瀬央が言った。



「とりあえず、夢の話は後にしよう。今の目的は母さんだから」



 もうすっぱりと思考を切り替えたらしい。芽依が頷いたのと同時に、門が開いた。

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