第4話 都々理家への招待
おかしな夢だった。
芽依は目覚めてからしばらくの間、ベッドの上でぼんやりとしていた。
あまりにも感覚が鮮明で、逆に現実味が失われたような夢だった。きっと瀬央との婚約で、知らず知らず精神に負担をかけていたのだろう。それが、普段読んでいるファンタジー小説と混ざったのだ。
(現実より先に、夢の中で結婚するなんて)
頬が熱くなるのを感じて、芽依は布団を頭の上まで引き上げた。今日も学校だというのに、どんな顔をして瀬央と会えばいいのか。
向こうは話しかけてなど来ないだろうけれど、今は彼の姿を見るのでさえ恥ずかしい。
(大丈夫……。静かにしてれば、誰も私のことなんて気にしてないんだから……)
芽依は意を決して、のそのそと布団から這い出した。
朝起きた時はあんなに気が重かったのに、学校に来てみればいつも通りだった。
誰も芽依のことを見ないし、興味を持たない。今はそれがありがたい。
瀬央は相変わらずクラスの中心にいて、芽依との距離は遠い。離れた所から彼を眺めていると、まるで瀬央に片思いする女の子たちの仲間入りをした気分だった。
どこかそわそわしつつも、午前の授業をすべて終え、食堂に来た時だった。
「こんにちは、
珍しく誰も引き連れていない瀬央が、壁際の席に座った芽依の隣に座った。
「つっ、
「? どうしてそんなに慌てるの?」
「い、いや、びっくりして……」
まず、瀬央が食堂にいることに驚いた。
うどん定食を食べようとしていた芽依とは違って、瀬央の前には何も置かれていない。彼はいつも、教室で弁当を食べていたはずだ。
「それはごめんね。君を探してたんだ」
夢に出てきた時のような自由奔放さは、やはり今の瀬央にはなかった。爽やかな笑みを直視できず、視線を逸らしてうどんの出汁を睨みつける。
「えっと……、何か、用とか」
「うん。母さんがね、斎宮さんに会いたいんだって」
逸らしていた視線を、瀬央の方に戻した。心臓がバクバクと音を立て始める。
「都々理くんの、お母さまが?」
「そう。見合いの席ではほとんど話せなかったから、お喋りしたいんだって。だから、斎宮さんの予定を教えて欲しくてね」
瀬央が楽しそうに、机に頬杖をつく。
「予定……」
「うちの母さんは基本的に家にいるから、いつでもいいらしいよ。斎宮さんが空いてる日に来てくれたら、って」
空いている日、と言われても。
困り果てて黙ってしまった芽依に、瀬央は少しだけ笑みを引っ込めた。
「今週とか、来週も忙しいのかな?」
「て、いうか。毎日習い事があって……。勝手に休むとお母さんに怒られるから、聞いてみないといけないの」
すぐに返事できなくて、ごめんなさい。
そう謝る声が、自分でも分かるくらいにか細かった。
自分の予定を、すべて母親に管理されている。情けない自覚はあるが、芽依にはどうすることもできなかった。
瀬央は一瞬だけ困ったように首を傾げたが、すぐに「それなら」と声を明るくさせた。
「母さんから、君の母親に連絡してもらおう。断りはしないでしょ、お見合いの時の感じなら」
「それは多分……、うん」
「なら決まりだ。決まったらまた声をかけるよ。食事の邪魔をして悪かったね」
会話が終わると、瀬央はすぐに席を立った。こちらを振り返ることなく去っていく背中を見送り、大きくため息をつく。
とても緊張した。しかも、これから気の重いイベントが待ち構えている。
お見合いの日に顔を合わせたきりの都々理夫人は、とても優しそうな人に見えた。それに瀬央のことを大切にしている様子だった。
だからこそ、話をしたいと言われると尻込みしてしまう。こんな無理やりねじ込まれたに近い見合いで、夫人の機嫌を損ねていないか。大事な息子には相応しくないと、思われていないか。
芽依はうどんに箸を付けたが、当然のことながら味はまったく分からなかった。
盟子から連絡があったのは、昼休みの終わり際だった。スマホのメッセージアプリに、何件も通知が届いている。
アプリを開くのを、一瞬だけ指が躊躇した。
『都々理さんがあなたを呼んでいます』
『今日来てくれるなら嬉しいとおっしゃられているから、授業が終わったらすぐ行ってきなさい』
『水泳の教室には休みだと伝えておきます』
『送迎は瀬央くんと一緒に向こうの車がしてくれるそうよ』
『絶対に粗相をしないように』
『ちゃんと気に入られてきなさい』
僅かな時間も置かずに送られてきているメッセージに、芽依は『分かりました』とだけ返した。
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