偽物の楽園

 エントランスを潜り抜けると広大な草原が広がる。四方を水路が駆け巡り、水車が点々と設置されている。

 ここは白い箱庭。空も太陽も本物。けれども、ここでの生活はまやかし。全ての生活が保障されている訳じゃあない。

 この学園都市が崩れれば、ここは無用の長物。ただの廃墟となる。

 でも、そんな事はさせない。ここは、僕達の楽園だ。

「おかえり、おにいちゃん!」

「お、おかえりなさい。おにいちゃん」

 活発で髪の毛が短いのがブラン、左目を隠している長髪がシュニー。二人とも僕を慕っている子供達だ。

「ど、どこに行っていたの?も、もしかして、へいのおそと?」

「うん、そうだよ」

「いいな!私も行きたい!」

「だ、だめだよ、ブラン!お、おかあさんが、言ってたもん!へ、へいのおそとは、こわいひとばっかだって!」

 同意を求めるようと、シュニーが目を潤ませながら見詰めてくる。

「そうだね。でもね、皆が怖い人ばかりじゃあないよ。ブラン、シュニー」

 二人の頭を優しく撫でる。・・・僕にいるもしてくれるあの人のように。

 汚れの1つない、混じり気のない白い髪。

「君達二人が、大きくなって、それでも、外に興味があるんだったら、先生に相談してみよう」

「どうして?」

「君達は、まだ、小さいからね。塀の外に出るんだったら、自分で自分の事を出来る様にならなくちゃあいけないんだ」

 ブランは少し膨れたが、シュニーはホッとしたような顔をしていた。

「じゃあ、またね」

 そう言い終わらないうちに、二人は向こうの方へと駆けていった。

 対照的な二人なのに、いつも一緒にいる。本当に不思議な二人だ。

 草原の中央には、白い塔が伸びている。

 その塔の中に入ると、外とは打って変わって物々しい警備体制が敷かれている。

 エレベーターホールを突き抜け、専用のエレベーターに乗ると、ボタンを押さずに最上階まで上昇する。

 ベルの音と共に扉が開くと白衣を着た女性が待ち構えていた。

「おかえりなさいませ、№99」

「・・・」

「無視ですか?連れませんねぇ」

 鼻先で部屋の扉を閉めると外で、いーれーてーくーだーさーいー、と叫いている。

「おかえり、シロ」

「・・・只今、帰りました。今治博士」

「楽しかったかい?」

「・・・申し訳ありません。昨日の内に戻って来たかったのですが、家を出たのが遅くなったので、寄合所で休息を取ってから戻って来ました」

「良いんだよ、シロ。君が楽しければそれで。どうだったのかい、初めて会った感想は?」

「・・・とても、楽しかったです。本当に、先生のお話通りの素晴らしい方でした」

「いやー、自分でここの鍵を持っていたのを思い出しまして・・・!ところで、素晴らしいお方とは、どのお方ですか?」

「あぁ、旭君。男同士の秘密だよ」

 今治博士は、立ち上げているデスクトップを愛おしいそうに眺めている。

「あぁ、ご息女の方ですか!是非、お目に掛ってみたいものです」

「君が触れるな・・・」

 心の中に黒々とした何かが湧き出してきた。

「君が触れようとするならば、僕は君を殺す」

「ふふん、やれるものならどうぞ?№99」

「・・・そこまでだ、二人とも。旭君、少し、話がある。喫茶室に行こう」

「えー、博士。ここではダメなのですか?」

 旭、と短く言われて渋々博士に付いていく。

「それでは、失礼します」

 扉が閉まると、途端に静寂が訪れる。博士が座っていた椅子には、微かな温もりが残っている。

 博士のデスクトップの中には、今よりも幼い彼女がこちらを見て笑っている。

 デスクトップの中の彼女に触れても、何も感じない。でも、もし、本物の彼女に触れる事が出来るとしたら・・・?

 いやいや、と頭を振るう。もしそれが叶うのなら、博士が首を縦には振らないだろう。それに、彼女は、ありのままの無垢で、か弱くて、それでいて何か芯のある姿であって欲しい。

 けして、旭なんかに触れさせてたまるものか。旭が触れたら、彼女の心は一瞬で壊れてしまうだろう。

 まだだ。まだ、完璧じゃあない。僕も彼女も・・・。

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白の王国 路傍土 @robo-do

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