家族

 バス停に着くと、暫くしてバスが到着した。この時間帯に乗る人は余り多くいないらしく、ガラガラだった。

 スマホを確認すると、父さんからの着信が数件入っていた。

 どの着信も留守録がされており、内容もほぼ同じだった。

 あぁ、この分だと家にも大量の留守電が入っているのだろうな。

 バスに揺られること数十分。何時ものバス停で下車をする。

 家に着くと門も玄関の鍵も開いていた。

 玄関には、男物の革靴が一足、踵を揃えて爪先を外に向けて置いてあった。

「・・・た、ただいま」

 リビングルームの扉を開くと、ソファーに上着と鞄が置いてあった。

 何だ、ここには居ないのか。・・・期待はしていなかったけど、少し、寂しかった。

 そう思っていたら、奥の方から物音がした。荷物を置くついでに、父さんの部屋も確認しておこうと思い、リビングを通り抜け、長い廊下を進み、自室に荷物を置き、制服も着替える。上着のポケットを触ったとき、何か異物が入っているのを感じた。

 静かに取り出してみると、赤い小さな蛍光灯が点滅するサイコロ大の黒い物体が出て来た。・・・発信機か、それとも盗聴器か。取り敢えず、そっと机の上に置くと、目覚まし時計で砕いた。

 制服をハンガーに掛けて、着替えていると廊下から人の気配を感じた。

 すぐに襖を開けたがどこにも人の気配がなかった。

 そのまま、ダイニングに向かいコーヒーを入れようと、棚からマグを取り出していると、リビングから誰かが入ってきた。

「あぁ、随分と入れ違いになったね」

 振り返ると、父さんが大きなボストンバッグを提げていた。

「あ、父さん。・・・た、ただいま?」

「そうだね、華。お帰りなさい」

「・・・コーヒー、飲む?あ、もうこんな時間か。夕飯にした方が良いかな」

「・・・華。昨日、誰か来たかい?」

「・・・昨日?あぁ、父さんの知り合いだって人が来た」

「あぁ、やっぱり来たんだね。・・・どんな様子だった?」

「・・・様子?・・・自分の事だけ話して、ソファーで寝て帰った」

「フフッ、そうか、そうか。溶け込めたようだね。・・・よかった」

 ・・・本当に、父さんの知り合いだったのだ。だったら、もう少し親切にしておけば良かった。

「彼はね、ずっとこの町について興味を持っていたんだ。だから、いつか願いを叶えてあげたいなって思っていたんだ。また、暫くしたら外に出してみよう」

「・・・ねぇ、父さん。その、昨日来た人って、父さんと同じ職場の人なの?」

「うーん、そうだね。同じと言えば同じだけど、少し違うかな。簡単に言うと、僕の研究のスポンサー、かな」

・・・研究のスポンサー。なら、もっと良くしておけば良かった。あぁ。後悔先に立たずとは、よく言ったものだ。

 それじゃあ、彼の事も知っているのだろうか?

「ねぇ、父さん。トドミって人は知っている?」

「・・・トドミ?うーん、僕の知り合いにトドミは居ないよ。どうして?」

 私は、聞かれて今日の出来事と電話に出られなかった理由を話した。

「そうだったのか。てっきり、素行が悪くて、呼び出されたのかと思ってたから」

 私は、そんなに信じられないのか?

「じゃあ、そろそろ行くよ」

「え・・・。夕飯は食べていかないの?何時もなら、泊まっていくのに」

「ごめんね、華。研究がまだ、終っていないんだ。それに、論文の提出も迫っているからね。・・・大丈夫、論文が完成したら、暫くは泊まり込みもないと思うから」

 頭を2,3度撫でてくれる。昔から変わらない父さんのクセ。

「じゃあね、華。お小遣いと生活費と色々は、リビングのテーブルに置いておくからね。足りなくなったら、連絡してね。書留で送るから」

「・・・分かった、父さん。気を付けてね」

「ありがとう、華」

 外まで送ると、昨日とは違って空気は冷たかったが、空が綺麗だった。やっぱり、空気が冷たいと星がよく見える。それに、とっても静かだった。ずっと、この静寂な世界に身を置いていたかった。

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