4
公園に戻ったとき、僕は長い夢から醒めたような気持ちだった。
アンナが僕を見ていた。
「気分はどう?」
「……ふわふわしてます」
彼女はふふふ、と可愛く笑った。空は白み始めている。
「夏生くんは、もう決めたの?竜胆くんとこで働くかどうか」
「……少しは。」
「そう。その答えを大事にね。」
「はい、」
アンナは竜胆から封筒のようなものを受け取ると、トラックに戻る僕達を見送った。
バックミラーから公園を見る。すでにアンナも千音寺も、着物の人も何もかもが消えていた。ただ青墨を塗ったような公園に、白い桜の花が揺れるばかりだった。
やがて公園は見えなくなり、山は町へ、町は高速へと移り変わっていく。
「竜胆さん、」
フロントガラスの向こうを見ながら、僕は言った。高速道路の奥で、朝焼けの空に星たちが焼かれながら輝いている。
「僕が断ったらどうなるの?」
竜胆もまた、こっちを見ることはなかった。
「まぁ、俺が大目玉だな。これだけこっちの秘密を晒したんだ。それでやっぱだめでした、じゃ、そりゃ叱られるさ。」
彼は笑っているが、恐らく口で叱られるだけではないのだろうということは、なんとなくわかった。
「じゃあ、そうまでしてなんで……僕を誘ってくれたの?」
「そうだなぁ。なんでかなぁ、」
向かいから差し込む朝日に、彼は眩しそうに目を細めた。
僕たちは小さなパーキングエリアで休憩を取った。あたりは黄色の朝もやに包まれていた。簡素な屋根だけの自販機コーナーで、竜胆は温かいコーヒーのボタンを押しながら、「覚えてるか」と言った。
「お前に初めて会ったときのこと」
「……?」
「タバコ、なかなか見つけられなかっただろ。二人で一緒になって探したよなぁ」
行きにも話したことだ。なぜまた、その話を始めるのだろう。
「ようやく見つけたとき、お前自分がどんな顔してたか知ってるか?」
あの時。竜胆の〈ラッキーストライク〉が、その名前も相まって宝物のように見えたのは覚えている。だが、自分の顔はわからない。
「……俺さぁ、お前のこと、土の匂いがするし、手首に傷まであるし、ああ自分と似ているなって、何か心のなかに寂しいものがあるんだろうな、って、勝手に思ってたの。
それがあんな顔するんだから、驚いてさ。
またああやって笑ってほしかった。
それがお前を誘った理由だよ。
実際、元気でたろ?……少なくとも俺は、初めてあれを見たときに、肩の荷が降りたような気がしたぜ」
僕は竜胆の横顔をチラ、と見たあと、自販機のボタンを押して、同じ缶コーヒーを取り出した。それからふたりで喫煙コーナーに行き、彼にせがんで、生まれてはじめてタバコを吸った。
信じられないくらい不味かった。
竜胆はむせる僕を見て笑っていた。僕もつられて笑った。冷たい風が首筋を撫でる。彼のタバコの先端が、赤く燃えている。
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