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 公園に戻ったとき、僕は長い夢から醒めたような気持ちだった。

 アンナが僕を見ていた。

「気分はどう?」

「……ふわふわしてます」

 彼女はふふふ、と可愛く笑った。空は白み始めている。

「夏生くんは、もう決めたの?竜胆くんとこで働くかどうか」

「……少しは。」

「そう。その答えを大事にね。」

「はい、」


 アンナは竜胆から封筒のようなものを受け取ると、トラックに戻る僕達を見送った。

 バックミラーから公園を見る。すでにアンナも千音寺も、着物の人も何もかもが消えていた。ただ青墨を塗ったような公園に、白い桜の花が揺れるばかりだった。

 やがて公園は見えなくなり、山は町へ、町は高速へと移り変わっていく。


「竜胆さん、」

 フロントガラスの向こうを見ながら、僕は言った。高速道路の奥で、朝焼けの空に星たちが焼かれながら輝いている。

「僕が断ったらどうなるの?」

 竜胆もまた、こっちを見ることはなかった。

「まぁ、俺が大目玉だな。これだけこっちの秘密を晒したんだ。それでやっぱだめでした、じゃ、そりゃ叱られるさ。」

 彼は笑っているが、恐らく口で叱られるだけではないのだろうということは、なんとなくわかった。

「じゃあ、そうまでしてなんで……僕を誘ってくれたの?」

「そうだなぁ。なんでかなぁ、」

 向かいから差し込む朝日に、彼は眩しそうに目を細めた。



 僕たちは小さなパーキングエリアで休憩を取った。あたりは黄色の朝もやに包まれていた。簡素な屋根だけの自販機コーナーで、竜胆は温かいコーヒーのボタンを押しながら、「覚えてるか」と言った。


「お前に初めて会ったときのこと」

「……?」

「タバコ、なかなか見つけられなかっただろ。二人で一緒になって探したよなぁ」

 行きにも話したことだ。なぜまた、その話を始めるのだろう。


「ようやく見つけたとき、お前自分がどんな顔してたか知ってるか?」

 あの時。竜胆の〈ラッキーストライク〉が、その名前も相まって宝物のように見えたのは覚えている。だが、自分の顔はわからない。


「……俺さぁ、お前のこと、土の匂いがするし、手首に傷まであるし、ああ自分と似ているなって、何か心のなかに寂しいものがあるんだろうな、って、勝手に思ってたの。

 それがあんな顔するんだから、驚いてさ。

 またああやってほしかった。

 それがお前を誘った理由だよ。

 実際、元気でたろ?……少なくとも俺は、初めてあれを見たときに、肩の荷が降りたような気がしたぜ」


 僕は竜胆の横顔をチラ、と見たあと、自販機のボタンを押して、同じ缶コーヒーを取り出した。それからふたりで喫煙コーナーに行き、彼にせがんで、生まれてはじめてタバコを吸った。


 信じられないくらい不味かった。


 竜胆はむせる僕を見て笑っていた。僕もつられて笑った。冷たい風が首筋を撫でる。彼のタバコの先端が、赤く燃えている。

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