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 やがて馬車は、山の中腹にある洞窟の入口に到着した。

 その周りに、黒い着物を着た男女が五人ほど、月光浴をして待っていた。彼らはその顔を白い半紙のようなもので覆い隠し、そのせいで五人の区別がつかなかった。あるいは五人で一つの生き物なのかもしれなかった。

 アンナは彼らに「ご苦労さん」と声をかけた。人々は洞窟の入口に集結した。


 洞窟は、山の中に黒くぽっかりと口を開けて佇んでいる。入り口は僕の背よりも少し大きいように見えるが、中の様子はわからない。差し込む光は全て、そこに吸い込まれた途端に消えてしまう。


 アンナは振り返り、僕と竜胆に白い木綿の布切れを渡す。意味もわからずそれを受け取ると、竜胆が笑って教えてくれた。

「目隠しさ。この洞窟の中は、アンナさんと千音寺さん以外見ちゃいけないんだぜ。」

 こんな風につけな、と言うと、竜胆はその布を手慣れた様子で巻きつけ、頭の後ろではちまきのようにキュッと縛った。僕もそれを真似た。加減がわからずに最初はずれ落ちてしまったが、三回目ぐらいでちょうどよい具合につけられた。

 目を隠してしまうと、急に耳が敏感になる。今まで気づかなかった梟の鳴き声や、風で木々のざわめきが、変に僕の耳をくすぐった。


 不意に誰かが――おそらくアンナが、僕の手をとって、別の人の手を握らせた。彼女が耳元で囁く。

「〈風穴かざあな〉の中はねぇ、みんなで手ェ繋ぎながら進むのよ。今握った竜胆くんの手を、何があっても離さんように。迷子になったら出られんでなぁ。

 目隠しはいいと言うまで取っちゃいかんよ。おしゃべりも駄目だ。何かに触られても、騒いじゃいかん。

――それじゃよー、入るよぉ」


 手の引かれるままに歩みを進めていくと、ある一点で肌に触れる空気が急に湿りけを帯びた。風穴、と呼ばれる洞窟に入ったようだ。むせ返るような苔の青い匂いと、何かが腐ったような、すえた匂いがした。

 一歩進むたび、僕達の足音が何重にも反響する。それに混じって、水の滴り落ちる音や、どこからか通り抜けていく風の低い音が響いていた。


 穴の中には何か得体の知れない気配が漂っている。恐らく、見てはいけない類のものだ。

 僕はここがどんな場所なのか、少しずつわかり始めてきた。

 気配はただ、僕の横を通り抜けるだけだったが、一つだけ、僕のそばにしつこくまとわりつく気配があった。

 それは肩や胸や鼻先を触れて、生臭い息を僕に吹きかけてくる。耳元で何かを囁かれたが、聞いたことのない言葉で到底理解ができなかった。思わずつないでいた竜胆の手を握りしめた。彼は手を握り返してくれた。

 やがてその気配は、飽きてしまったようにどこかへ去った。


 急に、目隠しの向こうが明るくなる。


 今まですぐ側で跳ね返っていた靴音が、急にぐっと遠くから返ってくる。広い場所についたようだ。

「さ、もう取っていいよぉ。」



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