2
鉄製の二段ベッドのようなものが二つ、横に並んでいる。寝台列車の四人部屋のようだ。ただそのベッドにはマットレスはなく、ネジもむき出しの荒い作りで、生きた人が寝るためのものではないだろうということは、僕にもなんとなく予想できた。
左下のベッドの上には、白い布に包まれた何かが板に固定されていた。棺の中のミイラのようだった。
「これ、……何、」
「言ったろ。死体だ。……ちょっと待ってろ、」
竜胆は空いたベッドから担架のようなものを引っ張り出した。
「ぼさっとしてるなよ。行くぞ」
僕は何も言えないまま荷台を降り、竜胆と寺に戻った。
和室の死体の横にその担架を置くと、大きな白い布を敷いた。担架の上で、何かを包むらしい。
「夏生、」
死体を前に、竜胆が言った。
「足の方、持って。」
「……やだよ、」
反射的に拒絶の言葉が出た。
目の前の若者は眠っているようだが、たしかに死んでいるのだ。生きている人に触れるのとは、わけが違う。〈死んでいる〉というだけで、僕にはまるで彼の肉体がまったく別の物質に作り変えられてしまったように感じた。目の前の彼への礼を欠くかもしれないが、僕は正直、気味が悪かった。
触りたくない。
「嫌ならやらなくていいぞ。」
竜胆はためらう僕を見て、今までで一番冷たい言い方をした。
急に不安になった。薬を飲め、と言われたときと、同じ感覚だった。彼の見たことのない一面に、見捨てられるのではないか。
僕は黙って死体の膝の下に手を入れた。悪寒が体中に広がる。
横たわる男は竜胆より少し小さいくらいだ。細く見えた足は、ずっしりと重い。失った命の重みを、腕いっぱいに感じる。
「せーの、」
二人で担架の上にのせ、竜胆に指示されるまま、その死体を別の白い布で包んだ。
白い塊となった死体は、黒いベルトのようなもので担架に固定する。
僕達はそれを担いで、寺の外に出た。
外の小道は未舗装で、傍らにオニタビラコの黄色い花が揺れていた。風に吹かれてしなるその花は、まるで死体に向かって頭を垂れるようだった。
荷台に死体を収めると、後ろでずっと黙っていたヒロコが、突然口を開いた。
「この子、つい最近ここに来たばっかりだったんです。
都会に馴染めないって。この山で仕事を探してました。
街でどんな目にあったのかは知らないけど……いつも悲しそうで、でも、ひたむきで。希望を捨てない子だったんです。
ここに住んでいる〈仲間〉は私とこの子だけだった。お互い深く知り合うことはなかったけど……元気のない日にその顔を見ると励まされました。
最後の日も、すれ違いざまにいつもみたいに笑って、おはよう、って。かわいい子。……さようなら」
トラックの扉は、大きな音を立てて閉まった。外の世界とのつながりを断ち切るような音だった。それを聞いた瞬間、ヒロコはその場に崩れ落ち、小さく嗚咽を漏らした。竜胆が側に寄り、その肩をそっと抱いた。
何か優しい言葉をかけているようだった。
それも含めて職務なのだと言ってしまえばそれまでだった。だが僕には、竜胆が彼女の痛みを自ら望んで分かち合っているようにしか見えなかった。彼には残された人間の心の痛みがわかるのだ。
それなら、僕の気持ちもわかるのだろうか。
月明かりの下でうずくまる二人の姿を、僕はただ、黙って見ていた。
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