僕の憂いに月の光を。

かなめしゅん

first_phrase 真夏の公園

 「お前って、正直言って普通だよな」と、友達に言われた。心底腹が立った。

確かに僕は外見も勉強の出来も、平均くらいだとは思う。

でも、僕という人間をそんな簡単な二文字で表すのは、いかがなものかと思った。

その時僕は、何か言い返そうとした。でも、「普通」以外で僕らしい言葉は見当たらなかったから、苦笑いすることしかできなかった。

 その後家に帰って、じっくり考えてみても、やはり「普通」には僕は勝てなかった。何週間も経った今でも答えは出てこない。

 ある意味それは悩みなのかもしれないけれど、両親は共働きで、ほとんど家に帰ってこないから、それを打ち明けようとは微塵も思わなかった。

 僕がどう分類するのかよくわからない悩みをしている間に、エリート会社員(自称)の父は、夏休み中という恐ろしく中途半端な時期に引っ越しを決行した。

六回目の転勤だ。

 当然学校はないから、新しい友達なんてできる訳もなく、遊びに出かけることはない。

 中学生の持つ唯一の仕事である、勉強はほったらかしにして、ただ自堕落に過ごす日々は言うまでもなく最高である。

 今日くらいは外に出てみよう、と思い、部屋着なのかよそ行きなのか、よくわからないコーデのまま、僕はドアを開けた。

外は環境保全意識のお高い人がケチをつけるくらいにクーラーで冷やした部屋とは違って、うだるように暑い。さすがは夏。

「やっぱ外の世界は違うな」と適当に呟いてから、僕はふらふらと歩き出した。


 この街に引っ越してからまだ二週間くらいしか経っていないのだから、どこに何があるのかよく理解していない。

にもかかわらず、調子に乗って遠くまで来てしまった。

 やたらと喉が渇くから、自動販売機を求めてまた少し歩いていると、公園が見つかった。

 公園らしい公園だった。

 少し字の消えかかった看板には「杉浦第二児童公園」とあり、その隣には少し情報量の少ない掲示板が。

目当ての自販機で、缶のコーラを買うと、僕はベンチに腰かけた。

昼に家で飲んだ時とは違って、やけに美味しい。わざわざ暑い外に出かけて、冷たいコーラを飲む。これもマッチポンプの一種なのだろうか。

荒れ果てている訳でも、手の込んだ訳でもない植木や花壇を眺めながら、改めて「普通」について考える。そして、決まったように、少し諦めたように、呟く。

 「やっぱり僕って――」

「どうした?悩み事?」

 不意にベンチの後ろから声が聞こえ、「ヒィッ!」と声を漏らしてしまった。振り返ると、一人の女の人がいた。

ベージュに染められ、肩のあたりで切り揃えられたボブカット。少し白くて、少し細くて、でも少し長い手足。嬉しそうにはにかんだ笑顔。(ついでに美人だ)

目の前にいきなり現れた「オンナノヒト」に驚いていると、「君、何ブツブツ言って んの?正直怖い」と辛辣な言葉で僕の胸を刺した。

 そんなに気持ち悪かったかなぁと申し訳なく思い、「悩みみたいなものです」とだけ答え、席を立とうとすると、慌てたように言った。

「いいよ、座りな。アタシが話聞いたげる」

「じゃあ、少しだけお願いします。」

この人の事を警戒していたけれど、別にどこかへ連れていかれる訳でもなさそうだ。少し信用して、自分の悩みを語った。


 「ふうん。それで君は、君自身が『普通』なのが嫌で、認めたくないと?」

「はい。そんな感じです」

「まぁわからなくもないかな」

「どうゆう事ですか?」

「アタシは君の逆で、どうやったら『普通』になれるか考えてた」

耳にかかった髪をいじりながら言う。

「まぁ、『普通』になることを諦めたけどね。自分らしく生きることにしたよ」

「自分らしく?」

「そう。自分のやりたいことをやりたいだけやって、楽しく生きるの」

これがまた世間的に厳しいんだけどね、と苦笑いしながらだったが。

「やっぱり『普通』ってなんでしょうね。もっと難しくなったかもしれません。」

「アタシなんかじゃ、答えまでは辿り着けなかったかな」

「いえ、全然。話聞いてくれただけで、だいぶ気持ちが楽になった感じがします」

「それはどうも」

 辺りが少し暗くなっていた。幸い、話し中に夕立が降ることはなかったけど、そろそろ帰ろうかと思う。

「君、名前は?」

 唐突にそんなことを聞かれるとは、思いもしていなかった。

「え」

「いーじゃんいーじゃん、名前くらい。せっかく出会えて、仲良くなれたんだからさ。運命だよ、きっと」

「運命ですか。それも、一里ありますね。僕はユート。中一です」

「ユート……。いい名前ね。アタシはサエリ。一応、この街の便利屋」

 便利屋。まだこのご時世に、そんな仕事が生き残っていたのか、と感心していると、サエリさんが出会ってから一番意味の分からないことを言い出した。

「ユート君、連絡先交換しよ」

「……」

 急にサエリさんがきな臭く見え始めた。「普通」に悩む僕が言うのもおかしいけれど、普通はその日初めて会った人とは連絡先は交換しないのでは?と思う。

 僕は間違っていないはずだ。でもやっぱり僕あんまり友達いないから世間的にはそれが常識なのではうわーどうしよう、と混乱していると、僕は無意識にズボンのポケットから、スマホを取り出してしまっていた。


 「これで良しっと」

僕のスマホでの作業を終え、謎の達成感に浸っているサエリさんに、「じゃあ、僕はそろそろ」と言って、帰ろうとしたけど、まだサエリさんは僕まだを開放するつもりはないらしい。

 「アタシがこの夏、ユート君の悩み、解決させたげる」

「どうやってですか?」

「それはまた、後で。せっかく連絡先交換したんだからさ」

 薄暗くなった公園の中、笑顔で僕に手を振るサエリさんの周りは、輝いているように見えた。


 その日の夜、僕はスマホの中の世界に引きずり込まれていた。

今流行りの音楽の話だとか、さっき食べた夕ご飯の話だとか、普通はクラスの友達と喋るようなことだったけど、大人の人とこういった話をするのは、新鮮だった。

 でも、そこから一歩踏み込んだ内容のメッセージが届いた。

 [明日空いてる?]

[今年の夏は暇ですけど]

[そっか。じゃあ明日の朝七時くらいに、公園に来て]

[何するんですか?]

[それは秘密。動きやすい服だと助かる]

[了解です]

 サエリさんは僕に何をさせるのだろう。

予想するにもヒントが少なすぎる。

 サエリさんが便利屋で、朝一番に動きやすい服で待ち合わせ。見当もつかない。

 全ては明日はっきりするか、と僕は、密かに明日を楽しみにしていたようだ。

 普段なら活動している時間だけど、僕は部屋の端にある、少し硬めのベッドに横たわった。

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僕の憂いに月の光を。 かなめしゅん @sabakan5364

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