【013:エピローグ】

 「そう言えば、今日でちょうど1ヵ月だな」


 日曜の午後、居間のソファでわたしの煎れたコーヒーを味わっておられる圭人さんが、彼の対面に腰かけて編み物しているわたしに向かって、ふと思い出したようにそう呟かれました。


 言われてみれば、わたしと圭人様が、「夏希とケイト」から互いの立場を交換して「ナツキと圭人」状態になったのは、今から1ヵ月前のことでしたね。


 「しまったな。日本メイド派遣協会に依頼出すのを、すっかり忘れていた」


 ああ、確かそんな話でした。わたしのメイドとしての“完成度”を評価してもらうんでしたっけ?


 「別に必要ないのでは? まぁ、客観的に見た自分の“メイドとしての評価”に多少は興味もなくはないですが」


 その好奇心のためだけに、少なくないお金を払って人を呼び、時間をかけて審査する──というのは、あえてやるべきことだとも思いません。


 「──いいのかい? あの時の“約束”では、キミが評価点70点以上とったら、僕らの立場を元に戻すという話だったけど……」


 「あら、圭人さんは、わたしの身体をあれだけ散々に弄んだのに、今更元に戻って知らんぷりされるお積りなのですか? わたしとしては、“男”として“責任”をとっていただきたいのですけれど」


 ***


 傍から見れば、それは異様な光景だったかもしれない。


 手術台(本当は修理台だが)の上に横たわった全裸の若い女性が、大きく足を広げ、局部をさらしている。

 そのすぐ前に陣取ったパジャマ姿の男性が、手にしたナニカを女性の股間に押し込んでいるのだ。


 それだけ見れば、熱々カップルが大人のオモチャでプレイに興じているようにも思えるが……。

 問題は、男性が手にしているのが、薄桃色の陰唇や小さめの陰核などが極めてリアルに再現されたオナホ(?)で、女性の股間には(比喩ではなく)ポッカリと直径10センチほどの“孔”が開いており、その女性器を模したパーツを飲み込んでいることだろう。


 「これで、ひととおり完了ですね──ナツキ、換装した外性器パーツおよび内性器パーツA、Bを本体にアダプト」


 “換装作業”を終えた男性──圭人の口頭での指示に、台の上の女性──ナツキが反応する。


 『──命令コマンドを受諾、換装されたパーツの状態をチェックします。

 陰唇・陰核パーツ……問題なし

 膣パーツ……問題なし

 子宮パーツ……問題なし

 すべて問題ないので、そのまま本体と疑似神経回路を接続します

 …………完了。内部チェック、問題ありません。

 最後に、外部からの刺激・反応チェックを行ってください』


 そこまで口にした後、ナツキは閉じていた目を開く。


 「……ですって。では、最終チェックしていただけますか、圭人様(マスター)♪」


 その声音と表情には、これまで圭人が見たことがない、悪戯っぽさ、あるいは小悪魔めいた媚態のようなモノが含まれており、“彼”をドキリとさせる。


 「あ、ああ……でも良かったのかい? 外性器ラビアとクリトリスだけでなく、内性器なかみまで換装してしまって」


 ナツキが横たわる台のすぐそばのトレイには、男性の陰茎と陰嚢、そして睾丸を模したパーツが置かれている──いや、“模した”ではなく本物なまみの生体組織のはずなのだが、何故か生々しさに欠けるため、模造品つくりものにしか見えないのだ。

 言うまでもなく、本来「新庄夏希」であるはずのナツキから“取り外されたパーツ”だった。


 「“外”だけ変えても、圭人様が挿入いれられないじゃないですか──もしかして“素股”で済ませるお積りでした?」


 一応「陰唇パーツ」の襞には3、4センチくらいの窪みはついているので、途中そこまでなら“突っ込む”こともできなくもないだろうが。


 「──言われてみれば。そこまで考えてませんでしたよ」


 そもそも、今夜こんなこと──「夜這いめいた侵入から、勝手にナツキの股間のパーツを換装すること」をしようとしたのは、酔って自制心が緩んだ状態で、溜まった“男の性欲”に煽られた勢い任せという面が多分にあったのだ。


 「まったく、欲望に煽られた殿方は仕方ないですね」


 呆れたような、同時におもしろがるようなナツキの視線を受けて、「キミがそれを言うのか!?」と言い返したい圭人だったが、実際に暴走コトに及びかけた(幸い、相手側が受け入れてくれたが)のは事実なので、ぐうの音も出ない。

 今も表面上は平静を装っているが、先程からの「女性器パーツをメイドロイドの股間に装着する」というレアな(そしてある意味淫靡な)行為のせいで、いったん静まっていたソコが、再び“スタンダップ”しかけているのだ。


 「では、圭人様、換装したパーツの最終チェック、お任せしますね♪」


 それを知ってか知らずか、全裸のまま台の上に横たわったナツキがウィンクして軽く“しな”を作ってみせる。


 「それは、「最後までシてよい」という意味だと解しても?」

 「──“女”にそれを言わせるのは無粋やぼだと思いますよ」


 元男・現メイドロイドにそこまで言われては、圭人としても否やはない。

 先程までの“技術者”としてではなく、“男”としての目でナツキの全身をねぶるようにじっくりと見つめる。


 「さすがに、そんな風にマジマジと見られると恥ずかしいですのですが」

 「ああ、すまない。でも……綺麗だよ」

 「え!? あ、ありがとうございます」


 想い人に真面目な顔でそんなことを言われては、ナツキとしても(いくつかのパーツを勝手に換装されたことに)少し複雑な感慨はありつつも、やはり嬉しくなる。


 「ナツキ、胸、触るよ」


 これまでの“さん”付けを止めて、あえて呼び捨てにする圭人。


 「! はい♪」


 それだけで「お前は自分の所有物ものだ」と言われたような気がして、ナツキの体内温度が僅かに上昇する。

 それに気付かないまま、圭人はナツキの胸を揉みほぐすようにしながら、乳房を捏ね回していた。


 「あ……そこは……んんッ!」


 ナツキの反応に気を良くした圭人は、さらに手を少しずつ下に下ろして行き、恥毛どころか産毛すら生えていない其処──女性器に手を伸ばす。


 「ナツキ、脚広げるよ」

 「え、ちょっと待ってくだ……ああン!」


………………

…………

……


 ***


 “あの日”の情事の記憶スイートメモリーを、こっそり脳裏で再生しつつ、“彼”をちょっとからかってみました。


 「いやいやいや! もちろん、僕としては責任はとるつもりだとも! けど……本当に、このまま、今の立場のままでいいのかい?」


 慌てて否定しつつも、わたしの最終意思を確認してくれる“ご主人様”にして“恋人”の気遣いを嬉しく感じます。


 「はい、それでいい──というより、“それがいい”んです」


 わたしの人間不信とコミュ障は、この1ヵ月で劇的に改善したとは思います。

 ですが──やはり、根本的にわたし(=私)は、「大企業の経営者」に向いていないのです。


 あるいは町工場的な小規模小人数で回す会社くらいなら、それなりに適応できたかもしれませんが、ほとんど面識のない膨大な数の人間を養いつつ、多くの取引先と恒常的に面会・交渉しなければいけない「大企業の会長職」は、わたしの手には余ります。


 だからこそ、これまでは必要最小限の接触で済ませるようにしていたのですが──わたしよりもソレを、よりよいパフォーマンスと熱意で実行できる方がいるなら、そちらに任せるべきでしょう。


 “そんな事”よりも、わたしはもっと身近で等身大な仕事──「好きな人の身の回りのお世話をする」方が性に合っていますから。


 「そうか。だったらいいんだ。新庄エレクトロニクスの面倒は、これからも僕が見るよ。その代わり……」

 「ええ、このお屋敷での圭人さんの面倒は、わたしが見ます♪ それでいいんですよね、旦那様ダーリン?」


 “彼”の肩に、甘えるように(というか甘える気満々で)頭をもたせかけたわたしの身体を、圭人さんはギュッと抱き締めてくださいました。


 「今は主とメイドの関係だけど──必ずキミを僕の伴侶に迎えるから。約束する」


 それが僕の責任の果たし方だ──と真剣な表情で言われて、わたしは“女”として心と身体(おもに下半身)がキュンキュンするのを感じました。


 「フフッ、そうですね、期待せず──と言うのは失礼ですから、期待しつつ気長に待ってます」


 その時は、そう答えたわたしでしたが……。


 それから数年後。

 メイドロイド人権保護法案成立の立役者となった新庄圭人このかたと、無二のパートナーである菜月(旧名:HMR-00Xナツキ)として、めでたく正式に結婚・入籍し、人間&メイドロイド夫婦の第1号になる──というハッピーエンドは、流石に予想もしていませんでした。


~おしまい~

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ホームメイドロイドの約束~偏屈青年社長は電動侍女人形に成り代わる夢を見る~ 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

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