【012裏:side K】

 さて、“立場”はともかく、肉体的外見的には「人間・男性」のままのはずのナツキの胸にCカップ相当の乳房があることに、違和感を抱かれた方も多いだろう。


 結論から言えば、これもまた髪型同様、圭人からの「(余計な)善意の贈り物」だ。


 偶然ナツキの下着姿を見る機会があった(ラキスケというよりは不可抗力だ)圭人だが、その際、ナツキが着ているブラスリップの胸のカップの部分がスカスカであることを、目敏く見抜いてしまったのだ。


 「(少なくとも今は)女性人格である存在が、貧乳どころか無乳というのは、本人が劣等感を抱くかもしれない」という、余分な気の回し方をした圭人は、再び真夜中の地下室に忍び込み、HMR-00Xの前胸部パーツの換装を敢行。

 頭部外皮パーツの時と同様、ナツキの胸の皮膚は、コマンド入力でペロンと剥がれ、血の一滴も出ることなく筋肉や肋骨が見える状態になった。


 最初は用意されていた中で一番大きい(Fカップ相当)「乳房パーツLL」を装着しようかと考えていた圭人だが、実際にその双丘を(人体から外れた状態で)目にすることで、「ここまで大きいと今の服が着れないし、体のバランスも崩れるのでは?」と思い至り、「乳房パーツM」をナツキに装着したのは英断だろう。


 その結果、ナツキは「爆乳巨乳と言えないまでも、日本人女性として平均程度の大きさの胸」を持つことになったワケだ。

 無論、これまた髪の時と同様、自己認識をプログラムで改変し、「メイドロイドなのだから、胸があるのは当たり前」と認識させてある。

 その際、上下のプロポーションのバランス(?)のために、ヒップにも「臀部パーツM」を装着したことについては、必ずしも必要なかったと思われるが。


 その結果、今のHMR-00Xナツキは、(少なくとも外見的には)どこからどう見ても「ややスレンダーだがトータルバランスのとれた魅力的なプロポーションの若い娘」にしか見えない。

 顔の造作自体は弄っていないのだが、元から二十歳前後に見えるほど童顔かつ女顔なので、そのまま“美女”で通用してしまうのだ。


 そしてコレが、「人間の若い男」の立場になっている圭人にとっても予想外、いや予想以上の影響をもたらした。


 独身男が年若い美人メイドとふたり暮らしで、相手は(性的な面に)無頓着&無防備。

 何度か“自己処理”はしてみたものの、それでも解消しきれないおりのようなものが心身の奥に残っている自覚がある。


 さらに今晩は、取引先の社長におさわりOKの“そういうお店”に連れて行かれた……にも関わらず、“紳士的な態度”を維持し続けた結果、圭人の淫欲ゲージが満タン近くまで上がっている。

 ブッちゃけた言い方をすれば──「性欲をもてあます」というヤツだ。


 そんな危うい状態で、先程、服越しにとはいえナツキの身体、というか乳房オッパイに顔を埋めてしまったことで、ついに欲望の堤防が決壊し、圭人は禁断の行為に手を染めることを決意する。


 深夜、再三地下室に侵入した圭人は、これまでと同様、待機状態スリープモードのままナツキをポッドから出し、パーツの換装を試みた。

 今回対象となるのは股間部、もっと直截的言うと「外性器」だ。


 コネクトケーブルを外し、修理台に寝かせたナツキの身体からメンテスーツを脱がしたうえで、両脚を大きく開かせる。

 その股間には、今や“彼女”が男である──男だった唯一の徴たる陰茎が、小さく縮こまった状態で鎮座していた。

 メイドロイドの立場となって以降、ソレは排泄のためにも性欲解消のためにも使われることはなく(廃液は会陰の不可視孔から出ていた)、確かに無用の長物と化してはいたが……。


 「──ダイレクトコマンド入力、HMR-00Xナツキより、現在の外性器パーツをイジェクト」


 コマンドに応じて、パチンと小さな(接続の外れた)音がナツキの股間から聞こえてくる。


 そして、“彼女”の股間を覗き込み、いざ陰茎を取り外そうとしたトコロで、圭人は躊躇った。


 これまでの二度の換装(髪型と胸・尻)と異なり、今回のソレは、ナツキのことを考えての処置ではない。

 むしろ、圭人の我欲に満ちた、あさましい、よこしまと言ってもよい欲望を満たすための行為だ。


 意馬心猿、若い男の欲望に振り回されているとはいえ、平均を上回る良識と良心の持ち主である圭人は葛藤し、手を伸ばしては引っ込めることを繰り返している。

 それが3度繰り返された時。


 「──外さないのですか?」


 頭上から聞こえる声に、冷や水を浴びせかけられたような感覚を覚える圭人。


 振り仰げば、そこにはナツキがスリープモードから覚醒し、アルカイックスマイルを浮かべていた。


 「きが、ついて……?」

 「はい。待機状態で接続されたコネクトケーブルが外れた場合、120秒で自動的に覚醒する仕様はご存じでしょう?」


 そう言われれば当たり前の話だ。

 前の2回は、コネクトケーブルを挿したままで事を進められたため失念していたが、HMRにはそういう仕様が標準搭載されていたはずだ。


 「ごめんなさい」


 反射的に謝罪の言葉を口にした圭人に対し、ナツキは僅かに首を傾げる。


 「何に対して謝っておられるのですか?」

 「ソレは……」


 問われて圭人は言葉に詰まる。


 即物的に今回の(外性器パーツ換装の)件を謝りたいのは間違いないが、それと同時に、前2回の(髪と胸の)パーツ換装、さらに、根本的に3週間前に強行した「立場交換」そのものについても、圭人=ケイトに罪悪感うしろめたさが皆無だったわけではないのだ。


 たとえ、ソレが「彼女ナツキの為になる」と確信してとった選択ではあっても、そのすべてがなつきの意思を無視して実行に移した行動であることも事実だった。


 通常のメイドロイドであれば、メリットデメリットを冷静(冷酷)に判断したうえで、行動を選択し、どのような結果になるとしても“罪悪感”や“躊躇”を覚えることはないだろう。


 しかし、ケイトは(少なくとも外から見た限りでは)人間と遜色ない“心”を持っており、さらに今は「人間」の立場に置かれているのだ。

 そういう“人間らしい”優柔不断さが備わっていても、不思議ではなかった。


 「圭人様が──マスターが望むなら、“ソレ”でも構いませんよ?

 わたしは今、貴方に仕えるホームメイドロイドですから」


 そんな状態の圭人に対して囁かれるナツキの言葉は、甘い毒を秘めた蜜のようだ。

 その蜜の甘さに溺れてみたい。だが、そこに含まれた毒に蝕まれるのは怖い──そんな気持ちにさせられる。


 その誘惑を振り切って、圭人/ケイトは、ナツキ/夏希に問うた。


 「……わたくしがどう、ではなくアナタは?」


 効果的な逆襲の一手クリティカルヒットを返したつもりだったが、どうやらソレはナツキの手の内だったようだ。


 「そうですね。わたしの希望を言ってもよいのなら──外してください、貴方の手で。そして、わたしを貴方の望む姿に変えてくださると嬉しいです」


 ──その夜、かつて「新庄夏希」と呼ばれていたメイドロイド、HMR-00Xナツキは、二重の意味で“女”になった。

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