【012】
「ケイトと新庄夏希」が「新庄圭人とナツキ」になってから3週間が経過した。
強制的に立場を交換されたにもかかわらず、メイドロイドの立場となった
外向けの顕著な影響としては、圭人様が積極的に会社に顔を出すようになったことで、決裁その他がスムースに進むようになり、業務効率がいくらか向上しているようだ。
また、あの“お出かけ”の日以来、私も外出することに積極的になり、近所の人と他愛ない会話やコミュニケーションをとることが増えた結果、元からあった引き籠り気質と人間不信も、いくぶん緩和される傾向にある。
我々の関係も、「新庄夏希とHMR-00Xケイト」のそれとは随分趣きが違うものとなった。
「夏希とケイト」の関係は、ケイトに夏希の祖母の思考パターンおよび記憶の一部がインストールされているせいか、今にして思えば、主従でありつつも、どこか保護者的な目線でケイトが夏希を見守る/監督する部分が少なからずあった。
対して、「圭人とナツキ」は、主君と臣下的な(時に感情要素が重くなる)主従ではなく、よい意味でビジネスライクな「雇用主と使用人」であり、(片方がメイドロイドの立場にありつつ)比較的対等に近い接し方をしている──と思う。
もっとも、だからと言って100パーセント問題がないか、と言えば、それもまたあり得ないワケで……。
* * *
「(ヒック)ただいま~」
21:13──本人申告の予定より、73分遅い帰宅ですか。
「お帰りなさいませ、圭人様。そのご様子では、夕食はご不要のようですが、酔い覚ましの冷水はいかがですか?」
玄関で出迎えた“わたし”の声は、我ながら幾分硬く尖っていたと思います。
その声に込められた感情を敏感に感じ取ったのたでしょう。
やや赤く紅潮した(ただし“照れ”ではなく“酔い”で)顔に、圭人様は少しバツの悪そうな表情を浮かべられました。
「あ~、ごめんなさい。予定していた時間より、かなり遅くなってしまったね」
「それは別に構わないのですが──圭人様、かなりお酒を聞し召しておられますね?」
「う、うん。断りにくいスジからの酒席の誘いがあってね」
はい、それは本日18時の段階で連絡いただきました。ですが……。
「圭人様はあまりアルコールに強くないのですから──いえ、仮にお酒に強くても、杯を重ね過ぎるのは御身の為にはならないかと」
「おっしゃる通りです、ハイ」
いつもは温厚かつ余裕たっぷりで包容力のある圭人様が、こんな風に縮こまっておられるのを見たのは、思えば初めてのことかもしれません(可愛い♪)。
……ハッ! 何か今、わたし、看過できない感慨を抱きませんでしたか?
「えーっと、ナツキさん?」
「……いえ、これ以上お説教のようなコトを申し上げるのはメイドの分を越えた行いですね。失礼しました」
「! そんなコトありませんよ。ナツキさんの献身的な姿勢には、日頃から感謝しているんです。これからも、僕の傍にいて……」
?
「傍にいて、問題点などがあればビシビシ指摘してください」
「そう仰るなら、はい、承りました」
わたしがそう答えると、なぜか少しだけじれったいような表情を圭人様は浮かべられます。
「そうじゃなくて、その……」
焦ったようにわたしの方に踏み出された圭人様は、けれど酔いが廻っていたせいか右脚の踏ん張りが聞かず、大きくよろけてしまわれました。
「あぶない!」
瞬時に駆け寄って転びかけた圭人様の身体を抱きとめます。
とっさのことなので体勢にまでは配慮が及ばず、圭人様の頭をわたしの胸に押し付けるような形になってしまいました。
「……!(モガッ!)」
「ああ、すみません。息苦しかったですか?」
わたしのCカップ程度の乳房でも、姿勢によっては口や鼻が埋まって呼吸するのが困難になるのでしょう。
「呼吸の必要のないメイドロイドである」せいか、そこに思い至らなかったのは、わたしの落ち度ですね。
「(プハッ)だ、大丈夫、一瞬のことだから。むしろ酒臭い男を受け止めさせてゴメンね?」
「いえ、圭人様のお世話をするのがわたしの役目ですから、気になさることはありません」
極力自然な笑みを浮かべてつつ、そう言ったつもりだったのですが、圭人様は視線を逸らしてしまわれました。
「あ~、すまないけど、今日はこのままベッドに直行させてもらうよ。ナツキさんも、あとは自由にしてもらって構わないから」
先程よりは多少確かになった足取りで、2階のご自分の寝室の方へ歩み去られる圭人様。
「──何かわたしの行動に問題があったのでしょうか? もしくはお悩み事が?」
気にはなりますが、明確にああいう
わたしは、自由時間(という名の待機時間)が生じた際に居所にしているキッチンへと足を運び、最近始めた編み物(今はとりあえずマフラーを編んでいます)を、スリープモードに入る午前0時まで続けたのでした。
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