【011裏:side K】

 ナツキと新庄圭人が“お出かけ”をした日の深夜。

 圭人は地下室へと足を運び、ナツキが中でスリープしているメンテナンスポッドにキーボードを繋いで、外部からアクセス・コマンドを打ち込んでいた。


 「HMR-00Xに対して、待機状態のままダイレクトコマンドを立ち上げ。

 そのあと、ポッドの防護カバーを開き、ベッドの斜角を70度に変更、っと」


 入力された指示通りポッドの蓋が開き、ベッドが垂直に近い角度まで起き上がる。

 無論、ナツキ自身は“眠って”おり、対して手足の拘束ベルトはそのままにされている。


 今から“彼”が行おうとしている行為は、ある意味「好奇心に基づく実験」だった。


 とは言え、“彼”にナツキ(≒夏希)に対する悪意や害意はない。

 コレが成功すれば、ナツキにとって利があり、喜んでくれるだろう──そう思っての行動であることも、また確かだった。

 いわゆる「良かれと思って」というヤツだ。往々にしてソレは「小さな親切、大きなお世話」という結果に終わることも珍しくないのだが……。


 「頭部の痛覚センサーを遮断後、頭部外皮パーツのAおよびBをイジェクト」


 圭人が指示を出すと、プシュッという小さな音が、ナツキの頭部から発せられる。よく見れば、前髪から頭頂そして後ろ髪にいたるまでの“髪の毛”が僅かに浮き上がっていた。

 カツラがズレたようにも見えるが、圭人が慎重な手つきで持ち上げたことで、そうではないことが判明する。

 その下に頭皮はなく、灰白色のおそらくは頭蓋骨とおぼしき代物が覗いていたからだ。


 持ち上げた「髪の毛のついた頭皮」部分を傍らのデスクに置き、代わりに地下室の隠しスペース(例の立場交換マシンが入っていた場所だ)から持ってきた、「HMR用の換装パーツ(髪型C・D)」を手に取る。

 先程同様、慎重な手つきでそれらを“彼女”の頭部に置き、一呼吸置いてから圭人は口頭でコマンドを告げた。


 「換装した頭部外皮パーツを本体へとアダプト」


 ピッという軽い電子音とともに、頭部に置かれた頭皮パーツが髪の毛ごと本体(ナツキ)の頭に癒着する。


 「成功……でしょうか?」


 髪の毛を数本まとめて摘み、軽く引っ張ってみたところ、抜けたりズレたりすることなく手応えがあったので、成功したのだろう。

 その結果、ナツキの髪型(そして印象)は大きく変わっていた。

 金色に近い淡い茶色、いわゆる麦藁色ストローイエローの髪が、ワンレングスで肩を覆うくらいの長さに伸びた状態なのだ。


 実はこれ、何気にHMR-00Xケイトのモデルになった夏希の祖母・新庄桂子の本来の髪色だったりする。

 桂子というのは輝政(祖父)と結婚した時に改名した名前で、旧姓名は「緑谷ケイト」、イギリス人の母と日本人の父を持つ日英ハーフなのだ。

 日本生まれの日本育ちで、戸籍も日本人ではあったが、外見にアングロサクソンの血が色濃く現れており、やはり少女時代の日本では周囲から浮いている部分もあった。

 それを少しでも和らげるため、ずっと髪を黒に近い茶色に染めていたので、夏希も祖母がそういう血筋だとは知らなかったのだ。


 メイドロイドとしてのケイトを設計デザインする際、ドクター新庄は、亡き妻の本来の名前を、娘とも言えるメイドロイドに受け継がせた。

 髪色の方もそうするか迷ったのだが、日本に普及させるホームメイドロイドの試作品モデルケースとしては、やはりデフォルトは黒髪だろうということで、HMR-00Xケイトの髪色は黒となっている。

 代わりに換装用パーツとして用意・保管してあった代物モノを、今回、圭人が持ち出して、ナツキに使用した──というワケだ。


 「僕が飲食可能で、ナツキさんが充電駆動していることから推測はしていましたが、どうやら立場交換の影響は、完全に僕たちの身体にまで及んでいるようですね」


 だからこそ、メイドロイド用に用意されたパーツを、(少なくとも物理的には)人間であるはずのナツキ(=新庄夏希)が装着できたのだろう。


 「ともかく、これでナツキさんはロングヘアになり、メイドとしての挙措の優雅さに磨きがかかるでしょうし、外見的な違和感も減少しますね」


 先程述べた通り、圭人としてはあくまで善意で行っているのだ。


 「! そうだ、「自分の髪の色と長さに違和感を抱かない」ようコマンドで自己認識を改変しておかないと。一緒に、洗髪やブラッシングなど「長い髪の女性」に必要な知識データも追加しておきましょう」


 何度も言うが、善意である──実験的な好奇心いたずらごころがゼロでないのも事実ではあるが。


 翌朝、目覚めた(=待機状態から復帰した)ナツキは、メンテスーツからメイド服に着替える際、、ヘッドドレスを着ける前にブラシで長い髪を梳き、圭人から贈られたリボンでまとめてポニーテイルにした。


 「おや、そのリボン、早速使ってくれているのですね」

 「はい。せっかく買っていただいたものですから」

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