反省したフリ、だって楽しかったし



 違うキャンプ場で過ごすというトラブルに見舞われた翌日、俺は寝ぼけ眼でテントから出た。

 既に日は昇っているようだ。

 俺は外の空気を胸いっぱいに吸って、凝り固まった体を伸ばす。


「んー、よく寝たっっ!」


「私を一晩放置しておいて優雅に昼起床な上に快眠だった、それがアンタの命日に残す記録でいいのね」


「何処からともなく雫の声がする……。もしかして、ここは金毛山のキャンプ場!?」


「銀毛山よ」


 横から伸びてきた手に顔面を掴まれた。

 目だけを動かして腕を視線で辿れば、そこに雫が立っていた。

 天の声かと思ったら本物がいるとは。

 たしか金毛山キャンプ場の最寄り駅とこちらの駅の間で土砂崩れが発生し、行き来が出来なくなり、復旧には一晩を要する事態だった。

 なるほど、たしかに一夜明けている。

 つまり、雫がこちらに移動して来ていても何らおかしい話ではない。


「なんだよ、俺から行こうと思ってたのにさ!」


「そうね。朝にはこっちに来るなんて連絡しておきながら昼まで寝腐るアンタを心配して見に来たの。――悪い?」


「いや? 俺も朝から雫の顔が見れて嬉しいぞ」


「昼っつってんでしょ」


 顎関節に雫の指が食い込む。

 顎が外れたら大変なのだが、雫なら戻してくれそうなのでそのままでもいいか。


「他のみんなは?」


「みんな帰ったわ」


「そんな! 俺が未参加のキャンプを堪能するだけして、帰ったっていうのか!?」


「そう」


 残酷な事実を告げられ、俺は笑うしかなかった。

 よもや主催者を欠いていながら楽しんだなんて……ホッとしたぜ!!

 俺が色々とやらかしてしまったので、雫に怒られるだけでは済まないと思っていたのだ。

 きっと、参加人数分だけ説教を受けると思って寝る前だが熱心に反省しているフリを練習したのに、これでは意味が無くなってしまったな。

 一応、謝罪の一文をメールで一括送信しておくか。


「……帰ってないんだけどなー」


「何処からともなく花ちゃんの声がする…。もしかしてここは何処だ!?」


「銀毛山キャンプ場だよ」


 とんとんと肩を叩かれる。

 振り向きたいが、顔面を鷲掴みにされて雫の方を向かされている状態では見て肩に触れた者の正体を確認できない。


「花ちゃんの声をした……何者だ!?」


「花ちゃんです」


 続々と死角から俺とキャンプを楽しむ予定だった面子が現れる。

 いろはも深い呆れの色を滲ませた瞳で俺を見ていた。

 やめろ、そんな目で見られると俺が今まで下らない事をしていたみたいに思えてきちゃうじゃないか!


「みんな、おはよう。どうしてここに?」


「夜柳さんが嘘ついたんだよ。いつもみたいに、自分の都合のいいように、大志くんを独り占めする為に」


「なんだ、雫は俺に嘘を付いたのか!」


 雫はさあ、と惚けている。

 白々しいやつだ、そんな分かりやすい反応をされて危うく騙される所だったぞ。


「みんな、昨日は悪かったな。土砂崩れのせいでいけなくて」


「大志先輩まで嘘ついてどうするんですか」


「雫一人に悪の道を進ませるのは気が重くて」


 冗談はさておき、俺はてっきり皆に昨日の事で叱られるのかと思ったが、皆は特に批難の声はない。

 言い訳を一つ考え、万全の態勢で待ち構えていた俺が馬鹿みたいじゃないか。

 誰も怒っていないと知って、俺は胸を撫で下ろした。

 それはそれとして、いつまで雫は俺の顔面を掴んでいるのだろうか。


「じゃあ、みんなも合流したし改めてここでキャンプするか? 今晩こそ皆で夜を楽しもうぜ」


「ちょっと大志。みんな一泊二日の予定で準備して来てるんだから、流石にそこまでは無理」


 きっぱりとよっちゃんに断られる。

 やはり、駄目か。


「私は別に構わないよ……………………………命令なら」


「あーちゃん!?」


 あーちゃんは命令さえすれば、今晩も一緒に居てくれるようだ。

 お願いでは駄目なのかな。

 綺丞に無言で視線を送ると、首を横に振られた。

 皆が無理だと言うが、俺もたしかに体力的に厳しい。

 昨晩は、アンガレスさんや恋ちゃんの厚意があってどうにか乗り越えたが、やはりバーベキューを全力で楽しんだ反動で一度家に帰りたい気分もある。


「仕方ない。トラブル続きだったし、また今度という事にしようか」


「トラブルの原因、土砂崩れを除いたらアンタだけ」


「自然災害と肩を並べるとか、ちょっと恐れ多いと言うか照れる」


「…………」


 顔を掴む力が強くなってきたのでそろそろ離してもらおうと雫の手を握った。

 すると、そのまま雫はその手を自分の顔まで引き、柔らかい頬に擦り寄せる。


「……ほんとに心配したんだから」


 ほっとしたような雫の様子に、ちょっぴり罪悪感が湧く。

 どうやら、本当に反省する必要がありそうだ。


「あ、あの」


 俺が本気で己の行いを省みていると、また別の声がした。

 綺丞たちも声のした方を見て怪訝な顔をしている。

 ようやく解放されたので俺も首を回して声の正体を確認した。


「お、お客さん……?」

 

 そこには、おずおずと俺に声を掛ける恋ちゃん。

 そうだ、たしか昨日意味深な会話をするだけして別れた彼女にも帰ると挨拶しなくてはいけなかったんだ。

 俺は仲間と無事合流できた事、これから帰る準備をする事、これまでの感謝諸々を伝えようとして――再び顔面を掴まれた。

 丁度、顎の部分に指が食い込んで上手く喋れない。

 俺の顔をキャッチした手の持ち主は――やはり雫だった。


 まるで濁りきった溝の水のような目をしている。


「また、別の女とアンタは楽しんでたんだ?」



 そりゃ勿論、楽しかったです。

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恋人作りを超絶完璧美少女な幼馴染が妨害してくるが、そんなもの気にせんわ。 スタミナ0 @stamina0

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