第4話「バスの中の恋人」



 朝は決まって、七時のアラームで起床。

 これを一分でも寝過ごすと遅刻する運びになっている。基本は登校手段としてバスを利用しなければ、自宅から四十分も要する。

 遅刻すると森やら梓ちゃんに説教を喰らう。だからこそ、その危機感あって俺は幾ら夜更かししようが、意識が冴え渡る。

 因みに、遅刻云々に関する諸情報は俺の実体験で得た物であり、そう計算してアラームを設定したのは、謎の同居人の存在だった。かれこれ六年間も世話になっている。

 いや、信じたくはなくて一時期無視ったけど、その日から露骨に提供される朝飯が豪華になったり、帰宅したら風呂が沸いてたりと気遣い意識高めでした。


「さて、ご飯ご飯……と」


 次は朝飯なんだが、一日のスタートに最適な健康に基づいて作られた献立……らしい。時折、丁寧に書き置きがあったりする。――綺麗な字だ。

 味は申し分無いし、更には弁当まで既に用意されている。俺、このままだと謎の同居人無しでは生きられない腑抜けになってしまう。


 しかし、どうだろう?

 今日の朝飯は、やけに少量だった。――食パン一枚。

 トーストしてる訳でもないし、ノーメイクノーチェンジ。正直、日頃の物と比較すると味気無い雰囲気がある。……何か気に障る事でもしただろうか、俺は。

 不意に卓上に安置されている四つ折りの紙片を発見。恐らく書き置き、内容は『今日は忙しくて準備が……』みたいな謝罪だろう。

 良いって事よ、気にすんなよ相棒!

 そんな事を考え、一応確認の為に紙面をひろげる。


『昨日はお楽しみでしたね』


「…………怖」


 そこには、水気たっぷり含んだ赤い文字。

 鮮血をイメージしたのか、矢鱈と垂れている。外見はお化け屋敷の看板なんだが、内容と己の昨日の記憶を鑑みると、冗談で済む話ではない。

 夏蓮さんと話していた現場を目撃されたという事だろうか。それも、謎の同居人という正体不明アンノウンに。

 其処まで俺に顔を見せないとなると、余程の拘り――それも執念じみた決意を感じさせる。

 取り敢えず、俺は机に向かって合掌した。食前の礼は、日本人として欠かせないよな!


「すみませんでしたッ!!」


 怖くて謝罪が先に口を出てしまった。












 パン一枚以外にも無いかと冷蔵庫を漁ったが、お誂え向きに食材が無い。

 結果として量の関係により、平時の食事の所要時間が大幅に削減された事でいつもより早く家を出た。

 いつも乗り合わせるバスの時間まで余裕はあるし、距離もそう遠くない。途中でコンビニに寄って、朝食の足しを購入するのも悪くないだろう。


 しかし、謎の同居人は少し不機嫌みたいだな。


 昨日は夏蓮さんと話していただけなのに、気に障ったとなると、確かにそうだな。

 今まで傍に居るのに会話も出来ていない謎の同居人さんは、突如として出現し、即座に親睦を深めた夏蓮さんに嫉妬しているのかもしれない。……性別が判らんから、何とも言えんが。


「帰宅途中で日頃のお礼を兼ねたプレゼントでも買おうかね」


 昆布のおにぎり三つ、普段から特に物欲が無いから、財布には金があり余ってる。その所為もあって、別段困った事はない。

 親から支給される生活費も、寧ろ俺の小遣いが一万円という、一般的な家庭よりもやや多い。

 これも恐らく、仕事で相手が出来ない悔いや、俺の成長を直に見れない憂いに起因した優しさだろう。

 もう記憶には無いし、中学校に上がるまでは隣の家に住む春の両親が世話してくれた。毎年返礼をしつつ、親に宛ててプレゼントも贈った。

 親孝行したいしな。……おにぎり三つ購入する財布事情で何故にこんな話が発展した……(自分でも驚き)!


 バス停までも悠々と徒歩で向かって乗車する。


 そこでまたしても、違和感を覚えた。

 今日は運良く座席が空いている。普段は通勤ラッシュもあって、かなり混雑している印象なのだが、運転手と俺を除き、不気味な静寂を湛えた無人の車内。

 まさか、これも流石に謎の同居人さんによる仕業じゃないよな?


 座り慣れないが、席の一つを占める。

 車窓から流れていく景色、いつもは注視した記憶が無いから、何だかテンションが上がってしまう。そう、さながら初めて車に乗った子供だ。

 まるで貸し切りだな、心は尊大ではあるけれども、ここまで遣れる気がしない。


「朝から奇々怪々な光景だな。……うん?」


 発車から一分と経たずにバスが突然停車し、俺は思わず前の席に額を衝突させる。さしもの梓ちゃん愛でも慣性の法則には逆らえんか。

 車窓から見れば、交差点の中途半端な位置で停止している。周囲では、同じ現象が発生しており、信号自体が点いていなかった。

 鈍痛に苛まれる額を押さえながら、席を立って運転手の方を見た。


「……あれ?」


 そう……運転手がいない。

 これぞ怪奇現象だ。謎の同居人さんの力なのだとしたら規格外過ぎやせんか?


「ええ、嘘ぉ……どしたの」


 ちょっと怖くなってきた。

 最新の自動運転かな、会社から一般道路の試運転的な?

 それに間違って乗っちゃった☆の話なら大歓迎だぞ。学校に言い訳も付くし。


 俺が次の発進を待って再着席する。

 しかし、一向に進み出す気配がない。景色が全く変わらない、包囲するかのように周りの車も停止したままだ。

 さすがに苛立って再び立つと、いつの間にか一人最前の席に座っている。

 女性だ……綺麗な、黒髪の。


「あの、このバスって何処に向かってるんですか?」


「……あなたの、家よ」


「え、乗って送り返されるの? 俺の為だけのバスだったの?」


「”彼女”が待ってるわ……?」


「それって……昨日会った?」


 女性が横に首を振る。

 だよね~。

 話したら友達、みたいなノリで恋人になるヤツいないよね!しかも俺の家すでに知ってるとか、事前から計算高く俺を狙ってたヤツしか考えられない。

 モテ期?モテ期?

 要らねぇ!!梓ちゃん一人に集中してぇんだよ!!


「彼女って……?」


「そ、れ、はァァア――――――」


 あ、大体わかった。

 女性がゆっくり、ゆっくりと振り返る。


 その顔は、とても俺に因縁深くて――。


「――――俺だぁァァアっっ!!!!」


「お前かよ!!!!」



 中野だった。


 そこで視界が反転する。

 気付いたら、俺はバスで寝ていた。

 何て酷い夢なんだ。

 普通に発進して、高校へと向かっている。周りの車も普通に動いてる。

 安心して、もう一度まぶたを閉じる。


 隣のリーマンの肩で寝息を立てながら、俺は三周するという偉業を成し遂げた。





 そして、学校に到着して早々に梓ちゃんに怒られた後、廊下でバケツを携え、四時限目になる現代文授業の内容を拝聴していた。事情聴取ではまともな事を答えられなかったから仕方ない。

 それを、横で同じようにバケツ持ちの中野が笑った。隣の教室前でも、橋ノ本や斎藤が仏頂面で同じ罰を受刑している。


「で、お前は何してんだよ」


「バスに乗ったら寝てたみたいでよ。それで奇妙な夢をみたんだ」


「へー、ちなみに?」


「バスには俺と、もう一人だけ女が乗ってたんだ。ソイツと暫く会話してたら、その顔に見覚えあるな~って感じ始めて」


「あー、はいはい」


「そしたらさ、それ鍛埜だったんだよ」


「おめでとう」


 バカは共鳴リンクするんだろうか。

 アイツの脳内でも俺が化け物になってんだよ。俺と同じ夢なんて見てんじゃねえよ。

 自他共に認めてる?ざけんな。



 そんな話を聞いている内に、チャイムが鳴る。

 午前中の授業を修了し、食堂に目掛けて競り走る人間達が扉から雪崩れ込む。我先にと荒れ狂う生徒の波頭を躱し、俺と中野は入室した。

 漸くバケツの枷から解放され、床に安置した時に背後から誰何の声を聞く。


「あっ、雄志くん!」


「ん? おー、紅蓮さん」


 昨日に俺と宜しくしてくれた美少女こと夏蓮が此方に向かって走って来ていた。


「今日の遅刻は、夜更かししてたの?」


「聞いてくれよ。中野が途中で――」


 俺は突然、隣の中野に胸ぐらを摑み上げられた。物凄い剣幕、それも俺を射殺さんばかりの気迫と眼光である。

 尋常一様ではない事情を察し、俺も軽口を叩く自分の口許を手で覆った。


「お前……何で叶桐さんと会話してんだコラァ!?」


「叶桐って、夏蓮さんの事? 昨日友達になったんだよ……あ」


「もしかして、昨日のナンパか!?何処で捕まえたんだ、この上玉を!?」


「待て待て、気持ち悪いぞお前」


 若干、夏蓮さんも引いていた。

 中野は俺を激しく揺すり、顔を寄せると小声で耳打ちした。


「この人はな、我が校裏美少女ランキング一位の叶桐夏蓮! 市長の孫だぞ!」


 へぇ……――――――――――――――えっ。






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友達に誘われてナンパに参加したら校内一の美少女が捕まった件。 スタミナ0 @stamina0

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