第3話「フードコートに天使・降臨」



 今、人生で最も肝が冷えている瞬間である。


 出始めから何を言うのか、という皆様の感想はご尤もである。俺だってその視点で居られる立場ならば、この一言に興味を惹き付けられるし、好奇心に胸が疼く。

 しかし、現実として正面に発生したとなれば、平時の梓ちゃんへ捧げた我が愛を囁き祈る余裕も皆無。

 祈っても待っているのは梓ちゃんの熱烈な(拳打との)接吻。


 仲間達とリア充を目標とし、一気呵成で挑んだナンパ行動は幸先が悪かった上に、自覚して良いか否かを悩ませる俺の趣向が判明したりと忙しかった。


 しかし、諦め掛けていた頃に、あろう事か女子と激突してしまった。お礼と託つけて然り気無くナンパしてみると、何故か乗り気である。

 これは逆に、返り討ちに遭う展開パターンだよな?ナンパ野郎を捕獲した、って別の女子の仲間が待ち構えてる奴だよな。

 そして、明日には不純異性交遊で退学。成る程、完璧な筋書シナリオだな。……おい、待て!梓ちゃんに会えなくなるッ!?


「美味しいですね」


「へぇ、そうでやんすねぇ」


 そんな下らない思考回路を全快に機能させながら、フードコートにて俺――鍛埜雄志は女子と共にポテトを摘まんでいた。

 一つ注文して、お互いにシェアする行為は、外観が如何にも仲睦まじき恋人の様相。確かに俺も憧れた事があった。

 危惧した通りの逆ドッキリも無く、敢えて時差を置いて襲撃が来るかとビクビク震えてる。

 因みに帽子を被った謎の女子は、室内でそれを取り外して美味しそうに咥えています。

 何を?

 勿論……ポテトだよッ!


「ん? どうかした?」

「いや、別に。ちょっと興奮してるだけ」


 愛らしく円らな黒の瞳、腰まである長髪は艶やかな濡れ羽色。目鼻立ちも整っていて、健康的な薄紅の唇と透き通る様な白磁の肌。

 季節外れのコートを脱いで露になった体型は、スレンダー気味で全体的に細い線で出来た躰である。それが逆に萌え………………げふんげふん。

 頬杖を突いた手で顎を支えながら、ポテトを摘まむんだが、指が綺麗なんだな、うん。


 一言に集約するなら、美少女だった。


 うちの高校にこんな逸材が居た事は驚愕すること頻りな訳だが、しかし全く誰だかは判らない。

 男子が噂してるんだろうけど、普段から梓ちゃん集中でマークしてるもんだから、正直他の女子は春くらいしか認識無い。


 何?非常識だって?

 アハハハハ!聞き飽きたね、その台詞!悲しい事ながら同世代から耳が腐るほどに!


 話す程に自嘲と自虐しか出ない青春だな。

 兎も角、問題は三人を出し抜いて美少女を捕まえてしまった己の現状が悍ましい。大体、露骨なナンパ野郎の誘いによく乗ったものだ。

 敢えて甘受しているので無く、無謀無策にして純心なのだとしたら、俺の知る女子の中で最高峰の天使だぞ。

 先ずは真意から探ろう。罠があった物ならば、俺は容易く捌ける男として裏で嗤われている事になるのだ。そんな範疇で終えるほど、この鍛埜雄志は甘く無いぜ!


「では尋問を始めよう」


「え、うん。急に凄味が出てきたね」


「好きな食べ物は?」


「出始めから拍子抜け……」


 ごめん。

 真面目な面で真剣味を醸し出しても、所詮は鍛埜雄志だった。俺のクオリティでシリアスを繰り出せるほど、世の中甘くないんだな。

 俺の質問に対し、彼女は口内のポテトを呑み込んでから笑顔で応えた。神々しい後光の射す様なそれに、思わず瞼を閉じかける。


「自己紹介からだね。私は夏蓮……って言えば判るかな」


 言えば判る……それほどの有名人。

 笑顔で常識を強要してきた……だと?

 確かに有名人になりそうな美少女だよな、他の人間が放っておかんだろうし、本人も自覚がある程なんだろう。

 同じ学校に在籍する身として、特に男子生徒なら尚更という意味か。


 しかし先述の通り、俺は梓先生に一途!!


 たとえ不意に眼前へ現れた美少女に理性を失うほど落ちぶれちゃいない。女性ならば平等に、真摯に応対するのが俺のスタイルだ。

 よし、ここは俺が非常識であるという部分を隠蔽して次の話題に逸らす為の先手を打たせて貰うぜ。


「す、済んまへんな! いつも見えない伊達メガネで過ごしてて普段から何にも見えて無くて。えへへ! 人名あっても人相が合致せぇへん事が頻繁にあるんですわ!」


「知らないんだ。じゃあ、夏蓮って呼んで」


「ごめんなさい――紅蓮」


「カッコ良くなっちゃった」


 言い訳して一秒と経たず看破された。

 無理な話だった、鍛埜雄志が幾ら策を巡らしたところでだませるのは三歳児だ。いや、嘘ついてる時点で既に真摯の“し”すら果たせていない訳なんだけれど。

 ここは強引に転換させてやる。


「俺は鍛埜雄志……って言えば判るかな」


 さァ、同じ感じでやってやったぜ!?

 これで互いに知らないんだと和ませ、そして上手く濁して誤魔化して次に移行させてやる。俺は然して有名人でもないし、友達も中野くらいだよう。

 この如何にもスクールカースト最上位に君臨していそうな少女に、最下層で蠢く蛆虫が如き非リアの事なんぞ認知しとらんだろ。


「うん、知ってるよ。同じクラスだからね」


「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!!」


 相手知ってたよ! しかも同じクラスとか、どんだけ失礼なんだよ俺は!?

いや、ポジティブに考えろ。確かに恥ずべきではあるが、こんな美少女と同室で毎日勉学を共にしながら、結果として意識を向けていない。即ち、それ程に俺は梓ちゃんに熱狂しているんだ。

 おお! そう考えたら、やはり俺は一途で熱い男なんだろうな!


「よく五時限目を欠席してる鍛埜くん」


「“五時限目の欠席”にルビで“愛に生きる”って読めるぜ」


 物凄く酷い認識だな。もう少し好意的な記憶は無いの?

 いや、そういう雰囲気なら、俺にはもっと友人がいる筈だもんな。ナンパ決行しようとする狂人が傍に居る時点で希望懐くのも可笑しいか。


「鍛埜くん、森先生とよく面白い会話してるでしょう?」


「え、面白い? 俺からすれば皮肉と嫌味の応酬なんだけれど。あの人の授業、聞いてると耳垢が膨脹してしぜんと聴覚を封じられてしまうんだよ」


「鍛埜くんの耳の中が日頃から怪奇現象パーティー」


「いや、生理反応だよ。耳垢は一種の器官でもある」


 いや、摑みは良好かな。

 先ほどから彼女が笑ってくれている。普段から繕っている仮面か否か、人心を読む術に長けてる訳でもなければ、日頃の彼女を知ってる訳でもないし。

 無駄に疑うだけ損だな。

 でも、特異なのは確かだ。

 クラスメイトの女子にこの調子で話しかけていたら、笑ってすらくれない。


 そんな絶望感に浸りつつ、俺と夏蓮さんの談笑は一時間に及んだ。

 ポテトを口に運ぶ手が遅くなるほどに、互いに話に尽きず、興味も尽きなかった。彼女の話題提供が上手く、両者の間にある空気の流れを読むのが巧みという所為もある。

 相手に負担ばかり掛けては、男として忸怩たる甘えなんだが、いやはや居心地好くて、つい罪悪感も時間の経過も忘れてしまう。――末恐ろしいもんだぜ、美少女ッ!


 時計の針が夕食の時間に差し掛かると、夏蓮さんは徐に席を立った。俺も腕時計を確認して、事情を察する。

 話の筋からでも、彼女が優等生な感じなのは判る。

 俺が一切の理解を呈する事の適わない森の趣味である突然の応用問題について楽しそうに話したり、その解説を俺に解り易く説明してくれた。

 これ、帰って教えて貰った解答法を試してみよう。できる気がする。


「ごめんね、鍛埜くん。私の家、門限があるから」


「そうなのか、俺の家は殆ど放任主義。二人とも海外出張なんだよ」


 そう言えば、一時間に一度も家の話題は出さなかったな。よく触れそうな部分なのに。


「そっか……一人で家事をしたり、大変だよね」


「いや? 何か知らぬ間に晩飯が作り置きされてたり、設定していないアラームで起床したりするんだよ」


「耳よりも重大な怪奇現象があったよ!? ストーカーとかかもしれないし、通報した方が良いと思う」


 生活費は毎月適料で支給されるから困ってないし、寧ろ料理が勝手に出てくる始末。更に、自分で掃除したり洗濯するのは、週に三回。それ以外は、晩飯同様に謎の現象で解決される。

 俺の家、調べても曰く付き物件では無かったけどな。


「最初は怖かったけど、ここ六年間に害は一つも無かったから大丈夫」


「長期間放置って……しかも日常化……」


 美少女からの憐れみ。

 鍛埜雄志くんは心に傷を負うより、その慈悲深い目で逆に回復しちゃう。


「そっか。じゃあ、俺も行くか」


「うん。じゃあ、また明日」


「え?」


「え?」


 俺と夏蓮さんの目が合う。


「いや、家まで送ってくぞ」


「えと、大丈夫だよ、全然!」


「軽々しくナンパした上で、クラスメイトを記憶してなかった愚か者に贖罪の余地をくれ」


「でも……」


「それに、夏蓮さんみたいな美少女に夜道を一人で歩かせるのは、男として不安になるだろ」


 全く自覚無しかよ、この天使は。

 夜まで付き合わせたんだ、俺が安全を確保しなくちゃあ、男の面子が立たねぇぜぃ!!

 少しキメ顔で構えてたら、夏蓮さんが俺に背を向けた。

 あれ、直視出来ないくらい汚かったかな?朝に髭剃ったのに……俺じゃなくて怪奇現象が。鏡見たら、薄く生えてた毛が綺麗に刈られてた。

 あれは驚きだぞ、触れた感覚すらせず出来るなんてスキルレベルが高度過ぎない?


 暫くして、夏蓮さんは漸くこちらを振り向いた。耳が物凄く赤いんだが……もしかして、塩分摂取しすぎた?ポテトだってめっちゃ食ってたし……あ、俺の方が食べてたわ。


「そ、それじゃあ、お願いするね?」


「任せろ。さあ、俺の背に乗んな! 後頭部に住所をマッキーで書き込むとルート案内するナビ付きだぜ?」


「鍛埜くん、高性能だね」


「外車だし、頻繁にルート再検索しなくちゃいけない欠陥を除いてな」


「それは高性能じゃないよ……」



************



 紆余曲折を経て、俺は美少女と夜道をデートする。字面から見れば、なんとも羨ましがられるが、ナンパというよりは友達が増えた感覚だな。

 そう!だから浮気じゃないよ梓先生!


「俺は一途なんだ」


「急に何の話?」


「星の話」


「レスポンス適当過ぎる……」


 しかし、可愛い女の子が隣を歩いているだけで……これ以上言うと、後ろから心配して密かについて来てるお巡りさんに捕まってしまうので中止します。続きが気になる方は、『鍛埜雄志、独り言』で検索してね☆


 夏蓮さんは、ほんのり頬を赤く染めて歩いている。成る程、引く手あまたでも男性を帰路に伴う経験が少なくて恥ずかしいんだな。

 そうなると、やはり自身がモテてる事を利して他人を遊ぶ悪人ではなさそうだ。

 いや、話してて判ったよ?俺は善人じゃなくて変人だって自覚させられるレベルで可愛いし優しいから。


 ショッピングモールから離れて徒歩数分が経過すると、高層住宅ビルの建ち並ぶ場所で足を止めた。聳り立つその偉容、さながら頭上に頂を持つ霊峰である。一般人の俺からしても、恐らく人生で一度として住む事は無いだろう。

 前へと進み出た夏蓮さんは、街灯の下で振り返って微笑む。コートと帽子で美貌は隠れ、すっかりミステリアスっ娘に変身していた。


「今日は楽しかった。ありがとう、雄志くん」


「家が近いからって油断するな、気を付けて帰れよ! もしかしたら背後から鍛埜雄志って同級生が襲って来るかもしれん!」


「雄志くん、変態だったの?」


「いや、痴漢や窃盗犯に間違われた事はあるけれど、さすがにそれは無い」


「それでも酷いね……」


「でも、何か事件解決は家の怪奇現象と同じで知らぬ間に片付いてるんだよな。あはははは! ……怖ぇ……」


「取り憑かれてるんじゃ……」


「ま、まあ、気を付けてな!それじゃ夏蓮さん、不審者(俺を含め)に気を付けるんだぞ!」


「含意が哀しいけれど……またね、雄志くん」


 手を振って去る彼女に、俺はその背中が見えなくなるまで見送った。いや、本当に良い子だな。そりゃ心配で門限付けたりするわ。この年になると、大抵の親も心配しなくなるから、夜ぎりぎりまで遊ぶのも容認されるし。

 しかし、高層住宅ビルばかりの場所で解散って……一体、彼女は何処に住んでるんだろうか。


「ま、何でも良いか」


 とても有意義な時間だった。

 今日は良い夢が見られそうだぜ。『またね、雄志くん』だとよ。へへ、ぐへへへ……っと、失敬。

 ん?……俺のこと、名前で呼んでたっけ?



 その後、俺は中野達も忘れて直帰した。





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