脳みそチャレンジ

クロノヒョウ

第1話



「マモル、ちょっと聞いてほしい」


「どうしたの爺ちゃん、あらたまって」


 爺ちゃんが買ってきてくれたお寿司を食べている時だった。


「そろそろお前に話しておきたいと思ってな」


「何?」


 ボクはお寿司を食べるのを止めて爺ちゃんを見た。


「お前の両親は事故で死んだんじゃない」


「えっ?」


「お前の両親は……わしが殺したようなもんだ」


「爺ちゃん……」


 爺ちゃんは今にも泣き出しそうな顔をしながら話し続けた。


「お前が産まれたばかりの頃だった。わしのもとに手紙が届いた。真っ黒な封筒で差出人もわからん。封を開けてみると『脳みそチャレンジ招待状』と書いてあった」


「脳みそチャレンジ? 何それ」


「わしもようわからんかった。ただ、賞品は何でも好きなモノと書いてあった。そのかわり失敗したら大切なモノを失うともな」


「ふーん。不思議な手紙だね」


「ああ。わしも何かのいたずらだと思ってな。何も考えずに招待状にハサミを入れたんじゃ」


「それで? どうなったの?」


「それで……すまない……マモル」


 爺ちゃんはとうとう涙を流し始めた。


「何が起こったのかわからん。ただ……ただわしは早くに死んだ婆さんに、妻にもう一度会いたかっただけなんじゃ……」


「爺ちゃん……失敗したんだね?」


 爺ちゃんは何度も頷いた。


「お前の両親は消えてしまった。わしはまた大切なモノを失ってしもうた。すまなかったマモル」


「爺ちゃん、仕方ないよ。爺ちゃんは死んだおばあちゃんに会いたかったんだから。それにボク、爺ちゃんが居てくれたから寂しくなかったよ」


「マモル……」


 爺ちゃんは泣いていたけどボクは悲しくはなかった。


 爺ちゃんはとっても優しい。


「ほら、爺ちゃん泣かないで、お寿司食べようよ」


「ああ……そうだな……」


 爺ちゃんが落ち着くのを待ってお寿司を食べた。


 夕食が終わるとボクは片付けを手伝って自分の部屋に行った。


 毎日これを繰り返す爺ちゃん。


 爺ちゃんは脳みそチャレンジを受けて賞品を受け取った。


 賞品は人間として地球で暮らすことだ。


 その代わりに、自分の星を捨てる罰として「悲しみ」を脳に植え付けられたんだ。


 だから爺ちゃんは毎日夕食の時間になると悲しみに襲われてしまう。


 そんな代償を払ってまでも爺ちゃんは地球で暮らしたかったのか。


 居もしない妻と子どもを失ったという悲しみを背負ってまで。


 ボクは机の引き出しから真っ黒な封筒を取り出した。


 こうやって星を捨て地球に移住している仲間の監視に来て十五年。


 十五年もこの爺ちゃんと暮らしていると不思議と本当の家族のような感覚を覚えた。


 泣き出してしまう爺ちゃんを慰める毎日。


 それもタイムリミットが近付いている。


 そろそろボクは決断しなければならなかった。


 もしもボクが星に帰ってしまったら爺ちゃんの悲しみはさらに大きくなってしまうのだろうか。


 ボクは手に取った『脳みそチャレンジ招待状』を見つめた。


 ハサミを入れると星の記憶は失くなって悲しみが植え付けられる。


 記憶を捨て星を捨てこの地球で生きていくか星に帰るか。


 ボクは悩んでいた。


 悲しみとはどんなモノだろうか。


 涙を流すほどつらく苦しいモノなのだろうか。


 昼間はあんなに笑っている爺ちゃんが夜になると涙を流す。


 大切なモノを失ったと言って。


「大切なモノ……」


 もしもボクが星に帰ったらもう爺ちゃんには会えなくなる。


 そう考えるとなんだかボクの胸の中がキュウッと縮こまるみたいな感じがした。


 それに毎日食べているこの大好きなお寿司が食べられなくなると思うと残念でならなかった。


 こんなに美味しいものを食べられなくなるなんて。


「マモル、風呂入れよ」


 爺ちゃんの声が聞こえた。


「はぁい」


 そうだ、大好きなお風呂も入れなくなるのか。


 初めてお風呂というものに入った時は驚いた。


 温かくて気持ちよくてさ。


 ボクはなんだか爺ちゃんの気持ちがわかってきたように思えていた。


 地球のお寿司という食べ物は美味しいしお風呂は超絶気持ちがいい。


 悲しみ?


 地球人はみんな心のどこかに苦しみや悲しみを持っている。


 地球で暮らすにはそれくらいの覚悟がなきゃだよね。


 ボクはあと数時間のタイムリミットの中、机の上に置いた『脳みそチャレンジ招待状』とハサミを見つめて悩んでいた。



            完





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