第7話 黒騎士団長リオン
「そこまでだ」
その声は、たいして大きくはなかった。
しかし、壊されるはずのない格子ごと窓が破られた音と、そこにたたず黒騎士団長のその鋭利すぎる冷たい雰囲気に圧倒されて、部屋に渦巻いていた狂気が一気に霧散する。
「……な、なにをしているんだ! 人の屋敷をこんな風に……!」
我に返ったマクリードが怒りに身を任せて怒鳴るが黒騎士の長たる彼は動じない。
それどころか、マクリードがエマを力任せに押し付けている態勢を一瞥し、バカにするように唇の端に笑みを載せた。
エマが初めてみた黒騎士の笑みは、周りを凍らせるほどに冷たいものだった。
「何をしているんだ、はあなたのほうなのでは? マクリード侯爵」
「なにを……」
「“溺愛している”“病に臥せって屋敷から出られない”か弱い女性を、そんな風に乱暴に壁に押さえつけるのか?」
「それは……っ」
きっと街に現れなくなったエマについて、マクリードはこう説明していたに違いない。悔しそうに歯噛みするマクリード。
その力が緩んだすきにエマが抜け出そうとすると、マクリードはこの期に及んでエマを拘束しようとした。
「離して!!」
もがいても離れない腕から逃げ出そうとするエマ。
すると、またしても氷のように冷たい声で黒騎士がマクリードに言う。
「無駄だ……その女はもう“博愛の聖女”でも何でもない」
「……は」
「貴様はその女さえいれば……その女の力さえあれば、この状況を打開できると思ったのだろうが、見当違いだ。その女はもう力なんてない。力を失った『“聖女”のようだった』女だ」
「……そ、そんな」
「そんなこともわからないのか。魔法を使わない俺に先に気づかれるなど……程度が知れてるな」
馬鹿にしたように唇をゆがませると、黒騎士は剣の切っ先をマクリードに向ける。
「理由はどうあれ、婦女暴行は重罪だ。覚悟しろ」
「……貴様に!! 黒騎士になんの権限があって!!!!」
マクリードはエマを投げ捨てて剣を抜くと黒騎士に切りかかる。
しかし、黒騎士はひらりとかわすと、魔法も使わずあっという間にマクリードの体を拘束した。
「……バカな男だ。くだらない“愛の魔法”にすがった割に愛されるようにも努力できないとは」
そう吐き捨てると、窓の外に合図する。
すると同じような黒い制服の騎士たちがずらっと出てきてマクリードを縛り上げた。
「あ、あの!!!!」
エマはしばしその光景にあっけに取られていたが、我に返って声を上げる。
「あ、ありがとうございました……その、助けていただいて」
冷たい瞳が振り向いて、興味なさそうにしばたいた。
「……他者に自分の価値を見出そうとすることをやめたほうがいい」
馬鹿をみる。
そう言って踵を返す黒騎士の背中をエマは呆然と見つめる。
その言葉はずっと“あの人”や、周りへの祈りを自分のよりどころとしていたエマにとって……しかし、それが打ち砕かれてどうしようもなくなっていたエマにとって。
目を覚ますような一言だった。
「リオン様、この男の処罰は――」
黒騎士の周りの騎士たちが、黒騎士団長の後を追いかけていく。
「リオン様……」
エマはどうしてか、その名前をなぞるようにつぶやいてしまうのだった。
――――これが、エマとリオンの。
未来を変える出会いの全てだった。
博愛聖女はその愛をまだ知らない @1sweet2time3
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