第6話 嫌われ騎士団と博愛の聖女
まさか部屋に閉じ込められると思わなかったエマは呆然と目の前のドアを見つめた。
「ど、どういうことですか!? だ、出してください」
「いえ……あなたが屋敷の外に出ようだとか、他の人間に会いたいだとか、そんなことを言ううちはこの部屋にいてもらいます」
「そんな……私に誰とも会うなってことですか!?」
「ええ、ずっとそう言っているでしょう」
聞いたことも無い冷たい声でマクリードは部屋の外から言った。
「逆にどうしてわかってくれないのですか」
「何を……」
「ほかの人のことを考えるなと言うことです」
エマは混乱してドアを見つめる。
「……どうして、他の人のことを考えてはいけないのですか」
「愛すると決めたなら、わき目を振ってはいけない、当然でしょう」
「で、でも……! 当然不貞はいけませんが……あらゆる人に感謝を伝えたり、お話をしたり……みんなの幸せを願ったりするのは、いけないことではないでしょう?」
「……」
ドアの向こうで沈黙する気配があるが、納得してくれたようではない。
エマは一生懸命声を上げた。
「……そ、それに、あなたが言ったことじゃないですか!」
「なにを?」
「泣いていた幼い私に『そんな絶望した顔しないで』って声をかけてくれた時です!あなたは――『周りにはあなたが思うよりもたくさんの愛があふれているよ』って! ……心を閉ざさないで、あなた自身が沢山の人を愛せる人になれば、きっとおのずと愛は返ってくるって。そういったじゃないですか!」
そうだ。
そもそもエマがたくさんの人のために祈るようになったのはこの言葉があったからだ。すがるようにマクリードにそうぶつける。
しかし、返ってきたのはとても冷たい一言だけだった。
「そうでしたでしょうか」
この一言で、エマは分かってしまった。
自分は騙されたのだ。……きっと、マクリードは“あの人”じゃなかった。
そう膝をついた時、マクリードは囁くようにこう言った。
「過去がどうあれ、人は変わるのですよ」
それはただエマを欺くための言葉だったのかもしれない。
ただ、エマはこの瞬間心が打ち砕かれてしまった。
マクリードが“あの人”だったのか、そうでなかったのかに関係なく。
彼は人の気持ちは変わるものだと、……エマが信じてきていた、心のよりどころにしていた“あの人”だって、今はもう違う考えになっているのかもしれないと。
そう突き付けられてしまったのだ。
それは考えてみれば当然のことではあった。
しかし、ずっと心の支えにしていた“あの人”の言葉が急に力を失った気がして、エマは全身から力が抜けた。
そうか。私の14年間は無駄だったのかもしれない。
私はただ彼を妄信して……誤ったことをしていたのかもしれない。
そう思うと、エマは途端に心の所在がわからなくなった。
「……とにかく、あなたに人は会わせません。どうか俺のことだけ、考えて」
そう薄気味悪いほど冷たくも熱っぽくも聞こえる声で囁くとマクリードは扉の前を去っていった。
エマは茫然自失で鍵のしまった部屋で、扉の前に立ち続けたのだった。
――あれからどれくらいたったのだろう。
あの日以来、本格的に人に会わせないことにしたらしいマクリードは、エマの部屋の扉の鍵を開けることはなかった。食事だけが、まるで監獄かのように、小さくくりぬかれた窓から差し入れられる。
庭に面した窓もしっかり埋め込まれていて、さらには割って逃げることもできないように、窓の外に飾り格子がはめられていた。
エマは自分の無知さ加減を恥じた。
この格子は外からの侵入者から婚約者を守るものと言うよりは、祈りの力のつよいエマを閉じ込めておくためのものだったのだ。
マクリードに会ったあの日、何の確証もなかったのに、ただ彼がそうだと言っただけで、自分はマクリードが“あの人”だと信じて、こうして半年も何も気づかずに……答え合わせすらせずに呑気にマクリードに想われているのだと信じ切っていた。
自分が“あの人”を心の支えに――運命を変えた大事な人だと思っているように、“あの人”にとって自分が大事な人であったということに浮かれて満足して、何も真実を見ようとしなかった。
サーヤに会わなければ、今も気づかずに過ごしていたのかと思うとぞっとする。
……サーヤ。きっと心配しているに違いない。
彼女と約束をしたあの日、万が一の時に備えて庭に毎日置手紙する約束をしていたがそれも出来なくなってしまった。
……置手紙が途切れたという事実に、彼女が何かを勘づいてくれればいいが。
エマはうずくまってサーヤが気づいてくれますようにと願う。
しかし……エマは気が付いていた。心が砕かれたあの瞬間から、エマの祈りの力も魔力もとても弱くなっていた。
今までは周りの人よりかなり強い方だったが、今は普通の人の半分かそれ以下くらいの魔力しかないだろう。
こんな力ではサーヤに届かない。
(……きっとこんなときでも他力本願な私だから……こんな目に合うんだ)
もっとしっかりしていれば。サーヤのように自分で考えて行動できていたら。
……“あの人”を心のよりどころにしていなければ。
こんなことにならなかったのだろう。
どうしたら、どうしたらここから逃げ出せるだろう。
どうしたら……
そんなある時だった。
「……そこにいますか」
ドアをノックされ、久しぶりにマクリードの声を聴く。
はっとして顔を上げる。――チャンス、かもしれない。
マクリードに扉を開けさせて、隙をついて逃げ出す。
自分にそんなことができるかはわからなかったが、これ以外に方法はない気がした。
「――――ええ、ここにいます」
掠れる声を張って、エマは返事をした。
チャンスは一回だ。どうにか彼に、自分が逃げないと信じさせる必要がある。
「……マクリード様、あの時はごめんなさい。……わ、私、どうかしていて……その、あなた以外の幸せを祈ろうだなんて、バカなことを……」
「……」
「も、もう……そんなことは考えません。もし、あなたに会えたらもうあなたの幸せだけを祈って過ごしますから、だから……」
そう言うとガチャリと、鍵が数日ぶりに開いた。
今だ。そう、駆け出すのと、マクリードがエマを捕まえるのは同時だった。
「っ、ち、ちがうんです! その……!」
「言いましたね?」
逃げ出そうとしたことがばれた、とそう思い声を張るエマ。
しかし、彼はそんなことはどうでもいいと言いたげに、らんらんと光る眼でエマを射抜き、痛いほどに力を入れてエマの腕を掴んでいた。
「……あなたが……今代の聖女ともいわれるあなたが、今後俺のことだけを考えて祈るって、そう言いましたね?」
「そ、それは……」
「いいんです。ここ最近は俺が閉じ込めていましたもんね、すねていらっしゃったんでしょう?」
「え?!」
「…………ここ数日あなたが祈っていなかったからか、俺の成績はがた落ちだ! 魔力は減るし、散々だった。くそ、くそっ!」
マクリードはもうエマの言葉など聞いていなかった。
「ああ、でも、もう……それも終わりです。第二騎士団の副団長なんて席よりもっと、もっと上のポストを狙ってやる! 周りに俺の実力を認めさせて、それであのくそどもを……!」
興奮した口ぶりで捲し立てるマクリードの目は狂気に満ちていた。
何が起きているのかがわからず、エマはただ震えることしかできない。
仮にも副騎士団長を務めるに男に身体を壁に押さえつけられて、逃げようにも逃げられなかった。
がたがたと震えるエマを目にとめると、マクリードはうっとりとその目をとろけさせる。
「さあ……ほら、祈ってくださいよ。俺の幸せを。愛しているんでしょう……?」
熱に浮かされたように、マクリードはエマに顔をよせる。
エマは恐怖のあまりパニックになって暴れだす。
「は……はなして、はなしてください……っ」
しかしどんなに暴れてもマクリードの拘束は外れなかった。
それどころか、だんだんその力が強くなっていく。
腕が折れそうなくらいに強く握りしめられ、エマは痛みのあまり悲鳴を上げた。
その場しのぎで祈ろうにも、エマは今祈りの力も魔力も足りない。
マクリードを納得させるような効果など出せるはずもない。
「ああ、それともまだ足りない? いいでしょう。もう何も……俺のことだけを考えられるようにしてあげましょう」
今まで手は出されなかったのに。
彼の手が、エマの肌をなぞる。屈辱にエマが目を閉じた。
その時だった。
バキッ!!! パリン、ガシャン!!!
聞いたことも無いような大きな物音ともに窓が飾り格子ごと破壊される。
そこに立っていたのは……
「……そこまでだ」
あの日、エマがもう一人出会っていた騎士。
黒騎士団長が、夜風に髪を揺らしてたたずんでいた。
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