脳みそチャレンジの賞品

Yokoちー

賞品は《オレナイ》心


 俺達は魔王を倒す『屈強の盾』の素材をこの『サイコパスの迷宮』に採りに来た。

 サイコパス *良心の欠如・・・他人の痛みに対する共感が無く、相手を苦しめても快楽こそ感じるが罪悪感は微塵もない。




 一階層の魔物はリトルスース(ミニブタ)だった。

 ゴブリンよりは強いが、どこの荒野にも出没する冒険初心者には絶好の魔物。美味い奴。


 二階層はシルバーウルフ(白っぽい毛を持つ狼。フェンリルとは別格の雑魚。氷魔法と鋭い牙と爪が武器。)

 急に難度を上げて冒険者を翻弄する。さすがサイコパス。戸惑う姿は正に奴の思うツボ。


 三階層はバラム(羊の魔物)。

 ただの大きい羊は食肉のために飼われる魔物だ。脅威はない。バラ色の柔らかな肉は煮込みでもローストでも美味い。なぜこんなにも難易度が下がる?


 四階層はカニキン(巨大ガニ)だった。

 極小の身体に巨大なハサミと太い脚。剣も魔法も跳ね返すほどの防御力。その上、驚くほどに素速い動き。ただ知能は低く、出会ったら頑丈な物のすき間に入って逃げろと言わる奴。


 そして五階層。ここにきてゴブリンの集団。

 言わずと知れたお約束の奴ら。強さは初心者向き。


 なぜだ? この不思議な魔物の分布。

「絶対に二度と行くもんか」

 迷宮から生還した奴らがこぞって力説する言葉。確かに二階層こそサイコパスの恐ろしさを感じたが・・・。俺達は首を捻る。



 いよいよ最深部だ。

 慎重に身構えた俺達を出迎えたのは美しい草原。柔らかな草が広がる一角に白いテーブルクロスで整えられた食卓。絶対に旨いだろうと分かる極上の酒がその水滴を煌めかせる。俺達は覚悟を決めて食卓の席に着く。


 細い竹で編まれたランチョンマット。上品に艶めく箸と共に出された一品は漆の椀に入った豚汁だった。

 地球からの転移者である女は、まあと感激し、その味噌汁をつつと飲んだ。

「う~ん、美味しい。コクのある赤味噌が懐かしい。 ほら、さっきシルの鑑定で " 害なし " だったでしょう? さあ、みんなも食べて!」

 おそるおそる口に運ぶ。何せ相手はサイコパスなのだ。どこでどんな罠が張られているか分からない。僧侶のシルも周囲を警戒し、何もかもに鑑定魔法をかけまくっている。

 だが、美味い。ただ美味い。疲れた体にじわり染み込む味噌の香り、ほの甘いスースの油。ぶち込まれた根菜が滋養とコクを醸し出し、いくらでも口にできる。

 

 はっ! まさか?! これが罠か?


 女がお猪口と呼んだ小さめの皿に注がれた透明の酒が食欲を刺激する。

 太らせて動きを封じる作戦か? それとも、この美味さに攻撃の意思を萎えさせるつもりか?

 

 二皿目は濃緑が美しい香り豊かな和え物だった。ほうれん草を甘白い米味噌で和え、クルミやゴマ、柑橘が食感に香り、見た目に色を添える一品。

 初めて食べる味。地球の和食。その奥深さは女から伝え聞いているがこれほどとは。酒が止まらない。


 こう来たか? 

 酒が回れば冷静な判断などできない。だが、分かっていても止められるほど俺の心は強くない。

 はっ! ボスとの攻防、ここで耐えるだけの心がなきゃ負けってか? ああ、だが止められない。俺達はすでに奴の手の平で転がされているのか?


 三皿目は全く趣向が違った。幾何学模様のランチョンマット。白ワインに銀のカトラリー。だが、これは...。アレだ。 奴の脳みそだ。焼けた頭蓋骨の中からまんま覗いている。


やられた! この流れ。


 俺は思わず両手で口を覆った。繊細なシルは口の中に酸っぱい物が溢れてくるようだ。俺も・・・。駄目だ、無理だ。撤退しよう。 そう言いかけたその時。


「わぁ、嬉しい! これ、スペインのオーブン焼きね~。旅行に行ったときにいただいたわ。うん、あの時のまま。 美味よね~、これ好き。あら、みんな食べないの?」


 女は頭蓋骨にフォークとナイフを突っ込んで自分の皿に取り分けた。白い頬をバラ色に染め、嬉しそうに喰っている。マジか? 俺には無理だ。女以外の仲間は席を離れて地にうずくまった。


 想像できるだろう? 次の料理は赤い甲羅に詰められた緑の物体。確かにカニキンは美味いさ。香ばしい香りに芳醇な汁をたたえた柔らかな身。だが、なんだその緑の物体は? いや、いいんだ分かっている。 そんなに美味いか? 温めた酒を飲み、奴は上機嫌。 俺達は最後の皿を思い描き、絶望の淵に投げ出された。


「ねぇ、いい迷宮だったわね! 全然、サイコパスじゃなかった! ああ、最後の甘えび、新鮮で青みがかったミソが美味しかったわね? また食べたいわ~。極上の食事をいただいた上に、貴重な鉱物をくれるなんて、最高の迷宮ね」


 上機嫌なのは女だけ。 俺達の心はバッキバッキに折られていた。


 はっ、そういうことか?


 サイコパスの野郎・・・俺、無い心 だからか?!


 俺達の旅はまだまだ続く。たとえ今、この心が折れていたとしても。折れた骨はさらに丈夫になるというのだから・・・。

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