最終話 平凡な幸せ

 翌日、五十嵐は百合子に電話をして昨日怒鳴ったことを謝った後、久しぶりに動画を撮影した。


「どーも、五十嵐幸助です。芸能界を辞めてからずっと引きこもっていた俺だけど、

明日からまた働くことになったぜ。新しい仕事先はなんと郵便局。芸能界に入る前まで勤めていた所に、また世話になることになったんだ。ただ、今回は前やってた郵便配達じゃなくて保険の営業なんだよな。今まで営業なんてしたことないから、多少不安はあるけど、芸能界で経験したことを活かして頑張るつもりだ」


 五十嵐はペットボトルのお茶を一気に半分ほど飲むと、続きを喋り始めた。


「あと、嬉しい知らせがもう一つあるんだ。なんと、前の奥さんと復縁することになりました! 昨日電話して復縁を迫ったら、すぐに返事できないって言われたから、俺は急がなくていいからと言って、いったん電話を切ったんだ。普通なら、返事が来るのは二、三日経ってからだと思うだろ? そしたらなんと、それから三分と経たないうちに電話が鳴って、『OK』って言われたから、もうびっくりしちゃってさ。はははっ!」


 五十嵐は残りのお茶を飲み干すと、最後の締めに入った。


「言い忘れてたけど、この動画は今回が最後となります。登録者の人たちには悪いと思うけど、十年間離れて暮らしていた元妻と娘との時間を取り戻すためにも、これからはこの動画撮影に使っていた時間を、家族と過ごす時間に充てたいんだ。……視聴者のみんな、今までたくさんこの動画を観てくれてありがとう。……この動画は今日で終わるけど、みんながくれた熱いコメントはいつまでも俺の心の中に残ってるからな。……というわけで、これで終了する。じゃあな」


 五十嵐は編集作業をしている間、ずっと肩を震わせていた。

 やがて編集が終わると、五十嵐は目頭を押さえながら、これで最後となる投稿ボタンを押した。





 五十嵐の就職と復縁を祝おうと、久しぶりに佐藤、新田、古宮、五十嵐の四人が行きつけの居酒屋に集まった。


「それでは、五十嵐のダブルおめでたを祝って乾杯!」


 新田の音頭のもと、四人はそれぞれビールの入ったグラスを合わせた。


「一ヶ月前あんなに落ち込んでたのが、まるで嘘のようだな」


 五十嵐が芸能界を辞めた日、新田は彼のやけ酒に付き合っていた。


「あの時は無理やり付き合わせて悪かったな。あの時、とことん落ちるところまで落ちたから、今の俺があるんだよ。はははっ!」


「なんだよ。お前、もう酔ってるのか?」


 テンションの高い五十嵐に、古宮が半笑いしながら言った。


「そんなわけないだろ。それより、お前らは最近どうなんだ? 何かいいことあったか?」


 五十嵐の何気ない言葉で一気に場の雰囲気が変わり、たちまち周りは重い空気に包まれた。

 その沈黙を破るように、佐藤が「お前には言ってなかったけど、実は俺、離婚したんだ」と、ばつの悪そうな顔で打ち明けた。


「えっ! お前、奥さんとあんなに仲良さげだったじゃないか」


「表面上はな。でも中身はボロボロで、子供のためにずっと仮面夫婦を演じてたんだ」

 

「マジで? ほんと、聞いてみないと分からないもんだな」


「俺もこの前聞いた時は驚いたよ。今までそんな素振り、一切見せなかったからさ」


「俺もだ。これでみんな独り者になったと思ってたら、今度はお前が復縁するって話を聞いて、また驚かされたってわけさ」


 古宮は五十嵐に向かって口を尖らせた。


「それより、仕事の方はどうなんだ? 聞くところによると、保険の営業をやってるそうじゃないか」


 これ以上離婚話をするのが嫌だったのか、佐藤が突然話題を変えた。


「まだ始めて間もないから、細かいミスや失敗はあるけど、なんとかやってるよ」


「お前、動画やタレント活動で名前と顔が知られてるから、仕事もやりやすいんじゃないか?」


「まあな。今すぐとはいかないけど、ゆくゆくは営業成績でトップになることが、当面の目標だ」


「お前、なんかタレント活動をしてた時みたいに、キラキラしてるな」


 古宮が五十嵐をまじまじと見ながら、そう言った。


「よせよ。俺なんて、動画もタレントもやめて中年の星に成り損なった、ただの46歳のおっさんだよ」


「そんなことねえよ! その歳で正規の職員として雇われたり、前の奥さんとヨリを戻して娘さん共々立派に養ってるお前は、俺たちにとっては十分、中年の星なんだよ!」


 新田が唾を飛ばしながら捲し立てると、佐藤と古宮も深く頷いていた。


「なんだよ。そんなに力説されたら、照れるじゃねえか……ははーん。分かったぞ。お前、俺を持ち上げて、ここの代金を奢らせようと思ってるんだろ? 悪いけど、その手には乗らねえぞ。お前と違って俺には家族がいるんだから、そんなムダ金を使ってる余裕はねえんだよ」


「ムダ金言うな!」


 五十嵐は久しぶりに会った友人たちと、くつろぎの一時を満喫していた。





 その後、深夜に帰宅した五十嵐は、リビングでテレビを観ていた二人に、「一家の大黒柱が帰ってきたぞ」と言いながら、ソファに寝転がった。


「ちょっと! そんなところで寝ないでよ!」

「お父さん、子供みたいなことしないで!」


「はははっ! 冗談でやってるんだから、そんなに怒るなよ。じゃあ、俺はもう寝るから」


 五十嵐は二人に笑顔を向けながらリビングを出ると、そのまま寝室へ向かった。


(やはり家族がいるといいな。ちょっとしたことでも、すぐにリアクションを返してくれるからな)

 

 五十嵐は家族がいる幸せを噛みしめながら眠りについた。



   了





 

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中年の星 丸子稔 @kyuukomu

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