第50話 復縁なるか?
山中事務所を退所して約一ヶ月、五十嵐はその間何もやる気が起きず、一日中部屋でダラダラ過ごしていた。
(このままじゃ、精神衛生上よくない。何か仕事を探さないと)
五十嵐は重い腰を上げながら、携帯で自分に出来そうな仕事を検索した。
(どれもこれも、ロクなものがねえな。なまじ芸能界にいたばかりに、金銭面にしても仕事内容にしても、全然物足りなく感じてしまう。こうなったらもう、ダメ元で前の職場に連絡してみるか)
五十嵐は郵便局で働いていた時の同僚である畑中に電話をかけた。
「はい」
「五十嵐だけど、今、電話大丈夫?」
「ええ。それより、どうしたんですか、突然?」
「もう知ってると思うけど、俺、芸能界辞めちゃってさ。で、そろそろ働こうと思って、いろいろ検索してみたんだけど、ロクなところがなくてさ。それで、もし空きがあるようだったら、また働いてみようと思って電話したんだ」
「そうですか。五十嵐さんがやってた郵便配達の仕事はもう埋まっていますが、その代わり保険事業の営業なら空きがあるみたいですよ」
「営業か。今までやったことないから、俺には難しいかもな。というか、営業ってアルバイトでもできるのか?」
「いえ。さすがに、アルバイトではできません。営業をやるには、正規の職員になる必要があります」
「じゃあ、どっちみち、俺にはできないじゃないか」
「そうとは限りません。五十嵐さんは動画やタレント活動で顔が知られてるから、特別に採用されるかもしれませんよ」
「そんなにうまくいくとは思えないけど、どうせ暇だしダメ元で面接に行ってみるよ」
翌日、五十嵐は行き慣れた道を自転車で走りながら、郵便局へ向かった。
道中、すれ違いざまに声を掛けられたり指を差されたりしたが、五十嵐は気恥ずかしさからか、すべて気付かない振りをしていた。
やがて郵便局に着くと、五十嵐はすぐさま保険課を訪れ、課長の板倉の元へ向かった。
「五十嵐です。本日は無理を言って面接をさせていただき、誠にありがとうございます」
そう言って頭を下げる五十嵐に、板倉は「お礼を言うのはこっちの方だよ。君が入ってくれれば、百人力だ」と、はちきれんばかりの笑顔で返した。
「えっ! 今、なんとおっしゃいいました?」
「だから君が入ってくれれば、ウチは大助かりなんだよ。できるなら、今日からでも働いてもらいたいくらいだ」
「では、私は入ってもいいんですね?」
「だから、さっきからそう言ってるだろ。普通なら有り得ないが、君には正規の職員として働いてもらうから」
「ありがとうございます! 私は芸能界に三ヶ月しかいませんでしたが、その間いろいろな人と絡んできたので、その経験を活かして頑張ろうと思います」
「ああ。君には大いに期待してるよ」
五十嵐はその場で契約書にサインし、三日後から働くことになった。
(課長の言う通り、何の実績もない46歳のおっさんが、正規の職員として雇われるなんて普通は有り得ない。たった三ヶ月間だけど、課長は俺が芸能人として活躍したことを高く買ってくれてるんだ。この恩に報いるためにも、すぐに仕事を覚えて、ゆくゆくは営業成績でトップにならないとな)
五十嵐はそんなことを思いながら自転車に乗って帰路に就き、途中すれ違った人に今度は自分から声を掛けていた。
「また郵便局で働くの?」
郵便局と正式に契約を交わした翌日、五十嵐はそのことを百合子に電話で報告した。
「ああ。ただし、今回は郵便配達じゃなくて保険の営業なんだけどな」
「えっ! それって、正規の職員になったってこと?」
「うん。芸能界で活躍したことが認められて、特別に採用してもらったんだ」
「おめでとう! 正直、芸能界よりも、そっちの方が断然いいと思う」
「お前なら、そう言うと思ってたよ。で、話は全然変わるんだけどさ」
「何?」
「俺がタレントをしてる時に、番組内でお前との復縁を話題にしたことがあっただろ? あの時はふざけてると思われたみたいだけど、実は結構本気だったんだ。もちろん、その思いは今も変わらない。だからもう一度、真剣に考えてくれないか?」
「……そんなこと急に言われても、どう答えていいか分からないわよ」
「返事はすぐじゃなくてもいい。お前のタイミングで構わないから」
「うん、分かった」
五十嵐は百合子が電話を切ったのを確認した後、自らも終了ボタンを押した。
(あの様子だと、確率的には五分五分というところだな。こうなったら、萌を味方につけて確率を上げるか……いや。子供を使うのはフェアじゃない。あくまでも俺一人の力で勝負しないとな)
五十嵐がそんなことを思っていると、百合子から来たことを表すスマホの着信音が鳴った。
「はい」
「さっきの返事だけど、ОKでいいわ」
「マジで? というか、いくら自分のタイミングでいいと言ったからって、ちょっと早過ぎないか?」
「本当はさっき返事してもよかったんだけど、それだとなんか味気ない気がしたから、少し焦らそうと思って」
「味気ないって……少しはこっちの身にもなれよ!」
「そんなに怒鳴らないでよ! ていうか、OKしたのに、なんで怒られないといけないわけ?」
「そんなの知るか! じゃあ、もう切るぞ」
五十嵐は今度は自分から電話を切った。
また百合子からかかってくるんじゃないかと思ったのか、五十嵐はしばらくスマホの画面を見つめていたが、そこから着信音が鳴ることはなかった。
(あーあ。せっかくOKしてもらったのに、なんでこうなるんだよ……仕方ない。明日また電話して、怒鳴ったことを謝ろう)
すぐに電話をすると、またケンカになると思ったのか、五十嵐はスマホを置き、そのまま眠りについた。
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