第49話 芸能界引退?
『夜まで生トーク』に出演した後、二本のインタビューをこなし、深夜に帰宅した五十嵐は、嫌な予感を抱えながらネットを検索した。
『五十嵐さんが岸本さんを罵倒する姿は、見ていて怖かったです』
『自称日本一怖いタレント(笑)』
『これが五十嵐さんの本性だったんですね』
『こんな五十嵐さん、見たくなかった』
『もう五十嵐さんが出ている番組は二度と見ません』
『確かに岸本は嫌な奴だけど、さすがにこれはやり過ぎ』
『もうこのまま芸能界から消えてください』
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(ディレクターの口ぶりから、ある程度予想はしていたが、まさかここまでとは……他の出演者たちを安堵させようと思ってやったことが、逆に視聴者には恐怖に映っていたとは皮肉なものだな)
精神的にも肉体的にも疲労
翌日の昼間、打ち合わせのため事務所に訪れた五十嵐は、着いた早々山中に「五十嵐さん、ちょっといいですか?」と声を掛けられ、そのまま社長室に連れて行かれた。
「なんでここに連れて来られたか、分かってますか?」
「……はい。昨日の『夜まで生トーク』の件ですよね?」
「そうです。先程テレビ局の方から、五十嵐さんを厳重に注意してくれと言われました。私もオンエアを観ていたのですが、なぜ岸本さんにあんなことを言ったんですか?」
「岸本さんの傍若無人な態度が我慢できなかったからです」
「この番組が生放送だということは知ってたんですよね?」
「はい」
「では、なぜあんな暴挙に出たのですか?」
「私は暴挙などとは思っていません」
「出演者を強制的に退場させたのですから、暴挙と言われても仕方ないでしょ? 編集のできない生放送でそんなことをしたら、視聴者やスポンサーにどう思われるか少しは考えてください」
「…………」
山中の正論攻撃に、五十嵐は俯いたまま何も言い返すことができなかった。
「これで当面は、この局からのオファーはないでしょう。もしかすると、他の局もそれに
「……まさか、こんな
五十嵐は声を振り絞るようにして言った。
「今更そんなことを言っても仕方ありません。こうなったらもう、しばらく芸能活動を自粛した方がいいかもしれませんね」
「そんな! せっかくMCを任せられるようになったのに、今休んだらまたゼロからスタートしなければいけなくなってしまいますよ」
「仕方ないでしょ。すべては五十嵐さんの蒔いた種です」
「今回のことは悪いと思っています。必要なら、岸本さんにも謝罪します。なので、自粛だけは勘弁してもらえませんか?」
「他の人に対する言動はともかく、岸本さんが五十嵐さんに言ったことは、案外的を得ていると私は思っています」
岸本を擁護するような山中の言葉に、五十嵐は反抗的な目を彼に向けながら「どういう意味ですか?」と、訊ねた。
「昨日、五十嵐さんがMCを務めた『笑っていいよ』の中で五十嵐さんが直前になってコーナーの内容を変更したことを、岸本さんが指摘してたでしょ? あれって、私は正論だと思いますよ」
「でも、事前にディレクターに相談しましたし、変更したものもウケていましたから、彼にとやかく言われる筋合いはないと思うんですけど」
「いえ。岸本さんの言ってたように、既に決まっていたものを直前で変更しようとすること自体が問題なんです。内容が気に入らないのなら、なぜもっと早い段階でそう言わなかったんですか?」
「その時はそれでいいかなと思ったんです。でも、よく考えると、必要ないんじゃないかと……」
「たとえそう思ったとしても、一度決まったんですから我慢してください。それが大人ってものでしょ」
「では、私はどうしても自粛しないといけないんですか?」
「はい。このまま五十嵐さんがタレント活動を続けていたら、事務所共々反省していないと見なされます。そんなことになったら、ウチは大打撃ですからね」
「タレントの命より事務所の体裁をとるんですか?」
「当然です。事務所あっての物種ですから」
「分かりました。タレントを大切にしないこの事務所にもう用はありません。今日限りで辞めさせてもらいます」
「いいんですか、そんなこと言って。昔ほどではないにせよ、一度でも事務所を辞めると、業界及び世間の印象がかなり悪くなりますよ」
「最悪このままタレントを辞めることになっても構いません」
「そうですか。じゃあ、私からはもう何も言うことはありません。短い間でしたが、ご苦労様でした」
「こちらこそ、どこの馬の骨とも分からない私を拾ってくださり、本当にありがとうございました」
五十嵐は深々と頭を下げると、未練を断ち切るように駆け出していった。
事務所を出てそのまま帰宅した五十嵐は、昨日からの出来事を改めて振り返った。
(いくら暴言を吐かれたとはいえ、他の出演者と一緒に岸本さんを退場に追い込んだのは確かにやり過ぎた。頭に血が上り過ぎて、生放送だということをすっかり忘れていたのもプロとしては失格だし、よくよく考えれば社長の言い分は尤もだ。つまり俺は、一流タレントの器じゃなかったということだ)
冷静に考えてそう判断した五十嵐は、もう芸能界には二度と戻らないと心に決めた。
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