第48話 出て行け!

『人間』という難解なテーマに周りが重苦しい空気に包まれる中、「これって、人間とAIを比較すれば、話がスムーズに流れるんじゃないかな?」と、伊藤が切り出した。


「はあ? なんでそんなことが言えるんだ。というか、お前ごときが偉そうに仕切ってんじゃねえよ」


「そういう言い方はないでしょ。彼は苦しんでいる我々を見て、突破口を開いてくれたんだから」


「そうよ。それに、偉そうに仕切ってるのは、あなたの方でしょ」


 岸本の傍若無人な態度に、大山と紗耶香は共に不快感を露わにした。


「おいおい、そこの大学教授さんよ。俺は全然苦しんでなんかいねえぞ。勝手に決めつけてんじゃねえよ」


「いい加減にしてください! さっきからあなたは口が悪過ぎます。もっとリスペクトの心を持って接してください」


「うるせえ! 無名の舞台俳優のくせして、俺に説教するんじゃねえ!」


 周りが険悪な空気に包まれる中、五十嵐が「岸本さん、あなたはこの場にふさわしくないので、出て行ってもらえませんか?」と、静かな口調で言った。


「なんだと? あんた、最近ちょっと売れてるからって、いい気になってるんじゃないか?」


「私のどこがいい気になってると言うんですか」


「あんた、昼間、新番組のMCやってただろ。その際、自分の判断でコーナーの内容を変えたそうだが、それは普通ディレクターが判断するものだ。これをいい気になってると言わずして、何と言うんだ?」


「それは少し違いますね。私はちゃんとディレクターに相談したうえで変更したんです」


「たとえそうでも、一度決まったものを直前になって変えること自体が問題なんだ。あんたは番組を少しでも面白くしようと思ってそうしたんだろうが、それは単にあんたのわがままに過ぎないんだよ」


「番組のためを思ってしたことの、どこがわがままなんですか?」


「あんた、もしその番組がMCじゃなくて、ただのレギュラーメンバーだったら、そこまで真剣に考えてないだろ? 番組のためとか言ってるけど、結局あんたは自分のことしか考えてないんだよ」 


「……うるせえ。お前なんかに、俺の一体何が分かるっていうんだ」


 突然口調が変わった五十嵐に対し、岸本はなんら怯むことなく「あんた、そんな汚い言葉使っていいのか? 今が一番大事な時期なんだろ?」と、冷静に返した。


「そんなのはもうどうでもいい。お前みたいなカス野郎を、このまま野放しにしておくわけにはいかねえんだよ」


「ほう。で、一体どうするつもりだ?」


「さっきも言ったように、お前をここから出て行かせる。たとえ嫌だと言おうが、腕ずくでも引っ張り出してやるからな」


「まあ、落ち着けよ。そんなことしたら番組が成り立たなくなるし、あんたの印象も悪くなるだけだぞ」


「お前がいなくなっても、番組は十分成立する。さあ、早く出て行け!」


 五十嵐を後押しするように、岸本に対して他の出演者たちが一斉に帰れコールを浴びせた。


「ぐぬう……お前ら、おぼえてろよ。この借りは後で何倍にもして返してやるからな」


 岸本は捨て台詞を吐きながら、逃げるように退室していった。


「いやあ、五十嵐さん、よくぞ言ってくれました」

「いなくなって清々したわ」

「あいつ、ほんとムカつきますよね」

「これで気楽にトークできますね」


 トラブルメーカーの岸本がいなくなったことで、出演者たちは一様に清々しい表情をしていた。


 その後、番組はとどこおりなく進み、最後のテーマについて出演者たちが語り合っているところで、時間となった。


「残念ながら時間となってしまいました。今日は途中でちょっとしたハプニングが起こりましたが、それだけ出演者のみなさんが真剣だったということでしょう。それでは来週のこの時間までさよなら」


 番組が終了するやいなや、ディレクターの岡本が血相を変えて五十嵐のところに駆けつけた。


「なんで岸本さんにあんなこと言ったんですか! 途中で退席したことで、視聴者やスポンサーがカンカンなんですよ!」


「えっ! ……そういえばあの人、視聴者受けがよかったんでしたっけ。でも、あんなこと言われたら、さすがに我慢できませんよ」


「それを我慢するのが大人ってもんでしょ。今日の五十嵐さんは、ヒステリックな子供みたいでしたよ」


「それはいくらなんでも言い過ぎじゃないですか? 私は良かれと思ってやっただけなのに」


「全然言い過ぎじゃなく、逆に言い足りないくらいですよ。とにかく、今日のことは事務所に正式に抗議するので、覚悟しておいてくださいね」


 そう言うと、岡本は足早に去っていった。


(抗議だと? なんで俺がそんなことされなくちゃいけないんだ?)


 五十嵐はまだ事の重大さに気付いていない様子だった。 


  

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