第47話 夜まで生トーク

『笑っていいよ』の生放送が終わると、五十嵐は打ち合わせやインタビューをこなし、次の仕事先であるテレビ局へ向かっていた。

 その車中、なんの気なしにスマホを覗くと、そこは彼を賞賛する書き込みで溢れていた。


『初MCとは思えない堂々ぶり!』

『MCとサブアシスタントの二刀流(笑)』

『MCらしく、ゲストをうまく引き立てていましたね』

『最後のじゃんけん大会が面白かったです』

『僕にもメンチ切ってください』

『来週も絶対観ます』

『ダイエットコーナーをやめて大正解!』

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(やはりコーナーの内容を変更して正解だった。準備をしていたタレントには悪いことをしたが、あのままダイエットコーナーをやってたら、ここまで賞賛されてなかっただろうな)


 五十嵐がそんなことを思っているうちにテレビ局に到着し、早速打ち合わせが始まった。

 この『夜まで生トーク』という番組は、夕方のトーク番組にしては珍しく生で放送されていて、華道家やスポーツ選手など幅広い分野から出演者を集めているのが、大きな特徴だった。


「今日は出演者の中にテレビ評論家の岸本順平さんがいるので、気を付けてくださいね」


「岸本さんって、バラエティ番組で誰彼構わず嚙みついてる人ですよね?」


「ええ。あの人、大した知識もないのに、やたらと人を攻撃しますからね。今まで何人の芸能人が彼の餌食になったことか」


「なんでそんな人が番組に呼ばれ続けてるんですか?」


「彼は視聴者受けがいいんですよ。彼の出てる番組は軒並み視聴率が高いので、こちらとしても呼ばざるを得ないというか……」


「なるほど、そういう事情があったんですね。でも今回に限っては、彼は必要なかったのに」


「なぜですか?」


「私がいるからですよ。私が一言なにか喋るだけで、視聴率は爆上がりしますから。はははっ!」


「……そうなることを期待しています」


 何やら波乱含みの中、番組は始まった。


「みなさん、こんばんは。『夜まで生トーク』の時間がやってまいりました。私、司会を務めます、原田浩一郎です。この番組はいくつかのテーマをもとに、出演者のみなさんにトークしていただくものです。それでは早速、本日の出演者を紹介します──」


 最初のテーマが『二刀流』に決まったところで、出演者によるディスカッションが開始された。


「これって、今やたらと流行ってるけど、一体この中に本来の意味を知ってる奴は何人いるんだろうな」


 早速、岸本が一石を投じた。


「そう言う岸本さんは知ってるんですか?」


 プロテニス選手の一ノ瀬紗耶香が敵意丸出しの表情をしながら訊ねた。


「もちろん。二刀流とは両手にそれぞれ刀を持って、攻撃と守りを行うことだ。まあ、宮本武蔵がその第一人者だな」


「ふん。偉そうに言ってるけど、そのくらい誰でも知ってますよ」


 紗耶香は表情を保ったまま、そう言った。


「ほう。じゃあ訊くが、その宮本武蔵と世紀の対決をした剣客は誰だ? あと、彼の必殺技の名前は?」


「…………」


 黙り込んでしまった紗耶香に助け舟を出すように、舞台俳優の川上健一郎が「もうそのくらいでいいでしょ。人が困っているのをこれ以上見たくないので」と言った。


「先に仕掛けてきたのは、その女だ。俺がいじめてるみたいに言うんじゃねえよ」


「話の論点がずれてきてるので、いったん元に戻しませんか?」


「賛成」


 大学教授の大山の提案に、お笑い芸人の伊藤がすぐさま賛同した。


「ちっ、じゃあ、そうするか。二刀流なんて言葉は、例の野球選手が現れるまでは、ほとんど使われることはなかった。奴が活躍したことで、誰も彼も使うようになったんだ。ほんと、うっとうしくて仕方ねえよ」


「それは一理ありますね。なんでもかんでも二刀流を使う今の風潮に、私も辟易へきえきとしています」


「僕もそう思います。僕の知り合いに舞台俳優をやりながら、たまにドラマや映画に出てる人がいるんですけど、その人は自分のことを二刀流を通り越して三刀流なんて言ってますからね」 

 

 大山と川上が立て続けに岸本の意見に乗った。

 反対意見が出ず、このまま次のテーマに移るかと思われた矢先、今まで何も語らなかった五十嵐がおもむろに口を開いた。


「私はそうは思いませんね。私は今、タレント活動の傍ら動画配信もしてるんですけど、自分のことを二刀流って言ってます。別に減るものじゃないので、自由に使わせてくださいよ」


「私も五十嵐さんと同意見よ。そんな些細なことが気になるなんて、心が狭い証拠よ」


 先程岸本に噛みついた紗耶香が、今度は三人相手に食って掛かった。


「それはお前の方だろ! このクソ女が!」

「私はあなたにそんなことを言われる筋合いはない」

「さっき助けてあげたのに、そんなこと言うなんて……この恩知らず!」


「俺もどっちかというと、五十嵐さんの意見に賛成だな。俺もお笑い芸人と動画配信をやってるから、周りから二刀流ってよく言われるんだけど、それが結構心地いいんだよな」


 出演者全員がそれぞれ自分の意見を述べたところで、次のテーマへと移った。


「次のテーマはずばり『人間』です。さあ、みなさん。トークを始めてください」


(はあ? それってどこから手を付けていけばいいんだ?)


 テーマがあまりに漠然としていたため、出演者たちは皆困惑の表情を浮かべていた。 


 


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