第46話 念願の初MC

 五十嵐がタレントに転身して早三ヶ月、ここまで順調過ぎるほど順調に仕事をこなしてきた彼に、またも朗報が飛び込んできた。


「五十嵐さん! ついにMCのオファーが来ましたよ!」


 いつも冷静沈着な望が珍しく興奮していた。


「本当ですか? まさか、俺をからかってるんじゃないでしょうね?」


「そんなことしませんよ! 来月から始まるバラエティの新番組に、五十嵐さんがMCとして抜擢されたんです!」


「……もしそれが事実なら、俺は当初の目的を果たしたことになるんですけど、こんなに早くていいんですかね?」


「もしじゃなくて本当なんです。私も少し早いと思いますが、番組が始まるまでまだ時間があるので、その間にMCをされている方の映像を観て勉強してください」


「分かりました」


 その日から五十嵐は仕事の合間を縫いながら、超一流とされているタレントがMCをしている番組の映像を見まくり、それぞれが持っている特徴等を徹底的に研究した。

 その結果、人によって番組の進め方、ゲストへの対応、番組に対しての熱量がまったく違うことが分かり、五十嵐は目から鱗が落ちる思いだった。


(今までは漠然ばくぜんとしてたけど、こうしてじっくり観ると違いがはっきりと分かる。それぞれの良い部分を取り入れれば、完璧なMCをこなすことができるはずだ)


 元々の才能と研究によって深めた自信が、五十嵐を超一流の道へいざなおうとしていた。





 五十嵐が初のMCを担うバラエティ番組『笑っていいよ』の開始時間がいよいよ三十分後に迫り、五十嵐はテレビ局の一室でディレクターと最終打ち合わせをしていた。


「何度も言うようですが、この番組は生放送なので、放送禁止用語やスポンサーの機嫌を損ねるような言葉は使わないでくださいね」


「もう素人じゃないんだから、そのくらい分かってますって。それより、番組の最後のコーナーなんですけど、あれ今から内容を変更できないですか?」


「そんなの、無理に決まってるでしょ。本番まであと三十分しかないんですよ」


「無理を承知で言ってるんです。よくよく考えたら、ダイエットコーナーなんて、この番組には必要ありません」


「仮にやめるとして、空いた時間はどうやって埋めるつもりですか?」


「それは秘密です。まあ、ダイエットより面白いということだけは確かですね」


「それをやるとして、じゃあダイエットコーナーに出る予定だったタレントはどうするんですか?」


「それは、そっちでフォローしといてください。じゃあ、そういうことで」


「あっ! ちょっと待ってくださいよ!」


 ディレクターの声を振り切るように、五十嵐は部屋を出て行った。

 




 その後、本番が始まると、五十嵐はいつも以上にテンションを上げながら挨拶した。


「どーもー! 自称日本一面白いタレントこと五十嵐幸助でーす! ついに私にも、MCを任せられる時がやってきました! ここで実績を積み、一日でも早くキャッチコピーから自称がとれるように頑張りたいと思います!」


「アシスタントの田辺まどかです。今日は五十嵐さんとともに番組を盛り上げていこうと思っています。それではゲストの──」


 台本にはここでゲストの紹介と書かれていたが、何を思ったか五十嵐が途中で遮り、自ら喋り始めた。


「アシスタントの田辺さんを更にアシストする五十嵐幸助でーす。今日はMCとサブアシスタントの二刀流でいこうと思っていまーす」


 のっけからかました五十嵐のボケに、客席は大爆笑となった。

 その後、ゲストとの軽快なトークやちょっとしたクイズをしながら番組は進み、いよいよ最後のコーナーとなった。


「本来ここはダイエットコーナーの予定だったんですけど、私の判断で急遽変更しました。というわけで、今から観覧者の人たちと私でじゃんけんをして、最後に勝ち残った人は、私と番組が終了するまでトークをします。なお、テーマは決めていません。みなさんが話したいことに私が合わせるので、どうぞ心配しないでください。それでは、いきますよ。最初は──」


 五十嵐の考案した即興のじゃんけん大会に、観覧者たちは最初戸惑いの表情を見せていたが、やっていくうちにだんだんと盛り上がっていき、最後に勝ち残った四十代の主婦は、自分に決まった瞬間、派手なガッツポーズをして喜びを爆発させていた。


「おめでとうございます。お名前を訊いてもいいですか?」


「中尾です」


「随分喜んでいらっしゃいましたが、もしかして私のファンですか?」


「はい。五十嵐さんがタレントになる前からずっと動画を観てました」


「ありがとうございます。では、ここからトークタイムです。さっき言ったようにテーマは決めていないので、中尾さんが話したいことを話してください」


「えーと、じゃあ前から気になっていたことを一つ訊いてもいいですか?」


「なんでしょう?」


「休日はどんな風に過ごしてるんですか?」


「今は仕事が忙しいので、休日はほとんどないですね。たまに休みがあると、ほとんど家で寝てます。……あっ! 今のは冗談です! この私がそんなつまらない休日の過ごし方をするわけないじゃないですか!」


「じゃあ、何をしてるんですか?」


「私はまず動物園に行きます。そこでトラやライオンにメンチを切って、その後水族館でサメやクジラにガンを飛ばし、最後は遊園地に行って、カップルを睨み付けてやります」


「あははっ! それ、言い方を変えてるだけで、やってることは全部一緒じゃないですか。というか、それ絶対嘘ですよね?」


「はははっ! やはりバレましたか。まあ、こんなことしたら、周りから変人扱いされるのは確実なので、絶対にやらないでくださいね」


 五十嵐と観覧者のトークが弾む中、終了時間が近づいてきたことを表すエンディング曲が流れ始めた。


「早いもので、もうエンディングの時間となりました。皆様にとって、これからの一週間が幸せな時間であることを願っています。それでは来週のこの時間までさよならー」


 やがて番組が終わると、五十嵐は満足げな顔で意気揚々と引き揚げていった。

 

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