第45話 初めてのCM
「お父さん、今、忙しいんでしょ? 無理して会いに来なくてもいいのに」
五十嵐は仕事の合間を縫って、萌と会っていた。
「別に無理なんかしてないさ。それより、ここでよかったのか?」
「うん。ていうか、ここ以外に二人で会える場所って、中々ないでしょ?」
二人は萌の提案でカラオケボックスに来ていた。
「俺はホテルとかでもよかったんだけどな」
「ホテルって、ラブホテル?」
「違う! 普通のビジネスホテルだ!」
「なに、それ。自称日本一面白いタレントと名乗ってる割には、つまらない返しね」
「……今はまだ仕事モードに入ってないから、調子が出ていないだけだ。それより、百合子のことなんだけど」
「お母さんがどうかしたの?」
「俺が復縁したがっていることを匂わせてくれって、前に頼んだだろ? そのことで、何か言ってなかったか」
「ああ、あれね。ていうか、この前お父さんテレビで言ってたじゃん」
「あれは、本当は言うつもりじゃなかったんだ。たまたま百合子のことが話題になったからつい……」
「お母さん、それを観て復縁のことは冗談だと思ったみたいよ」
「マジで! ……やはり、余計なこと言わなきゃよかった」
「仕方ないよ。面白いことを言うのが、お父さんの仕事だもんね」
「そうなんだよ。面白いと思ったら、後先考えずつい口走っちゃうんだ。一種の職業病なんだろうな」
「お父さん、これからどうするつもり? もうお母さんとの復縁はあきらめるの?」
「いや。今すぐは無理みたいだから、少し時間を置いてチャレンジしてみるよ」
「そう。じゃあ、その時は冗談と思われないように、ちゃんと本気でやってね」
「もちろん。それより、せっかくここに来たんだから、何か歌わないか?」
「悪いけど、私はパス。歌いたかったら、お父さん一人で歌って。じゃあ私、そろそろ行くね」
「おい! ちょっと待てよ!」
五十嵐の呼ぶ声もむなしく、萌は振り返りもせず、さっさと部屋を出て行った。
「五十嵐さん、CMのオファーが来てるんですけど、もちろん受けますよね?」
雑誌のインタビューの仕事で事務所に訪れた五十嵐に、望が訊ねた。
「えっ! もうそんな話が来てるんですか? いやあ、順調過ぎて逆に怖いくらいですね。で、何のCMですか?」
「カップ麺です。商品のキャッチコピーが似ているということで、五十嵐さんに白羽の矢が立ったみたいです」
「どんなキャッチコピーなんですか?」
「『日本一美味しいカップ麺』だそうです」
「へえー。それはまた随分思い切ったキャッチコピーを付けたものですね。まあ、俺もあまり人のことは言えないけど」
「では、オファーを受ける方向でいいですね」
「もちろん。俺の力で、そのカップ麺を売上日本一にしてみせますよ。はははっ!」
初CMが決まったことで、五十嵐は浮かれに浮かれていた。
一週間後、五十嵐はCMの撮影をするため、都内のスタジオを訪れていた。
「初めまして。私、西洋水産社長の高橋と申します。この度は我が社の商品を宣伝していただけるということで、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。でも、私なんかで本当に大丈夫ですか?」
「もちろんです。この商品を宣伝できるのは、五十嵐さんしかいません」
「ありがとうございます。いやあ、それにしても『日本一美味しいカップ麺』だなんて、随分思い切ったキャッチコピーを付けたものですね」
「はははっ! 五十嵐さんも人のこと言えないじゃないですか」
「私の場合、自称が付いてますからね。言わば、自分で勝手に言ってるだけなんですよ」
「はははっ! 五十嵐さん、うまく逃げましたね」
「まあ元々、私が付けたものではないですしね」
社長への挨拶が終わると、五十嵐はディレクターの大田と打ち合わせをし、その後撮影に入った。
「それでは始めます。5秒前、4、3、2、1、スタート!」
「どーもー! 自称日本一面白いタレントこと五十嵐幸助でーす! で、こちらは日本一美味しいカップ麺こと『青いたぬきそば』でーす! この商品は僕と違ってキャッチコピーに自称が付いてません。つまり、それだけ味に自信があるということです。嘘だと思うなら、一度試してみてください。その時からあなたはきっと虜になります」
「カット! いいですよ、五十嵐さん。今の調子で、もう2、3回行きましょう。それでは始めます。5秒前──」
五十嵐はその後、3テイク撮影し、終了となった。
「五十嵐さん、お疲れ様でした。五十嵐さんのおかげで、いい宣伝になったと思います。本当にありがとうございました」
「こちらこそ、私なんかを起用していただき、誠にありがとうございました。この商品の売り上げが日本一になることを心から願ってます」
初めてのCM撮影が無事終了したことで、五十嵐はとても清々しい顔をしていた。
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