禁断の赤い果実 3/3

 ターゲット(以降 鈴木さん)はカウンターに座ると「生ビールと枝豆」を頼み、おしぼりで顔や首の周りを丹念に拭いていた。


 「アカバネ君。写真ヨロシクね」そう言い残してリンゴさんは、鈴木さんが座るカウンターの近くに、僕は鈴木さんが座るカウンター席のナナメ後ろに座った。


 「焼き鳥盛り合わせとビール」と注文するリンゴさん『焼き鳥盛り合わせ』は女性が一人で食べるには量多くないか、と思っていると案の定お皿に山盛りの焼き鳥が運ばれてきた。


 どうするのか見ていると「どうしよう沢山来ちゃった~」と独り言を大きめに言うリンゴさん。


 その後さりげなく鈴木さんの隣に移動し「あの~もし良かったら一緒に食べてもらえませんか?」とゴメンなさいのポーズで鈴木さんにたずねるリンゴさん。


 鈴木さんは最初まわりを見回しキョロキョロしていたが、リンゴさんが声を掛けたのが自分だと分かり、おずおずと「わ、私ですか?」と応えた。


 「はい、良かったら」


 「い、いいんですか?」嬉しそうな鈴木さん。


 「そのかわり~私の話し相手をしてもらえると……嬉しいんですけど」と小悪魔のように微笑むリンゴさん。


 「ええ、それはもう喜んで」


 パン工場のラインのような流れで、リンゴさんは鈴木さんの隣に座り、5分後には乾杯までしていた。


 何杯目かのビールを飲み終えたあとリンゴさんは「私、高校野球が好きなんですよ~」と言いだした。


「何を隠そう。私は元高校球児なんですよ」と食い気味に鈴木さんが応える。


 「え~本当ですか?素敵。野球の話し聞きたい、聞きたい」とはしゃぐりんごさん、そこから先は、鈴木さんが勝手に喋りはじめた。


 「高校3年の県大会準決勝で、2打席連続でヒットを打った事」


 「奥さんとの仲が冷え切っている事」


 「奥さんとセックスレスな事」


 「15歳になる娘さんが自分の事を嫌い。会話もほとんどない事」


 「家に居場所がなくて息が詰まる事」


 「家に帰りたくなくて一人居酒屋に来ている事」


 まるでダムが決壊したかのように語る鈴木さん。


 リンゴさんは優しく相槌を打ちながら「鈴木さん……淋しいの?」とたずねた。


 俯きながら「淋しいです」と罪を告白するように吐き出す鈴木さん。


 「私でよければ……いいよ」と鈴木さんの手を優しく握るリンゴさん。


 僕はドキドキしながら、ボールペン型のカメラで二人の写真を撮り続けた。


 鈴木さんは、リンゴさんの会計を一緒に済ませると、リンゴさんと二人で店を出た。


 リンゴさんは鈴木さんと腕を組む。


 二人はどこから見ても、恋人同士にしか見えなかった。


 少しして僕の携帯に、リンゴさんからショートメールが届いた。


 文面は『C』


 プラン『C』で決定した。


 リンゴさんとの事前打ち合わせで、プランABCが決めてあった。


 プラン A

 ターゲットが用心深く、時間がかかると判断した場合。その日は連絡先の交換に留め、相手からの連絡を待つ。


 プラン B

 ターゲットがやや用心深く、少し時間がかかると判断した場合。雰囲気の良いバーに店をかえて飲みなおす。


 プラン C

 ターゲットの篭絡完了。このままホテルに直行。


 一番下の格安プランで、鈴木さんは篭絡されてしまった……。


 …………


 僕はリンゴさんから教えてもらった。相手にバレない隠し撮りポイントに先回りし、一眼レフカメラを構えて二人が来るのを待った。


 しばらくすると二人の姿が目視で確認できた。僕はカメラのシャッターを切る。


 腕を組んだ二人は、躊躇する事なくホテルの中に入って行った。


 …………二人がホテルに入って2時間後。

 

 僕の携帯にリンゴさんからショートメールが届く。


 『そろそろ出るよ』その文面を読み緊張が走る。


 僕は一眼レフカメラを構え、ホテルの入り口を監視する。


 5分後。二人が出てきた。


 僕は無心でシャッターを切った。


 二人はホテルを出てすぐの所で、キスをはじめた。


 貪るような。舐るような。濃厚な大人のキス。激しく抱き合い何度も何度も唇を重ねていた。


 僕は自分の下半身が熱くなるのを感じながら、シャッターを切り続けた。


 …………


 その後。鈴木さんはリンゴさんに狂ってしまった。


 何度も何度も「会いたい」とリンゴさんの携帯にメールが届き。


 リンゴさんはわざと焦らしてから、返事を返した。


 焦らして。焦らして。ようやく会えた日には必ず濃密な夜を過ごし。その全てを僕はカメラのファインダー越しに見ていた。


 リンゴさんと会いだして3回目になる頃には「妻とは別れる」「娘はどうせ妻について行く」「私と結婚して欲しい」「ずっと私と一緒にいて欲しい」とりんごさんに縋りつくように言っていた。


 ……その会話の全てを、りんごさんは録音していた。


 …………


 依頼完了に必要な写真と録音したテープが揃い。


 僕とりんごさんは仕事完了の祝杯を二人であげた。


 店を出てりんごさんを車に乗せ、りんごさんの自宅マンションに向けて車を走らせる。


 マンションに到着し「今日はお疲れ様でした。明日もお昼頃迎えに来ます」とリンゴさんに伝えた。


 「アカバネ君。今日で仕事は全部おしまい。明日からはもう来なくていいよ」


 「そ……そうなんですね……淋しくなります」


 「アカバネ君のおかげで、いい写真が撮れたよありがとう」優しく微笑むリンゴさん。


 「こちらこそ、色々教えて頂きありがとうございます」


 「もう会う事もないと思うけど、元気でね」バイバイと手を振り、僕に背を向けるリンゴさん。


 「次の仕事も呼んで下さい」僕は声を張り上げた。


 振り返り「わたし同じ人とは、二度と仕事しない主義なの」突き放すような言い方をするリンゴさん。


 「……」


 「そんな顔しないの」りんごさんは、僕の頬に優しくキスをした。


 「この仕事に、深入りしない方がいい」僕の耳元で、リンゴさんが囁く。


 「リンゴさん……」


 「サヨナラ」


 そう言い残して、りんごさんはマンションの中に消えて行った。


 僕の心にずっと消えない切なさを残して……。

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禁断の赤い果実 アカバネ @akabane2030

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