第21話 守るべきもの




 謁見の間に取り残された青猪あおいは、床に片膝をついたまま、横で立ち竦んでいる馬綾まあやをぼんやりと見ていた。

 

 馬綾は、大きな瞳を見開き、両脇に下げた拳を硬く握りしめたまま微動だにしない。


 疲れた表情で部屋を去った獅子王ししおうが言い残した言葉を、何度も何度も反芻している。



「そのウサギを絞めて、奥の間へ連れて来い」



 三代に渡る王家とウサギの真実を語った後、飲み物でも頼む調子で獅子王は言った。


 予感していたとはいえ青猪はショックで言葉に詰まった。何か言い返さなくては、恩赦を請わなくてはと考える一方で、他の手立てが何一つ無いことは明白だった。


 再兎さとは、この西街に連れて来られた時からずっと『鬼』に食べさせることを目的に保護されてきたのだ。


 青猪は何も知らないまま、偽王に仕え、悪のウサギの餌を育ててきたということになる。



「お父様……、絞めるとはつまり、今ここで、この再兎を……わたくしたちが?」



 馬綾が恐る恐る確認した。



「そうだ。我が王家の再兎は日に日に力が弱まってきておる。それは即ち余の命も危ういということ。本日サライの大使を呼び寄せたのは当然、その再兎を食す日が来たからだ。サライの大使の役目は、ウサギを監護し、来たる日に献上すること。分かるな、朝猪あさいの息子よ」



 膝をつき再兎の手を握り締めたままの青猪を見下ろしながら、獅子王は有無を言わせぬ口調で断言した。


 青猪は怒りに燃える瞳を伏せ、ただ深々と頭を下げた。そしてそれきり上げなかった。


 憤怒と混乱と緊張、そして現実味の無さが彼の心をぎゅっと掴んで身動き一つとれなかった。


 代わりに馬綾がすっくと立ち上がり何か言いかけたが、獅子王は奥の間に居た時とはまるで違う青い顔をして、足早に部屋から出て行ってしまった。



「お待ちください、お父様……! お父様!」



 謁見の間の分厚い扉の向こうに、届くはずの無い声をそれでも叫びながら馬綾は茫然としていた。


 第一後継者の馬綾は、再兎を殺して『鬼』に食べさせることを知らされていた。それでも、それはすぐに切り捨てられる下男や或いは悪のウサギ自らが実行するものだと勝手に想像していた。


 まさか青猪自らがサライの大使として手をかけ、それを自分が見届けることになるとは思いもよらなかったのだ。



「青猪……わたくしは……こんな、こんなつもりでは無かったのです。貴方にこの様な仕打ちをするつもりでは無かったのです」



 震える声で馬綾は漸く青猪に振り向いた。今にも涙の溢れそうな大きな瞳はしかし、獅子王によく似ている。後ろ暗い所がありながらも、大義名分を振りかざし事を進める人間の顔だ。


 悲しそうな顔のまま、馬綾はハッキリと言った。



「貴方の心に深く傷を負わせることにつきましては一生をかけて償わせて頂きますわ……。それでも、この世の平穏なる未来と安寧の為に、御力をお借りできますわね」



 青猪は、尊敬していた幼馴染との惜別を、心の中でひっそりと噛み締めた。



「僕は、再兎を殺せない」 



「お気持ちは分かりますわ。けれど再来のウサギは最高機密。王家でも何人かしか知る者は居りません。代わりの者にやらせたくても誰も適任者が居りませんのよ」



 懇願する悲痛な表情は、泣かせる演技だ。否、演技では無く心底青猪に同情しているのかもしれない。それでも馬綾にとって再兎は王家存続の道具でしかない。


 ウサギは人ではないのだ。人の命ではないのだ。


 青猪は寂しい気持ちを胸いっぱいに湛え、首を横に振った。



「何故そこまでして王位を守りたいんだ。真の王という誇りを失ってまで何を守れる。王が、苦しむ民を見ずにどんな景色を見られるというんだ。陛下が偽王だと分かった以上、王家存続はむしろこの世の不幸にしか繋がらない。」



 そして腰元の再兎を見た。再兎は青猪をじっと見上げていた。信頼と不安とを半分ずつ持ち合わせた表情で、固唾を飲んで見つめていた。



「この子は道具じゃない。生きてるんだよ、馬綾。こんな幼い少女の命を犠牲にしてしか成り立たない王権なんて間違ってる」



「少女……? 今そう仰いましたの? その異形を、そんな風に捉えてらっしゃるの?」



 馬綾は目を細め、見たことも無い顔で小さく、汚らわしい、と呟いた。吐き捨てる様な言い方だった。



「やはり、ウサギは人を惑わす者! 青猪はそのウサギに匂引かされているのですわ! お父様と同じ様に、ウサギの呪いに取り憑かれているのです!」



 青猪の前に立ちはだかり、そう叫んで、馬綾は再兎と青猪の繋がれた手をバッと叩き払った。


 そして、再兎の小さな手を掴み、引っ張り上げて無理矢理起立させた。



「いたい!」



「馬綾!」



 思わず声を上げた再兎を庇い、青猪が立ち上がって馬綾の手を解こうとするが、驚くほど強い力で再兎の手首を掴んでいる。先ほどまで諦観の様相だった馬綾は、今や取り乱し感情的になっていた。



「こんな者が居るからいけないのですわ! ウサギなんて者が居なければ、お父様は、お父様は本当に立派な王であらせられましたのに!」



 馬綾は再兎を引きずりながら叫んだ。美しい黒髪の頭を大きく振って、駄々を捏ねる子供の様だった。再兎の両手首を忌々しそうに束ねて持ち、扉に向かって力ずくで歩かせる。


 それを青猪は纏わりつくように必死で追った。



「あおいちゃん、助けて!」



「馬綾、再兎を離してくれ! その子は何にも関係無いんだ! 哀しいけど、僕たちが生まれるずっと前から、君のお父上は悪のウサギの力を借りた偽王だったんだよ!」



「無礼者!」



 馬綾が偽王という言葉に激昂して振り向いた隙を突いて、青猪は再兎の腹に抱き付き、馬綾から捥ぎ取ろうとした。


 衝撃で再兎の首に巻かれたファーが床に落ち、長い耳が露わになる。馬綾は再兎の手首を離さずにもっと強い力で捻り上げた。



「いたい! やめて! 離して!」



 再兎の声に驚いて青猪は思わず手を引っ込める。


 六年間、痛い思いも苦しい思いもさせなかった。優しく真綿でくるむ様にして守ってきた。


 こんな仕打ちを受けさせる為に大切に育ててきたわけじゃない。憤りと強い怒りで頭が一杯になる。


 かつて自分に貴族としての誇りと生きる意味を示してくれた敬愛する姫君が、偽りの王権だと分かっていながらそれにしがみ付く姿なんて見たくなかった。馬綾をこんな風に変えた全ての物事が憎かった。



「君は、変わってしまった」



「そう。わたくしは変わりましたの。でも青猪は、何も変わってませんわね」



 馬綾は苦しそうな歪んだ顔で青猪を睨みつけた。



「豊かな暮らしを享受しながら貴族を否定し、民の血税で設えたベッドで誰もが平等である夢を見ている。貴方は理想ばかり口にして、自分が恵まれていることも受け入れず、与えられた役目を意志も大義も無く流されるままにやっている。貴方は、平民だったお母様の様な悔しい思いをする方を減らす為に貴族を続けると言いましたわね。それはその後、何か実を結びまして? お父様や朝猪様のやり方に不平を並べながらも言いなりになって頭では何も考えなかった。そうでしょう?」



 堰を切った様に青猪を責め立てる。その勢いに押され、青猪は口を挟むことが出来なかった。



「わたくしは違いますわ。わたくしは、世継ぎになる為に必死で学びましたわ。政治のこと、民の暮らしのこと、財政のこと、どこの誰からどれだけのお金を受け取っているのかを把握し、人々に順列を付けましたわ。他の側室の子息たちに怪我をさせたり、お茶に毒を入れさせたことだってあるんですのよ。わたくしは、変わりましたの。変わりたくて、自分で望んで、変わりましたの! 王になるために、出来ることを全てやってきましたわ! この六年! 王宮から離れてのんびり暮らしていた貴方とは違う!」



 叫び終わってから馬綾は固く目を瞑り眉を寄せて苦しそうに首を振った。自分の言葉で自分を蔑んでいた。


 自分のした恐ろしい事を、卑しい事を、思い出して恐怖に怯えていた。後悔に苛まれていた。


 それでも馬綾は再兎の手を離さなかった。



「わたくしは、お祖父様、曾お祖父様がそうされてきた様に、お父様から王位を譲られる日まで、この西街の王権を守り続けます。そしてわたくしが王になった暁には民の暮らしを豊かにし、貧しさと不平等から解放することを約束いたしますわ。その為に、この再兎はどうしても必要なんですの」



「陛下はこの先もずっと王で在り続けると仰ってたじゃないか。君に王位を譲る気なんてあるとは思えない。ウサギと共に在り続ける限り命が無限に続くのだとしたら、先に君の寿命が尽きてしまう」



 これ以上興奮させない様に、青猪は静かに諭した。手首を掴まれたまま身体だけ青猪の方を向け、再兎は必死で抵抗を続けている。すぐにでも抱き締めて安心させてあげたいのに目の前に居ながら何も出来ない自分が歯痒い。



「そんなことはありませんわ!」



 馬綾は再び激昂した。



「わたくしは大勢の子女の中で唯一お父様から後継者として認められましたのよ。政治に関わることを許されたのも長い歴史の中でわたくし一人。あの奥の間の存在を知らされているのも、わたくしだけ。あと数年してわたくしが成熟した大人になりましたら必ず王位は継承されます。わたくしは四代目獅子王となるのです!」



 青猪の思惑とは裏腹に、益々興奮しムキになって言い返す馬綾の、その必死さが、どこか哀愁を帯びて切なかった。



「違うよ。新たな王を新たなウサギが選ぶ時が来たんだ。君が王とならずとも、いやむしろ偽王を継承した先に平和なんか存在しない」



 馬綾の顔から感情が消えた。先ほどまでの怒りと興奮と後悔と悲哀が全て消えた。能面の様な真っ青な顔になった。




 コンコン、と強めのノックの後、返事を待たずに扉が開かれた。頭を下げた侍女が、息せき切って捲し立てる。



「恐れながら殿下、現在、夜府座よふざに武装した社会運動団体『くじら』が直談判に来ております。対話の為に陛下は夜府座へ下りられました。すぐにでもウサギを絞め、夜府座へお持ちする様にとの仰せです」



 馬綾は侍女に向き直り



「サライの大使はウサギの妖力に匂引かされ、陛下の命に背いております。わたくしが夜府座へ直接持ち込みますわ」



 と静かに告げた。



「しかし、陛下は再兎様にすぐにでも召し上がって頂きたいとのことでしたが」



「構いません。生きたまま裸に剥き、食させれば良いのです」



 そしてゾッとするほど冷たい目で青猪を一瞥した。



「わたくしは十毛朱ともみを殺しております。王になるために守られた命なのですわ。王になれなければ、十毛朱の死に、乳母としての生に、誰が意味をもたらすのです」



 それだけ言って、再兎の両手首を引きずり、駆け足で謁見の間を出ていく。その言葉に衝撃を受けながらも、青猪は必死で制止の言葉を掛けながら後を追いかけた。



「馬綾! お願いだから! 待ってくれ、やめてくれ!」



「いやだ! 怖い! 食べられたくないよ! あおいちゃん!」



 再兎が泣き叫びながら赤絨毯の上を否応なしに走らされるのを見て胸が張り裂けそうになる。


 最早吹っ切れた様子の馬綾は、王宮から続く夜府座の扉を思い切りよく開け放った。



***





 眩く煌めくシャンデリアの光に目をしかめながら夜府座へ下りると、そこには阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。


 目の前にうずくまって何かを叫んでいる獅子王の背中、そして獅子王に額を押さえられ横臥する『鬼』の辺り一面は血溜まりになっている。


 奥には『鯨』の大漁旗と、叫び声を上げながら散り散りに逃げまどう少数の魚種、多数の獣種の貴族たち。


 そして、荒らされたホールの中央に、十年前と同じく銃を構えた獣種の大集団が立ち並んでいた。



「『木天蓼マタタビ』? どうして……」



 馬綾の怯んだ声を聞きつけ、獅子王が振り向いた。大きな目が落ち窪み、頬が痩けて七十代ほどの外見に変化していた。



「何を愚図愚図しておるのだ! 早くウサギを!」



 怒鳴り声は民衆の叫び声で掻き消されたが、その相貌に息を飲んだ馬綾は素早く再兎を引きずり駆け寄ろうとする。


 その瞬間、『木天蓼』の一人が天井に向けて一発威嚇射撃をした。空砲はシャンデリアを揺らすに留まったが、夜府座を静まり返らせるのには十分だった。



「再来のウサギが居たからといって真の王の証というわけじゃ無い。そうだよなあ! 獅子王よ!」



 集団の先頭に立ち正面から獅子王と対峙する若者が叫んだ。


 着古してボロボロになった王宮騎士団の軍用コートにオニキスのピアス。あの夜の若者に間違いなかった。



「我が『木天蓼』の教祖・東狐とうこは、お前たち王侯貴族が西街から追放した占術師の子孫だ。どういう意味か分かるな?」



「黙れ! 賊の戯言に付き合う暇は無い!」

 


 未だ微かに息のある『鬼』の額を必死で止血しながら、獅子王は顔をチラリとも夜府座に向けなかった。


 近くに居る馬綾や青猪だけではない、夜府座に居る誰もが、みるみる衰え老いて萎んでいく獅子王の姿を目の当りにしていた。



「皆よく聞け! 三百八年前! ウサギに選ばれた真の王は、殺された! そこに居るは偽王! 民を苦しめ私腹を肥やし人の領域を超えてまで生き永らえる卑しき者よ!」 



 若者が絶叫した後、『木天蓼』は銃を振りかざし雄叫びを上げた。貴族たちは絶句し、『鯨』も呆然と様子を窺うばかりだ。若者は続けた。



「我らが仕留めたそこのウサギは悪のウサギ。闇より出でし悪の力は今! 我ら『木天蓼』によって葬られた!」



「葬られてなどおらぬわ!」



 舞台上の獅子王が怒号を上げた。



「再兎、再兎よ、気をしっかりと持て。今ウサギの血肉を――」



「こ、じ、し」



 『鬼』が吐き出す様に絞り出した掠れ声が夜府座に落ちる。額を撃ち抜かれてなお絶命に至っていないことで、『木天蓼』に動揺が走った。


 先頭の若者だけが身動ぎせず静観している。



「わ、ら、わ、を、こ、ろ、し、に、さ、か、な、が、き、た」



 殆ど動かない唇の隙間から、吐く息と共に一音ずつ恨み言が零れ落ちた。獅子王は血眼で頭を振り、止まらない『鬼』の額の血を圧迫し続ける。



「主を殺しに来たのは獣種の不届き者共だ。魚種ではない。安心せよ」



 徐々に筋肉が落ち、羽織ったマントがずり落ちていく獅子王の背中を見て、馬綾が掴み上げた再兎をもう一度引き摺ろうとしたが、ぐんっと後ろに引かれ、全く動かない。


 後ろを振り返ると青猪が再兎の腹にしがみ付いている。



「青猪! どきなさい!」



「嫌だ!」



 青猪は腹の底から大声を出して抵抗した。耳の良い再兎が思わず身震いするほどの声量だった。



「再兎は食べさせない! 絶対に渡さない!」



 青猪の叫びを聞き、夜府座が再びざわめき出した。貴族たちが何時間か前に目にした青猪と再兎の姿を思い出し、悲鳴を上げる。


 『木天蓼』の若者が再び声を上げる。



「よく見ろ! 舞台の上に子供のウサギが居るぞ! 目と髪は黒いが、あの長い耳は確かにウサギだ! あいつも殺せ! 獅子王が匿っていたとなればあいつも悪のウサギだ!」



 『木天蓼』の集団が雄叫びを上げ舞台に押し寄せてくるのを、見下ろしながら、馬綾は狂った様に再兎の手首を引っ張り続けた。



「いたいよおっ! もう離してよおっ!」



 再兎が痛みで涙を流すと、その弾みで双眸に嵌めた黒いコンタクトレンズがずれた。隙間から燃える様な赤い瞳が馬綾を射抜く。



「早く来なさい! お前はこの為に今まで生かされてきたんですのよ! この為にこの世に産まれてきたんですのよ!」



 その瞳に怯みながらも、馬綾は獅子王と再兎を交互に見比べながら、何度も何度も引っ張った。青猪が渾身の力で体重をかけても勝つことが出来ないほどに必死で引いた。



「青猪! お父様が! お父様が死んでしまう! お父様を殺さないで! お願い!」



 馬綾が叫ぶのと『木天蓼』の一軍が舞台に上がり出したのが同時だった。


 その瞬間、それまでずっと傍らで静観していたPが馬綾に走り寄り、強い力で再兎から剥ぎ取る。


 反動で後ろに倒れ込んだ再兎を青猪は身体で受け止め、しっかりと抱きしめた。



「P! この無礼者! 離しなさい!」



 馬綾が力いっぱい暴れるのを羽交い絞めにして押さえ、Pは夜府座と王宮を繋ぐ扉まで上がった。そして青猪に向かって叫んだ。



「早く行け!」



 再兎を抱え、弾かれた様に舞台から飛び降りる瞬間、足元に横たわった『鬼』のうわ言が微かに耳に届いた。



「こ、ろ、せ、さ、か、な、を」



「再兎! 逝くな! 余はまだ死にたくない!」



 最早枯れ木の様に痩せ細った皺皺の獅子王が、懇願する。豊かだった黒髪は殆どが抜け落ち、みすぼらしく残った白髪の毛束が『鬼』の髪に落ちて混ざった。



「お、う、ら、み、も、う、す、わ、が、お、う、よ」



 最後の一息を吐き、『鬼』は絶命した。


 青猪は背後で獅子王が息絶えるのを見届けるより前に群衆に紛れて『木天蓼』を潜り抜け、夜府座の外へ飛び出した。



「追え! あの獣種の貴族が悪のウサギと契約を結んだら、再びこの世は闇に落ちるぞ!」



 最初に声を上げたのは、『鯨』の鱒翁だった。


 逃げる青猪の後ろ姿に気付き、ホールの後ろから自分の所に集まって来ていた若い四人組に怒鳴った。


 情報量の多さに混乱していた慎牛、鱚丞、鮒未、そして緋鰤は、鱒翁の発破で正気に戻ると



「はいっ!」



 と大きく返事をして、ゲバ棒を引っ掴み、駆け出して行く。



「Pの野郎、どういうつもりだ」



舌打ちしながら『木天蓼』の若者も舞台上の仲間に呼びかける。




「いいか、『鯨』なんかに渡すなよ! そいつらだって偽王でもいいからこの世を支配したいと思ってるんだ! 悪のウサギは神に対する冒涜! 東狐に誓って必ず殺して来い!」 



 怒号を背中で聞きながら、夜府座の目の前に停車している早帰りの客の為のハイヤーに飛び込み、青猪と再兎はそこから逃げ出した。


 ガタガタと震えてしがみ付く再兎を強く強く抱き締め、青猪もまた震えながら、慌てて馬車馬を鞭打つ御者に



「『木天蓼』の本部へ向かってください」



 と告げた。







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