第20話 未来の為の反旗




 煌びやかな夜府座のホールに似つかわしくない大漁旗が立てかけられている。いつも鱒翁ますおうの漁船に掲げられているものだ。


 真っ青の波しぶきに朱色の太陽が染め抜かれ、飛び跳ねる魚たちと力強い大漁の文字が描かれている。


 芸術文化の廃れた北街で唯一この大漁旗を描く職人だけは大勢存在している。


 大漁旗と社交場解禁夜に家々に掲げられる鯉幟は、北街の人々に残された数少ない縁起物である。


 この作戦が上手くいく様に願を掛け、鱒翁は大漁旗を担いできたのだった。


くじら』の面々は、昼間の内にこっそりと西街へ入り、獣種である美鹿みろくの家で待機していた。


 その数総勢三十名。社交場解禁夜の王都夜府座へ乗り込むとあって平和主義者の団体員は不参加の者も多く、鱒翁たちも強要はしなかった為、実行部隊は殆どが『鯨』の幹部、それに少数の血気盛んな若者だけで構成された。


 王都へ武装して乗り込むということは、犯罪者になるということだ。不敬罪で捕まり、リーダー格の者は死刑になる可能性もある。



「ワシは、魚種差別撤廃協議会『鯨』の代表・鱒翁だ! 獅子王ししおうが話し合いに応じるまで、ここは『鯨』の制圧下に置かれる! 反抗する者には容赦なく粛清の鉄槌が下るぞ!」 



 鱒翁は大声でそう宣言し、夜府座の門をこじ開けた。続いて『鯨』の力自慢の漁師たちが受付の老紳士と女性を羽交い絞めする形で盾にした。


 鱒翁は、美鹿の名前を挙げさせなかった。西街で教師をしている美鹿はこの闘いで仕事も住まいも失う。


 代表の一人として名前を挙げても一向に構わない覚悟で参加したのだが、鱒翁はせめて死刑にならない様にと美鹿を守っているつもりだった。


 自分たちが差別されているにも関わらず、本来ならば袈裟まで憎いであろう獣種の美鹿にそこまで優しくできる心の美しさが鱒翁にはあった。


 夜府座は、夜九時を過ぎるとほぼ全ての客が到着し終え、出入り口は人目が少なくなる。


 王宮騎士団は一度夜府座の警備を解き、不審者が居ないか王宮の周りを警邏しに行く。受付の二人さえ拘束してしまえば問題なく夜府座へ侵入できる。

 

 これらは全て、『鯨』の数少ない協力者の一人、Pからの情報だ。

 

 Pは『鯨』の団体員ではなく、宗教組織『木天蓼マタタビ』の信徒である。教祖・東狐の布教活動の一環で『鯨』の事務所へ通いだしたのが事の発端だった。


 東狐は、獣種だけではなく鳥種や魚種と和平を結び、一致団結して獅子王を孤立させようとする思想に基づき活動している。


 王権があれども民が誰一人税金を払わず、新たな自治権をもって三つの街を実効支配すれば、事実上獅子王は発言力・統治力を失った裸の王となる。


 王宮騎士団や上流貴族の反発は大いに想定出来るが、三街を合わせた民の数の方が遥かに多い。


 一人一人の民がバラバラに反抗するのではなく、力を合わせて皆で同じ方向を向くことが重要なのだと『鯨』の幹部たちに熱弁したのは五年ほど前のことだ。



「南街の『制空会せいくうかい』は鳥種至上主義なので今はまだ取りつく島もありませんが、あなた方『鯨』は、獣種でも志を同じくする者ならば受け入れていると聞きます。私たち『木天蓼』も『鯨』と志を同じくしたいのです。魚種の差別撤廃に加え、三街の統一、獅子王からの統治権剥奪を共に目指しませんか」



 Pは何度も『鯨』へ通い、鱒翁に訴えた。


 鱒翁は、若いながらも気概のあるPの事自体は気に入っていたが、絶対数が違う『木天蓼』の傘下へ入る形で『鯨』の理想が歪められることを嫌がった。



「まず、ワシらの目的を果たさんことには、良い返事は出来ん。お前さんらの理想はデカ過ぎて、今の『鯨』にはそこまでの桃源郷は描けんよ」



「そうですか……では、まずは『木天蓼』から『鯨』の協力をさせてもらいます」



 結論を受け取った日、Pは暫くの沈黙の後、何度も頷き、そう答えた。



「私は、私たち『木天蓼』は、本気で世の中を変えたいと思っています。しかしそれは言葉ではなく行動でお伝えしなくてはなりませんね」



 それからPはぱったりと『鯨』へ来なくなった。


 当時王宮庭師見習いだったPは、その後王宮から出た亜栗鼠の穴を埋める形で第一後継者馬綾の側仕えとなった。

 

 そして収集できる情報の質が格段に上がったことを犬遊ら『木天蓼』上層部に認められ、『木天蓼』での立場も一信徒から幹部へと昇格した。


 自分の力を蓄えたPは、一年ほど前から再び『鯨』と密に連絡を取り合うようになり、今回の『木天蓼』のテロに便乗することを提案してきたのだった。


 『鯨』の計画は実にシンプルなものだ。夜府座のホールに貴族たちを留まらせ人質に取る。獅子王が貴族を助ける為にこちらの条件を飲めば解放する。


 条件というのは、現在も根強く残る差別から魚種を守るための法案を設立せよというものである。


 およそ八十年前に発布された差別撤廃宣言は、人の心の中に蔓延る差別意識を放置していた。


 魚種が差別されず西街や南街へ行き、交流し、学び、対等に付き合えるようになるにはまだ時間はかかる。


 しかし、西街や南街から高等教育の教師や文化人、芸術家を呼び寄せれば、北街から出ずとも文化を発展させ教育をもたらすことは出来る。それをやりたがる人間は今まで殆ど居なかったが、それを法整備し義務化してもらうことが差別撤廃の第一歩に繋がる。

 

 これは美鹿が『鯨』の会議で提案したことだ。



「北街から出ることで魚種が差別を受けることについては、残念ながら法律では守れない人の心の問題になります。しかし、西街や南街から大勢の人間を招き入れ、魚種を知って貰い、友人になることで、誰も傷つくことなく差別意識を無くしていくことは可能なはずです。そして教育と文化の水準が西街にも南街にも劣らなくなれば、見下される理由も無くなります」



 美鹿は、どうやって獅子王を痛めつけ玉座から引きずり下ろそうかと画策する他の『鯨』の面々を諫める様に熱弁した。



「この街は今、諦めと閉鎖的な心で凝り固まっています。もうこれ以上傷つきたくない、だから何も求めないという、差別される者の精神で満ち溢れているのです。その心のままではいつまでたっても差別され続けます。何故なら、魚種の人々自身が、差別される人間の心構えを貫いてしまうからです。傷つかない様に、この街のやり方でいいのです。それでも、異種を迎え入れ、異種の持っているものを全て吸収し、対等な関係を築き上げていこうではありませんか。その法令を獅子王に宣言させるのです」



 美鹿の案はすぐに受け入れられた訳ではなかった。


 年を重ねれば重ねるほど臆病になり、恨みは深く、復讐心に支配されている。老い先の長くない者たちは未来の輝きよりも過去の恨みを晴らすことの方に重きを置いていた。


 それでも緋鰤ひぶりたち若い層が説得し続け、少しずつ時間をかけて最終的に満場一致の可決を取った。

 

 この作戦を『木天蓼』襲撃の混乱に乗じて決行すれば、王宮騎士団が戻ってきても攻撃力の強い『木天蓼』と攻防し合っている間に時間の猶予が生まれる。


 獅子王に交渉する時間さえ稼げれば、自分の支持者である貴族たちの前で、獅子王が条件を飲む確率は高いと『鯨』は踏んでいた。



***





「来るかな……獅子王は」

 


獣種の若い男性会員、慎牛しんごは受付の二人を後ろ手で縛り、呟いた。



「誰かの為に表舞台に出てくる様なタマじゃない。だが、Pが説得に行くと言っていたからな。もしかしたら口車に乗せられてノコノコ顔を出すかもしれないぜ」



 隣で嫌味たっぷりに返事をしたのは同じく若い魚種の青年、鱚丞きすけだ。


 貴族たちはホールの左右に寄せられ、ドレスや燕尾服の裾を踏み合いながら床に座らされている。


 目的は獅子王に法令を作らせることだと分かってはいても、獣種の上流貴族たちの背中を突くゲバ棒には力が籠り、命令する口調は口汚くなった。



「ともかく、私たちは待つしかないわ。もし獅子王が出てこなければ、このままの状態で籠城するしかないし、出てきても獅子王が条件を飲まなければ、獅子王を人質にとって籠城する。どちらにせよ、根競べになるわね」



「そして、いざという時は……もう覚悟できてる」



 魚種の若い女性会員、鮒未ふみと緋鰤が傍らで頷き合った。


 彼らは皆二十歳だ。『鯨』には二十歳になった者しか入会資格が無く、それを待ちわびて入ってきた強い信念を持った若者たちだ。


 同級生ということもあり、四人とも仲が良い。魚種の三人は一度も、慎牛に対して種族の違いを突きつける様な差別をしたことはない。


 慎牛もまた、散るときは同じと心に決めていた。



「オイ、金が欲しいんならやるから、こんなことはやめてさっさと北街へ帰れ」



 床に座らされ苛立った表情の夜府座の客が声を掛けてきた。



「そうよ。親御さん心配してらっしゃるわよ? 特に貴方なんか、獣種に産まれたのにこんなことをしてしまって……。種族によって相応しい生き方や暮らし方の違いがあるのよ。よその街へ来て文句を言う前に自分たちで出来ることをまずやってみなければいけないわ」



「若いうちは反体制的な考えを持ちやすいけど、自分が未熟なことを陛下の所為にしてはいけないよ。もっとよく学びなさい」



 美しいドレスに色とりどりの宝石を身に着けた女性と、その夫らしき男も叫ぶ様に訴えかけてくる。


 左右に分けられた貴族の塊の、出入り口から一番近い場所がこの若者四人の見張り担当場所だ。


 ここから動くことの出来ない彼らは、この侮蔑的な呼びかけを暫く無視し続けなければならなかった。


 言い返したいことは山ほどあった。偏見を止めてもっと想像力を持って欲しかった。


 けれども、彼らは沈黙を選んだ。


 言葉による訴えは何十年も続けてきた。それでも何も変わらなかったからこうして武装してここへ来た。


 この苦しみが、悲惨さが、最早言葉だけでは絶対に伝わらないことを、彼らは身を以て理解しているのだ。

 

 受付係の初老の男性が視線を上げ、驚いた様に目を見開いた。慎牛がその視線の先を見遣ると、夜府座の舞台の奥にある螺旋階段の上、王宮から繋がる扉が開いた。銀縁眼鏡の獣種の男が静かに降りて来る。



「王太女殿下執事のPと申します。『鯨』の方々。陛下はそちらの要望に応え、直接の対話を持つことを許可されました。どうか武器を捨て、夜府座のお客人を解放してください」



 Pの声が響き渡り、夜府座はシンと静まり返った。『鯨』の面々の視線は、ホールの奥に立てかけられた大漁旗と共に立つ鱒翁と美鹿へ注がれた。



「武器は捨てん。客も解放せん。皆の前で、獅子王に宣言してもらわなければならんからな」



 鱒翁はゆっくりとPに向き合い、声を張った。



「そっちに命令する権利は無い。今ここを制圧しているのは我々『鯨』だ。我々のルールでやってもらおう」



 Pと鱒翁の視線が絡み合う。Pは、それでいいと目で肯定していた。


 馬綾付きになってからというものPは多忙になり『鯨』の事務所へは全く来られなくなっていた。暗号化した通信のみのやり取りしか無くなった為、今年入ったばかりの慎牛ら若者たちはPの姿を初めて目にした。



「あれが……」



 緋鰤は小さく呟きかけ、それ以上の言葉を噤んだ。


 Pは『木天蓼』の人間だがそれを隠して王宮で働いている。それだけでも危険なのに『鯨』の協力者でもあるとなると、死刑は免れないだろう。


 近くに上流貴族が居ることもあり、自分たちはPに敵対していると装わなければならない。



「ではせめて、武装解除だけでもお願いします。陛下に万が一のことがあってはなりませんので」



「くどい。今まで我々の訴えを無視し続けてきた人間を信用することは出来ない」



 Pは鱒翁ともう一度芝居じみたやり取りをして、諦めた様に階段上の扉の向こうへ戻った。扉の奥で二言三言交わす声が聞こえ、再び開かれた。


 先頭にPが立ち、続いて獅子王の姿が現れた。黒々とした豊かな蓬髪を肩まで伸ばし、金糸の肩当てと赤いベルベットの重厚なマントを羽織った姿は、まさに王者の風格である。


 寄せられた眉根の下の大きな瞳は鋭い眼光を放ち、圧倒的な存在感でその場に居る全員を震え上がらせた。



「この世を統べる三街の王に指図するとは、大した度胸だな。『鯨』はもっと品位ある理性的な団体だと思っていたが、この様な物騒な騒ぎを起こすとは」



 獅子王は怒りを隠そうともせず、苛立った様子で舞台上からホールを見回した。


 両脇に寄せられた貴族たち、それをパイプやゲバ棒で制する魚種の人間たち、荒らされたホールに散乱し踏みつけられた食べ物や零れたワイン、転がった多くの楽器、カジノのカードや賽。それら一つ一つが獅子王の肚の底に得も言われぬ怒りを生み出した。


 獅子王もまた、かつて多くの子息の中から世継ぎの座を勝ち取った小さな王子だった。


 その為、どんな人間でも、自分を否定するもの、自分を拒否するもの、自分を滅そうとするものが幼い頃からどうしても許容できない。


 虫けらの様に踏みつぶして再起不能にして追放しなければ安心して夜も眠れなかった。


 身内であろうが自分の信頼に足る者でなければ容赦なく切り捨ててきた王だ。ましてや魚種の、民間の団体に、何一つ感情を動かされることはない。



「さあ『鯨』よ。余を呼び立ててまで訴えたいこととやらを申してみよ。不敬罪で全員吊るし首にする前に聞いてやろうではないか」



 覚悟していたとはいえ、王の口から直々に死刑宣告され、『鯨』の面々は絶望し心の隅で泣いた。


 しかし、美鹿は身動ぎもせず教師らしいよく通る声で訴えた。



「我ら『鯨』は北街の魚種の被差別を改善して頂きたいだけです! 魚種の民は今、文化も教育も芸術も奪われた街で、貧しさと惨めさを受け入れることが当然の生活を強いられております! 八十年前の差別撤廃宣言は関税を軽くしただけで、民の尊厳は損なわれ続けております! どうか! 北街に西南の文化人を派遣し、北街の精神的復興を支える法令を発布して頂きたい!」



 美鹿に続いて、鱒翁も震える手を握りしめ、獅子王に向かって叫ぶ。



「この夜府座一晩の食べ物や賭け事の金があれば、ワシら北街の民は一か月生活できる! 貧富の差を妬んでるんじゃない! 北街も! 我々魚種も! 正当な権利さえあれば、文化も、経済も、向上心も、もっと生まれるはずなんだ! 正当な権利が欲しいだけなんだ! 魚種の若者の未来にも、こんな豊かな世界を創れるという希望を! 希望を持つという心を! 与えてやりたいだけなんだ!」



 絶望していたホール中の『鯨』が、鱒翁に呼応する様に雄叫びを上げて拳を振りかざした。


 ウオオオオという怒号が夜府座に木霊し、先ほどまで踏ん反り返っていた貴族たちは怯えて縮こまった。



「そうだ! 俺たちにも権利を!」



「何の為の王だ!」



「何故北街ばかりが割りを食わなきゃならないんだ!」



 荒波の様な激しい怒りが舞台上の獅子王にぶつけられた。獅子王は一層不機嫌そうに眉間の皺を深くしたが、ホールが静まるのを仁王立ちで待つしかなくなった。


 Pは後退り、王宮から繋がる扉を再びそっと開けた。



「おお、おお、魚種サカナ共が汚い息を吐きながら騒いでおるのう」

 


 その扉からスルリと舞い出てゆっくりと階段を下りてくる長身の女の声は誰の耳にも届かなかった。


 但し、その異形の姿は誰の目にも留まり、潮が引くように怒号は鳴り止んだ。



「子獅子よ、何をもたもたしておるのだ。早う魚種(サカナ)に引導を渡してやれ」



 その女、白い髪に赤い瞳、長い耳を垂らした異形の姿。


 北街ではおとぎ話としてしか扱われてこなかった再来のウサギの姿だ。



「なっ、なんだ……あの女は。何の種族なんだ? 何故獅子王がわざわざあんな……」



 高等教育はおろか貧しさから学校へも殆ど行く余裕の無かった鱒翁が、驚いて言葉を飲んだ。


 鱒翁は、魚種の見た目が醜いから獣種から差別されてきたのだと何処かで信じ込んできた。しかし今目の前に立つ女は、魚種よりもずっと獣種の特徴からかけ離れた外見を持っている。


 あれが許されるのだとしたら、魚種は何故。そんな愕然とした気持ちに支配された。



「あれは……神が王に遣わすという再来のウサギでしょう。しかしまさか本当に王家に実在していたとは……」



 隣で美鹿が青ざめながら説明した。再来のウサギが王家に居るとなれば、獅子王は神に選ばれし真の王ということになる。『鯨』が神の意志に楯突いたことを意味しているのだ。



「ウサギだ……! 再来のウサギだ!」



「やはり獅子王陛下は真の王であらせられたのだ!」



「万歳! 獅子王陛下万歳!」



 驚愕の後に今度は上流貴族たちの大歓声と万来の拍手が夜府座を満たした。


 先ほどの『鯨』優位の雰囲気が嘘の様に拭われ、強者が作り出すこれが正義だと言わんばかりの圧力に、魚種たちは脈々と受け継がれてきた劣等感を刺激され苦しくなった。



「どういうことだよ……可笑しいじゃないか……獅子王が真の王? こんなに人を苦しめる王が、ウサギに選ばれた存在だっていうのか」



 ホールの後方で遠巻きに壇上を眺めていた慎牛が半ば崩れ落ちる様にして膝をついた。ゲバ棒を床に叩きつけ、獣種としての証である自分の黒い頭髪を掴んでがむしゃらに毟った。


 神がこれを正義だというのなら、苦しむ人々は何処へ向かえばいいのだと、悔しくて涙が零れ落ちた。



「再兎よ、こちらへ」



 舞台の中央に立っている獅子王が、『鬼』を自分の傍らへ呼び寄せる。


 ウサギが表舞台へ出ることに直前まで否定的だった獅子王は、しかし再来のウサギの姿を民に見せることでこれほどの支持を得られるのであればと、考えを変えた。


 戦意喪失したらしい『鯨』を見下し、上機嫌で恭しく『鬼』を招いた。






「標的、射程位置に入りました」



 大歓声の中、Pが袖口を口に当て、小さな声で呟いた。


 次の瞬間、チュンッという鋭い音と共に、獅子王に変わって舞台の中央へ出た『鬼』の額から鮮血が噴き出した。


 誰もが括目し、言葉を失った。


 再び沈黙した夜府座に、女の倒れる音だけがやけに軽薄に、響いた。

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