最終話 蘇る神話


「凄いなぁ、あの朽ちかけていた神殿がまるで見違えたよ」


 光り輝く大神殿の神々しさにアベルは感嘆の声を漏らした。本当にここはあの想い出の廃墟なのかと疑いたくなるほどの変容である。


「うん、夢で見た通りだわ」

「もう疑う余地はないね」


 こんな神秘的な現象を見せられれば研究者のアベルもリーナの夢の話を全面的に信じる他はない。


「これで月面世界ミナスが救われる……リーナのおかげだね」


 自分の恋人は凄い救世主だとアベルは感心した。


「違うわアベル、これはアベルのおかげなの」

「俺の?」


 意味が分からずアベルは首を傾げた。祈りを捧げたのはリーナで、その想いで女神が生まれた。そこに自分が入る余地はない。


「だって、アベルが私に神様を教えてくれたのよ」

「でもそれは……」


 アベルはただ神話を語ったに過ぎない。普通ならそれで敬虔に信仰心を持つなどあり得ない。


「いいえ、アベルが私に祈りを教えてくれた。だから私は女神様にお祈りできたの……」


 だけどリーナの考えは違った。


「私はアベルを愛した。だから今まで毎日あなたを想って祈り続けることができたの……」

「リーナ……」


 アベルは喜びに胸がいっぱいになった。リーナは自分のために毎日祈ってくれていた。それは神さえも生み出すほど真剣で真摯な本物の愛。


「アベルがいなければ……アベルへの愛が無ければ……私の祈りは女神様に届かなかった」


 リーナはアベルに手を差し出した。


「だから一緒に行きましょう。私達の女神様のところへ」

「ああ、そうだね。俺達でこの灰色の世界を変えよう」


 アベルはその手を握りリーナと共に神殿の中へと進んだ。


 中も外のように光り輝いていた。しかし、眩しいということもない。黒いマナの影響も神殿には及ばないようで魔獣も姿を見せない。


 やがて、昔2人で訪れた神像が立ち並ぶ広間へとたどり着いた。見上げれば崩れていた神像はすべて修復されており、かつての威厳を取り戻している。


「ようこそリーナ」


 その広間の中央で彼女は待っていた。


 ――白き女神テーア


 生まれたばかりの名も無き真っ白な存在。


 リーナは彼女の前に歩み寄ると両膝をつき両手を組んだ。


女神様テーア、やっとあなたに会えた」

「私もずっとあなたを待っていました」


 女神は無表情だったが、リーナに向ける瞳には温もりが感じられた。


「あなたの祈りの声が私の意識を生み、あなたの優しい心が私の自我を生みました。そして、あなたのアベルを想う気持ちが私を形作ったのです」


 彼女はひざまずくリーナの頭をそっと撫でる。


「リーナの彼を救いたい願いを叶えましょう」

「ありがとうございます」

「私に名前を……」


 生まれたばかり女神。まだ名も無き何者でもない彼女に必要なものは名付けによる確固たる存在。


 リーナは女神を見上げた。


月面世界ミナスに生まれ、月面世界を守護する白銀の女神――あなたの名は【ルミナス】、銀月ぎんげつ女神テーアルミナス」


 その瞬間、名も無き女神は銀月の女神ルミナスとなり、真っ白だった髪が白銀に輝いた。


「良き名をありがとう……リーナ、それからアベル」


 ルミナスが柔らかく微笑む。


「2人の愛が永久にあらんことを……」


 ルミナスの身体が光り輝き、辺り一帯に満たされる。その光は部屋を越え、神殿を突き抜け、月面世界のすべてを覆い尽くした。


「リーナ!」

「アベル!」


 光に視力を失い、リーナとアベルは互いを確かめるように抱き締めた。


 やがて、光が収まると2人は想い出の廃墟の中で抱き合って佇んでいた。周囲の神像は想い出の中と同じように崩れている。


「夢……じゃないよな?」

「うん、確かにルミナスはいたわ」


 2人は手を取り合い神殿の外へ出ると、やはり建物は所々破損した廃墟であった。


 だが――


「見て、空が!」


 曇天を割って光が溢れ、それはカーテンのように地に降り注いでいた。黒いマナはすべて消え去り、灰色だった世界が色を取り戻している。


「世界は救われたんだな」

「ええ、ええ……」


 その光景をしばし呆然と見ていたアベルは急に満面の笑みを浮かべリーナの両脇を掴んで天高く持ち上げた。


「ちょ、ちょっとアベル!?」

「あははは、凄い凄い、本当に凄いや!」


 リーナを持ち上げたままアベルがぐるぐると回る。やがて満足したのかアベルはリーナを降ろすとぎゅうっと抱き締めた。


「俺のお嫁さんは世界を救ったんだな」

「アベルがいてくれたからよ」


 リーナもアベルの背中に両手を回した。


 天から降り注ぐ光が2人を包み込む。


 見上げれば太陽が顔を出していた。


 ――ふわり


 2人の眼前を真っ白な光の粒子が舞った。


「え?」

「これは?」


 ――ふわり、ふわり……


 そして、それは天から舞い落ちてくるように増え続けた。


「綺麗……まるで光の雪みたい……」

「もしかしたらマナの飽和現象?」

「なにそれ?」

「大気中にマナが充足すると光となって可視化するって神話にあるんだ」


 それはマナが枯渇していた衰退していく世界への福音。

 それは神話が蘇り、神と大いなる魔術の復活を祝う光。


「これで本当に世界が救われるのね」

「ああ……」


 リーナは美しく舞うマナの光を見上げた。アベルはその華奢な肩を抱き寄せ黙って同じように顔を上げた。


「でも、今は全部忘れてこの光景に浸っていたいな」

「ええ……そうね」


 リーナは一度アベルの横顔を見てから彼の肩に頭を預けた。


 これから2人には明日があり、明後日があり……ずっとずっと先まで未来が続く。


 そんなリーナとアベルを祝福するかのように光の雪は2人の周りに降り続けた……

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名も無き銀月のテーア 古芭白 あきら @1922428

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