ep2.5.燻製、それは魔性の食べ物

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 海の日 pm10:20


――アルテスタ 停泊所マリーナ


 酒場で情報収集を終えて、船に戻ってきた僕は驚愕した。

 出発前、つまり約2時間半ほど前にティスに声をかけたとき、彼女は魚の燻製を食べていた、夕食とは別腹で、だ。

 そして帰ってきた今もちびちびと燻製を食べている……



「嘘でしょう? まだ食べてたの……?」


「んむんむ、失礼ね、ずっと食べてたワケじゃないわ」


 それにしたって量が……

 身体に障らないなら全然良いんだけど、大丈夫なんだよね?


 この世界は本当に今までの常識で測れないことが多い。

 きっとティスの身体の不思議もそれなんだろう。


 あの時だって……――



 ~ ~ ~ ~ ~ ~


■後神暦 1325年 / 秋の月 / 空の日 pm03:00


――時間は遡り、アルテスタに向かう船上



「ミーツェ、何造ってるの?」


「燻製機だよ、簡易的なものだけね」


 ほぼ海流任せの船旅は、次第に時間を持て余すことが増えてきていた。

 時々ポータルでバベルやリム=パステルには戻っていたが、いくらalmAを護衛につけていても、子供たちが心配になって長時間は留守にすることはできない。


 大体の時間を船で過ごす僕は、ヒマになって燻製機を造っていた。



「揺れる中でよく造れるわよねぇ。それで、そのクンセイキ? は何をするものなのかしら?」


「そのままなんだけど、燻製を作る為の道具だよ。

燻製は煙で燻す調理方法でさ、燃やす木によって違った香りをつけたりできるんだ。ちょっとクセはあるけど僕は美味しいと思うよ」


「煙で燻すって……焦げ臭くならないのかしら……?」


「焦げとはちょっと違うかなぁ、独特な香りなのは間違いないけどね」


 訝るティスを横目に板に釘を打ち付けて燻製機を仕上げていった。

 1メートル程度の箱型で、中は網を架けられる場所が二か所、最上段にはフックもつけた。手作りとしては上出来だったと思う。



「箱……ね。ところで何を調理するの?」


「ん~下準備なしで作れるのは木の実とかかなぁ」


 手始めに保存食としてバベルから船に積んでおいたナッツ類で燻製を作り始めた。

 チップは燻製機を造ると決めたときに、予め蜂蜜酒ミードの酒樽を解体した木材で作っておいた。

 ウイスキーの酒樽をチップにすることもあるので、きっと合うと思ったんだ。


 そうして火をつけて20分、煙が漏れる箱を開け初めての燻製は出来上がった。



「「あー!! ずるーい!!」」


 試食をしようとすると、昼寝をしていた子供たちが起きてきて僕の前で口を開けた。

 二人の口にひょいひょいとナッツを入れていると、いつの間にかスフェンまで並び、まるで親鳥の餌やりみたいになっていった。



「独特だけど美味しいわね~」


「でしょ~? 僕の故郷だと漬物とかも燻製にしてたんだよ」


「他には他には?」


「ん~、王道なのは肉に卵、チーズに……あと魚とか?」


「魚!? ミーツェ!! 釣って作って!! お願い!!」


 海産物のワードはティスに火をつけてしまった。

 こうなっては僕は嫌だとは言えない。

 喜んでもらえるなら釣りも良いかも、なんて思ったんだ。


 ただ、異世界の釣りは僕の予想の斜め上をいっていた。



「ミー姉ちゃん」「おさかなが飛んでるー」

「……は?」


 以前、空飛ぶたこに遭遇したので、そう驚くことはないだろう、そう思って海面に目をやった。

 僕はてっきり魚が風に乗って飛んでいるのかと思っていたが、そうではなかった。

 子供たちが指差す先には座布団ほどの大きさのヒラメに似た魚が、”水の石切り”みたいに水面を跳ねて僕たちの船と並走していたんだ。



「……取り合えず撃ってみる?」


「ダメよ! そんなことしたら沈んじゃうじゃない!」


「じゃあどうするの……?」


「アレやって、アレ! 『どっせぇーい』ってやつ!」


 ティスが言う『どっせぇーい』は以前、空飛ぶたこをロープ付きのもりで仕留めたときに僕が吠えた掛け声だ。


 子供たちも乗り気で、一応積んでおいた銛を差し出してきた。

 もうやるしかないと思い、僕は銛を受け取り力の限りぶん投げたんだ。



「っっどっせっぇぇぇぇいっ!!!!」


 と……ここで仕留められたら格好良かっただろうけれど、現実は甘くなかった。


 座布団ヒラメは平らな身体をひるがえして僕の投げた銛を躱したんだ。

 ロープを手繰りよせて何度投げるも一向に当たらない。

 そもそもこれだけ攻撃しているのだから、逃げていきそうなものだが、ヒラメは相変わらず水面をぴょんぴょんと跳ねて船に並走してきた。


 何度も躱されている僕には、ヒラメ野郎がこちらをバカにしているとさえ感じた。

 そう思い始めると何だか平らについた目と口が僕を嗤ってるようで、大人げないけれどキレてしまったんだ。



「……あぁそう。いいよ、そっちがその気なら見せてやるよ」


「ミーツェ……? あたしが頼んだことだけどもういいわ、だから落ち着いて、ね?」


「almAぁぁぁぁ!! 術撃サイキック戦術技能タクティカルスキル――」


――”僕が望むように…as I wish…”!!



「ぶっ飛べぇぇぇぇっ!!!!」


 手甲ガントレットに変形したalmAの拳をヒラメ野郎の着水地点目掛けて叩きこんだ。

 派手に水柱を上げて海水ごと奴を打ちあげ、空中で身動きのとれないところをもう片方の手甲で甲板へ向けてバレーのアタックのように弾き落とした。

 この時、いつもの三割増しくらいは勢いがあったと思う。


 こうして僕とヒラメ野郎の戦いは、僕の圧勝で幕を下ろしたんだ。



「はんっ! 他愛ない! 僕とalmAをナメるなよっ!!」


「大人げないわ……」


「怖いんだよぅ」


 多少のトラブルはあったが、その後、釣りあげた(?)座布団ヒラメを捌いて下準備をした。

 前世の記憶のお陰で開きも三枚おろしもお手のもの、得意分野と言ってもいい。

 本当は半日は水分を抜きたいところだったけれど、待ちきれないティスの為に数時間で切り上げて燻製にした。


 その出来はと言うと……



「ミーツェ!! 美味しいわ!! もう毎日でもいいくらいよ!!」


「いや、毎日は身体に悪いよ、塩分高いし……」



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



 と言った具合で、燻製が大層気に入ったティスはこうして今も僕の前で白身魚のスモークを頬張ってるワケだ。

 初めて燻製を口にしたときと同じ表情で食べるティスが微笑ましく、思わず笑ってしまう。



「何よ……これで最後にするからいいでしょ?」


「ううん、別にいーよ、いっぱい食べて。美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいしさ」


「本当!? じゃあもう一切れだけ食べるわ!」


 子供たちが寝静まった夜に僕たちは甲板で燻製を齧りながら、これまでの話に花を咲かせた。

 それは他愛のない話から死にもの狂いで戦った話まで。

 何気ない時間だったけれど、僕にはとても幸せに感じたんだ。


 ティスと出会えて良かった、改めてそう思う。


 因みに『もう一切れだけ』と言ったティスは結局四切れ食べて満足そうに笑っていた。



 もしティスが食べ過ぎで体壊したらアレクシアを頼ろうねalmA。

 僕はティスと浮かぶ多面体と三人で心地良い船の揺れに揺られた。


【船上のオリヴァ イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093074102112825


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【KAC20245】企画の短編『はなさないで』で、アルテスタまでの船旅で起きた出来事のショートを公開しています。良かったら覗いてみてください。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093073668418238/episodes/16818093073668421689

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