ep3.画家と音楽家1

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 星の日 pm05:00


――アルテスタ 音楽酒場 ユメクジラ


 昨晩の約束の通り、酒場のカウンターでちびちびとリンゴジュースを飲みながらラメンタさんを待った。

 事情を知っているマスターさんの好意で奢ってもらったのだが、初めはからかわれたのかミルクを出されたので一気飲みしてやった。


 子供扱いしやがってチクショーめ。



「ねぇマスターさん、昨日ラメンタさんが病気って言ってましたよね? すっごい元気そうでしたけど、本当に病気なんですか?」


「あぁ……体調は、まだ大丈夫なんだろうさ」


「どういう事ですか?」


「アイツの病気な……”マナ欠乏症”だ」


 ラメンタさんを待つ間、昨晩一旦流した話題を聞いたみた。

 もしも僕の知識で治せるものなら治療を申し出ようと思っていた。

 しかし、”マナ欠乏症”なんて聞いたことがない。

 どう考えても、この世界特有の病気だ。



「アンタは偏見がないんだな」


「え? それってどう言う……――」


 きょとんとした僕の顔を見て、マスターさんは妙にホッとしたような、少し切ないような、複雑な表情を浮かべた。

 ”偏見”の意味を聞こうとしたが、それは昨晩と変わらない快活な声に遮られた。



「おーまーたーせー! メルたん早いね~。じゃ、さっそく先輩のところへ行くよ~!」


「あ、ちょ……」


 日の光のような笑顔にピンクブラウンの髪をなびかせたラメンタさんに腕を引っ掴まれ、僕はそのまま店外へと連れ出されてしまった。


 病気のことが尻切れになって気にはなるが、きっと本人がいる前ではマスターさんも話してくれなかっただろう。

 今は切り替えて、ラメンタさんが言う”先輩”の元へ彼女と向かうことにした。



――アルテスタ郊外



「本当にこんなところに住んでるんですか?」


「いや~住んではいないね~。でも間違いなく居るよ」


 街の建物がある区画から大分離れ、すっかり日も暮れた。

 僕たちは周りが背の高い木々で覆われた坂道を登っている。

 道は整備されているが、こんな丘に”居る”とはどういう事だ?


 それにしても木が鬱蒼うっそうとしていて星の光が届いていない。



「かなり暗いですね……ランプとか使わないんですか?」


「あー……ランプ忘れちゃってさー、でも大丈夫! 何度も通った道だからね、もう目を瞑ってても歩けちゃうよ~」


 そう言ってラメンタさんはケラケラ笑う。


 しかし僕からすれば初めての場所、灯りがないのはすこぶる不安だ。

 仕方がないのでハンドガンのウェポンライトを外して先を照らす。

 小さいながら光量ルーメンを変えて、フラッシュライト代わりにもなるスグレモノだ。



「へぇー、凄い魔導ランプだね~」


「魔道具ではないんですけどね、夜戦用なので結構な明るさまで出せますよ」


「えー!? じゃあどうして光ってるの!?」


「あー……えっと……電気って言って詳しく仕組みは説明できないんですけど、マナみたいな力ですかね? 僕、魔道具全般が使えないんですよ」


「え……それって……いや、なんでもない、ごめんね」


 ラメンタさんが何かを言いかけて口をつぐんだ。

 何だか気まずい空気のまま道を進み、森を抜けた先の光景は僕の予想から大きく外れていた。

 ひらけた土地を全て使って建てられた幾つもの建物に、それらを囲う長い壁。



 何ここ……?

 アルテスタに隣接してる村?

 それにしては灯りが少ないし、人の気配も少ないような……



「んふ~、ビックリした? ねぇビックリした?? ここはアカデミーって呼ばれてる芸術学校、建物ぜーんぶ学校なんだよ~」


「学校……これ全部……」


 前世の大学病院が入っているような大学のキャンパスくらいはある広大な敷地。

 ここに建つ建物全てが芸術の教育に関するものとは、イゼルランドが国をあげて芸術家を育成していることがありありと分かる。



「そだよ~、ここには卒業して駆け出しの画家になった元生徒にもアトリエを貸し出してくれるんだ~、すごいっしょ?」


「じゃあ、その先輩はここのアトリエに居るってことですか?」


「そのとーり! じゃ、突撃~!!」


 突撃って……ちゃんとアポとったんだよね?


 ラメンタさんに引っ張られ、正門ではなく夜間の出入り口となっている守衛門を通りアカデミーへと入った。

 敷地中は石畳で道は補装され、綺麗に剪定せんていされた街路樹に花壇の花、それに彫刻が施された噴水と、小さな美しい街のようだった。



「わぁ……暗くても十分綺麗ですけど、昼はもっと美しいんでしょうね」


「うんうん、明るいと花も建物ももっと鮮やかに観えるよ~。

それに今も少し聴こえるけど、音楽もあっちこっちから聴こえてくるんだから」


 話を聞くだけでも幻想的な風景が想像できた。

 あらゆる芸術に囲まれたアカデミーここは素人の僕から見ても隔絶した美しさがある。

 こんな学校に通っていたら素敵な経験が出来るだろうな、そんなことを妄想しているうちにラメンタさんの先輩が居るアトリエに着いた。



「アトリエ……と言うより兵士とかの宿舎っぽくないですか?」


「まぁね~、色んな人が使うからさ。でも一人一部屋使えるんだよ!」


 石造りの頑丈そうな二階建ての建物、アトリエと言うより寮だ。

 今まで見てきた建物とは打って変わって質実剛健といった雰囲気。

 僕は期待していた分、ほんの少しだけガッカリした。


 ラメンタさん曰く、画家だけではなく、彫刻家、楽器職人なんかもアトリエを使うので、強度や防音を重視した造りになっているのだとか。



「先輩は1階の角部屋だよ~、さー行こー!!」


 重々しい扉を開いてアトリエ寮の中へ入る。

 左右に伸びた廊下を右へ真っ直ぐ進み突き当りの部屋でラメンタさんは止まった。

 ふんすと鼻を鳴らし、ラメンタさんは大きく息を吸う。



「せんぱ~い、入るっすよ~!!」


「いや、その前に扉開けたら意味なくないですか……?」


 宣言と同時に扉を勢いよく開け放ち、ダイナミックに部屋へエントリーする彼女に続いて入室する。

 そこにはラメンタさんの行動にもう慣れっこといった様子の猫人族の男性が丸椅子に座り、イーゼルに立てかけられたカンバスに向かい合っていた。



「昨日話したアシスタントっすよ~? 自分の商会も持ってる超優良物件! ねぇねぇ、どうっすか? アタシちゃん有能でしょ~!?」


「えっと、メルミーツェ=ブランと申します。絵は描けませんが、お手伝いできることがあれば言ってください」


 猫人族の男性から反応がない。

 これ以上声をかけて良いものか分からず、僕は黙るしかなかった。

 気まずい沈黙を破ったのはラメンタさんではなく、原因を作った彼女の先輩だった。

 彼は短くため息を吐いてこちら一瞥する。



「帰れ」



 たった一言、そうしてまた彼は描きかけの絵に向き直った。



 は? なんなの? 失礼過ぎない!? 僕この人嫌いだよalmA。

 僕がもし浮かぶ多面体を部屋まで連れてきていたら銃弾を撃ち込ませていたかもしれない。


【ラメンタ イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093074159193910

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る