ep4.画家と音楽家2

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 星の日 pm08:30


――アルテスタ 芸術学校アカデミー アトリエ寮前


 画家の先輩に『帰れ』と言われ、それ以上取り付く島もない僕たちはアトリエの建物から出た。

 今までだって不愛想な人に会ってきた、でもどうしてか彼の悪態は無性に僕をイラつかせ、普段ならば流せるはずなのに我慢が利かない。



「なんなんですかあの人!! 僕、そんなに失礼なことしました!?」


「ごめんねメルたん。メルたんが悪いワケじゃないよ、先輩って大体あんな感じなんだ~」


 あんな感じって……それにしたってもっと何かあるだろう?


 先ず目を見て話せ!!

 ついでに前髪切れ!!

 何処見てるか分らんだろ!!



「僕もう嫌です。上手くやれる気がしません。領主様に会う方法は別で探します……」


「待って、待ってよ~! ちょっとだけあっちで話そ? ね?」


 焦ったラメンタさんに後ろから抱き着かれ、近くのベンチにホールドされたまま座らされた。


 しかしこの体制は……



「あの……流石に膝の上に座るのは恥ずかしいので横に座らせてください……」


「え~軽いから大丈夫だよ? それにこうしてないと逃げちゃうかもしれないでしょ?」


「胸も当たってるんです……逃げないって約束しますから離してください……」


 ようやく解放され、ラメンタさんの隣に座り直すと彼女は瞬きに合わせて視線を上下斜めに何度も移動させる。


 僕はこの動きに覚えがあった。

 思考を整理して話そうとしているときに人が無意識にする仕草だ。


 やがて考えが纏まったのか、ラメンタさんはおずおずとした様子で話し出した。



「えっとさ……メルたんは三大忌避って知ってるよね?」


「キメラと古代種エンシェント、あと一つは知りません」


「そっか、だからか。……あのね、アタシちゃんはメルたんが知らない最後の一つ、マナ欠乏症なんだ」


 口調こそいつも通りだが、その声は消え入りそうだった。


 マナ欠乏症がどんなものなのかは分からない。

 それでも目の前で祈る様に両手を組んでうつむくラメンタさんを見れば、辛い経験をしてきたことが容易に想像できる。それを意を決して打ち明けてくれたことも。

 先輩の話とマナ欠乏症がどう関係するのか、まだ見えてこないけれど、僕は彼女の話を真剣に聞くべきだ、そう感じた。



アカデミーここに来るまでの森の道でランプは忘れたって言ったでしょ? あれは嘘でね、本当は使えないの」


「僕と同じで魔法が使えないんですか?」


「ううん、違うの。使えるには使えるんだよ? でもね、マナが取り込めないんだ。だから使ってたらいつか空っぽになっちゃうんだよね」


「じゃあ、一生分で使えるマナの量がきまっちゃうってことですか?」


「えっと……ね。空っぽになっても魔法も魔道具も使えるんだ、それも普通の人より何倍も強い力で。その代わり命を削ることになるの」


「それって……」


 似てる……ヨウキョウでの霊樹精エルフの反乱……

 あのときにカルミアやサーシスさんのお兄さんが力を得る秘薬を使った代償とそっくりだ……



「つい最近……5年くらい前かな? ”マナ欠乏症”って病名がついたんだ。

それまではね、この病気は神様の呪いとか罰とか言われたんだよ」


「…………」


 理解を超える事象や病を神と結びつけるのは前世の歴史でも珍しくない。

 だけど、ネガティブに捉えて差別するなんてあんまりだ……



「まともに働けるなんてことは絶対なくてさ。

まぁそもそも生活魔法も使えなくなっちゃうから、呪いや罰じゃないって分かった今でも選択肢は少ないけどねー」


「でも少しづつでも意識は変わってきてるんですよね?」


「うん、だけどね、完全に偏見はなくならないよ。だってこの病気、感染うつるんだもん……」


「そんな……治せないんですか?」


 言葉にしてすぐに『しまった』と思った。

 つい数年前に病気と認知されたものに治療法があるはずがない。

 軽はずみなことを言った自分が嫌になる。

 ラメンタさんからの答えも僕が想像した通りだった。



「ないね~。分かってるのは血が口とか傷口から身体に入ると感染うつるってことだけ。だからアタシちゃんはケガにはちょー気をつけてるんだー」


 血液……それならそれほど感染力が強いワケじゃない。

 もちろんリスクはあるけれど、正しい知識があれば恐れるものではないはずだ。

 それに僕には最強の治癒魔法が使える友人がいる。

 全ての人を救うことはできなくてもラメンタさんは救えるはずだ。



「あの……絶対治るとは約束できないんですけど、可能性があるんです。

今度僕の友人に会って頂けませんか? その人、奇跡みたいな治癒魔法を使うんです」


「本当!? 試せるものは何でも試したい!! 先輩に近づいても感染うつらないか気にしなくてよくなるなら何でもするよ!!」


「え? そっちなんですか……?」


 ラメンタさんの反応は意外だった。

 普通なら自分の生活や将来を初めに考えそうなものだ。

 それが不愛想な先輩を一番に考えるとは……

 失礼だけど、ちょっと趣味悪いな、なんて思ってしまった。



「あ……でもそんなに貯金ないんだぁ……治療費を何回かに分けて払えないかな……?」


「大丈夫ですよ、お金は僕が払います。代わりに何かあったときは助けて欲しいです」


 バベルで資金を使った分も回収の見込みがある。

 それにそもそも僕の主力はリム=パステルでの収入だ。


 投げっぱなしだけれど、カーマイン商会が助けてくれている現状では、申し訳ないくらいに半自動でお金が入って来る。

 アレクシアにお礼の治療費を払ってもなんて事はない。

 むしろアルテスタに知り合いのいない僕にとって、困ったときにラメンタさんの協力を得られる方が利が大きい。



「もちろんだよ~! ……へへへ、嬉しいなぁ、ありがとうメルたん」


「確実に治せるって約束できないのは申し訳ないですけど、僕は友人の力は本物だって信じてます。彼女でダメならこの世界の誰にも治せないと思うくらいです」


「そっかぁ、それならアタシちゃんも信じるよ」


 目に溜まった涙を袖で拭ったラメンタさんは、初日に会ったときと同じ昼間の光のような笑顔を向けてくれた。

 これだけ万人を惹きつけるであろう女性を邪険にする先輩は見る目がないと改めて思う、貧乳派か?



「病気の話が長くなってごめんね。ここからが本題なんだけど聞いてくれる?」



 あの先輩を贔屓する理由か……どんな話だろうねalmA。

 僕は浮かぶ多面体を足に挟んで自然と前のめりに聞く姿勢になっていた。

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