ep2.芸術の街アルテスタ2

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 海の日 pm08:30


――アルテスタ 音楽酒場 ユメクジラ


 ステージから客へカーテシーで一礼する演奏者の女性、種族は恐らく羊人族。

 リム=パステルの有力一族の代表で似た特徴を見たことがある。

 ゆっくりとした動作でバイオリンを肩に置き弓を弦に添える彼女に寒気を覚えた。

 言語化が難しい感覚、真に迫る芸術品を観たときに感じるゾクゾクした感覚。


 大きく息を吸い、少しだけ身体を仰け反らせた女性が弓を引く。

 そして目一杯ストロークを使った高音のビブラートから、3連符で音階を下げていく。


 鳥肌が立った、クラシック音楽や擦弦楽器さつげんがっきに造詣が深いワケではないが、彼女の技量がとてつもなく高いことは解る。

 音の粒にブレがない、もしも彼女の生演奏を録音して、MIX済みの音源だと聴かされても疑わないだろう。

 コンプレッサーなしでここまで綺麗に音が揃うなんてあり得るのか?



「凄い……」


 それしか言葉が出てこなかった。

 理由は超絶技巧だからだけではない、彼女の演奏の意外の全ての音が吹き飛んだと錯覚するくらいに旋律が迫ってくるのだ。


 僕は半開きの口のまま、彼女の演奏が全て終わるまで聴き入ってしまった。



「スゲぇだろ?」


 僕が座った席の隣の男性にかけられた声で現実に戻った。

 彼はニカっと笑いながら酒を煽っている。

 聞けばこの酒場の店主なのだそうだ。



「マスターが座ってお酒飲むだけでいいんですか?」


「ガハハ、良いんだよ! こうして良い音楽家を視る、いや、聴く耳を養うのも大事なことなんだぞ?」


「う~ん……まぁ、確かに……演奏者を選定する為ってことですよね」


 何だか言いくるめられているような気もするが、間違ってはいない。

 前世でもアマチュアのライブではブッキング次第で随分と雰囲気が変わったことを思い出した。



「アイツ、良いバイオリニストだっただろ? もったいねぇよなぁ……」


「もったいない?」


「あぁ……病気なんだよ。以前はあんなもんじゃなかったんだぞ~、楽器は違ったけどな」


 あれ以上って、どんな演奏か想像できないよ。

 ちょっと気になるけど、本来の目的を忘れちゃダメだ。


「少し聞いても良いですか? 僕、隣国に行きたいと思っているんですが、どんな経路で行くのが安全でしょうか?」


「んあ? いや、それは無理だぞ、隣国ってクリスティアだろ? 何年か前に国境も港も封鎖しちまって物資の取引以外で近づくこともできねぇって」


 それはマズいよ……

 海路がダメなら陸路からと思っていたのに国境まで封鎖されているなんて……

 でも物資の取引って言ってたね、それならチャンスはある。



「あの、僕、実は商会をやっていまして、物資……例えば食料を売りにとかだったら国に入れてもらえたりしませんか?」


「へぇ、ちびっちゃいのに商会立ち上げてんのか? そりゃスゲぇな! 

でもなぁ、それでも厳しいんじゃないか? 俺ぁ酒場の店主だから詳しくねぇけど、取引の商会って決まってるらしいぞ」


 彼の言うことは多分間違っていない。

 飛び込みで取引してくれるほど甘くはないのだろう。

 手詰まりかと思ったが、スフェンの祖父、ロカさんの言葉を思い出した。



「すみません、もう一つだけ……

北に山脈があると思うんですけど、そこには僕たちでもいけますか? 国内ですよね?」


「ん~、無理だとばっかり言って可哀想だと思うんだけどよ、山脈その近くは領主様の直轄だから無断で行くのは多分無理だなぁ」


「……じゃあ領主様に商品を見せにお会いすることはどうでしょう? 自分で言うのもですが、僕の商会って結構珍しい物も扱ってるんです」


「うちの領主様は良い意味で芸術バカだから敷居は高いぞ?」


「そんなぁ~……」


 芸術品の類いは唯一商会で扱いがない。

 そもそも審美眼が備わっていない僕には絵画や陶器の類いで本当に良い物を見つけられない、精々できてアクセサリーくらいだ。

 貴金属の真贋しんがんならばalmAで判別できるので扱えないこともないが、日用品を揃えることに力を入れ過ぎて今まで手を出していなかった。



「アタシちゃんが手を貸してあげよっか?」


「ふぇ?」


 完全に手詰まりを起こし、耳をペタンとさせていた僕に声をかけたのは先ほどステージで演奏をしていた羊人族の女性。

 自らを”アタシちゃん”と呼び、ニコニコと人懐っこそうに笑う姿は演奏中とはまるで別人だ。



「領主様に会いたいんでしょ~? アタシちゃんに考えがありまーす! あ、隣いい?」


「は、はい、どうぞ」


 アタシちゃんの勢いに圧されつつ、取り合えず打開策があるのならと話を聞くことにした。

 席に着くなり、彼女は店長も飲んでいたアルコール度数が高そうな酒を注文し、それを豪快に飲み干した。



「ぷはぁぁぁ!! よし! 元気補充!! あ、アタシちゃんはラメンタね。ラメンタ=アンダンテ、ラメたんって呼んで! そっちは?」


「えっと……メルミーツェ=ブランです」


「メルたんね!」


 何故そうなる?

 僕、ゴリゴリの陽キャってちょっと怖いから苦手なんだけど……


 気圧されている僕にラメたんことラメンタさんはずいっと顔を近づけて話を続ける。



「で! で!? メルたんは領主様に会いたいんだよね!?」


「は、はい……」


「だったら方法は一つ!! ずばり! 星喰ほしくい前の収穫祭で作品を出展して注目を浴びるの!! そしたら領主様からお呼びがかかるよ~」


「無理です、ごめんなさい」


「ぶはっ! 即答!!」


「だって芸術に疎いんです、できませんよ」


「ダイジョーブ、そこはアタシちゃんに秘策あり!」


 ふふんと鼻を鳴らす、ラメたんことラメンタさんだが、僕は彼女が突拍子もないことを言うんじゃないかと不安になった。

 そして予想通り、彼女の言う”秘策”は理には適っているが、そもそものハードルが高いものだった。



「アタシちゃんの先輩が画家なんだ~。だから先輩のお手伝いをして領主様に呼ばれたら一緒に行けば良いんだよ!」


「おい、その”先輩”ってもしかしてアニマートか?」


 マスターさんが話に割って入る。

 彼の反応から訳アリなのは容易に想像できた。



「そうだよ~、ってかアタシちゃんの先輩なんてアニマート先輩しかいないって」


「アニマートは無理だろ……?」


「え? そんなヤバい人なんですか?」


「きゃはは、ヤバくはないよ~! じゃ、アタシちゃんは先輩にアポとってくるから明日の夕方にまたお店で待ち合わせね!!」


 こちらの返事を待たずにラメたんはバイオリンを背負い去っていった。

 唖然としてマスターを見ても、やれやれといった様子でどうにも出来そうにない。

 とは言え、他に方法がない今は、唯一の隣国クリスティアへ入る手段であることには変わらない。


 やれるだけやってみよう、そう決意し、今夜はもう船に戻ることにした。



 画家かぁ、気難しくて怖くない人だといいねalmA。

 僕は浮かぶ多面体が変形した手甲に座り夜の街を帰路についた。

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