chap.9 芸術の国イゼルランド
ep1.芸術の街アルテスタ1
■後神暦 1325年 / 冬の月 / 海の日 am 07:00
――イゼルランド公国 グライズリー領 アルテスタ
バベルを出発して1か月以上が経ち、この世界の数え月も秋の月から冬の月へと変わっていた。
船については素人だけど、スフェンの造った船は前世の動力船と遜色ないと思っている。
その船を以てしてもこれだけの時間がかかるとは思っていなかった。
「大陸を迂回してたのもあるんだろうけど、太平洋を横断するくらいの距離があったんじゃないかなぁ……」
「太平洋ってなに?」
「僕の前世であったすっごい広い海だよ」
「ミーツェの話、もっと聞きたいんだよぅ」
いつもは眠そうなスフェンが目をキラキラとさせて迫ってくる。
流石に長旅の間に
それからと言うもの、スフェンは暇さえあれば話を聞きたいと僕についてまわるようになった。
まるで絵本の読み聞かせをせがまれる親の気分だ。
もちろん、彼も聞き分けが良いので悪い気はせず、むしろ三人目の子供のようで微笑ましい。
「話はまた今度ね。今は着岸させて街で情報を集めないといけないからさ」
「……分かったよぅ、じゃあボクは船で待ってるんだよぅ」
「え? なん――……いや、ごめん」
言いかけてハッとした。
スフェンは
気を遣わせてしまうとは情けない。
「ねぇスフェン、早めに戻ってくるし、戻ったら話もするね」
「約束だよぅ!?」
「うん、約束。
almA、
almAを1機スフェンの護衛につけ、僕たちは停泊させた船から降りて街へ向かった。
イゼルランド公国。
僕たちが目的地としている二つの王族が統治するクリスティア王国の隣国にあたる国。
クリスティアの遠縁の王族筋が公爵として納める国らしいけれど、戦争には酷く消極的らしく中立国と言ってよさそうだ。
船旅で沢山時間はあったからね、事前に本で読んでおいて良かった。
まぁ、船酔いで何度か吐いたけれど……
国の情勢も本が書かれた時からそれほど変わってない印象だね。
そしてこの国のもう一つの特徴、それは……
「凄いわね~、あっちこっちに石像があるわ!」
「絵もあるー!」「音楽もー!」
「本当だね、街全体が美術館みたいだよ」
イゼルランドは芸術の発祥地と言われるくらい各創作活動が盛んな国らしい。
それは絵画、造形美術、音楽から文学まで、ジャンルを問わずそれぞれの芸術家たちが創作に打ち込み、その作品で国の経済が成り立つほどだと本に書いてあった。
「まずは買い物しながら街を周ってみようか、一応荷車はalmAに牽いてもらってるけど、いっぱいになったら船に戻ろう」
「そうね! 港街だし、カニはあるかしら!?」
「はは、まぁ海鮮はあったら買うようにするよ」
瞳を輝かせるティスを宥め、彫刻と同じポーズをとってはしゃぐ子供たちを荷車に乗せる。
街のどこを見ても何かしらの芸術品が目に入り、常に薄く流れている誰かの演奏が聴こえる芸術の街アルテスタ。
立場的に引率らしく行動はしているが、正直僕も気分が躍る、素敵な街だ。
「船があるから宿はいらないね、買い込めるだけ買って今日は船に戻ろう!」
本当は情報収集も併せて日中に済ませた方が良いのは分かってるけれど、スフェンを独りで待たせるのは可哀想だしね。
今はそれっぽい所を覚えておいて夜に一人で話を聞きに行こう。
そうして
気候が涼しいからだろうか、野菜の類いはバベルやリム=パステルよりも少なかったが、近くに森もある港街なこともあって肉や魚は豊富にあった。
もちろん、大興奮のティスに海鮮を大量に買わされたのは言うまでもない。
正午を少し回ったあたりで買い物を終えた僕たちは、ちょっとした行商人みたいになった荷車を牽いてスフェンの待つ船へと戻った。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――同日 pm08:00
「じゃあ、行ってくるよ。オーリもヴィーもあんまり夜更かしはしちゃダメだからね」
「「はーい!」」
「ミーツェもあまり遅くならないで戻るのよ~」
ひらひらと手を振るティスの片手には今日買った魚を燻した燻製が握られている。
船旅の途中、何の気なしに作った燻製が大層気に入ったようで、暫くスモーク生活を強いられた時期があった。
それにしても夕食を食べた後なのにまだ食べるとは、あの小さな身体のどこにそんな容量があるのだろうか……
「ティスはあんまり食べ過ぎないようにねぇ……」
苦笑いでちょっとだけティスに皮肉を言った僕は、船を降りて日中に確認をしておいた酒場へ向かった。
普通の酒場であれば今の僕の
しかし、目星をつけた場所は前世で言うところのライブハウスみたいにショーステージの傾向が強い酒場だと店外からも分かった。
異世界ライブハウス、ちょっとワクワクするな~。
僕、バンド大好きだったんだよねぇ、流石にこの世界で前世みたいなジャンルはないだろうけど……いざ、アルテスタのハコのお手並み拝見!
本来の目的も忘れないように気をつけつつ、少し重たい酒場の扉を開けた。
「いらっしゃ……あら、随分と可愛らしいお嬢さんね」
入店してすぐに小さなカウンターで受付と思われる兎人族の女性に声をかけられた。
どうやら店の飲食代の他に入店料がかかるみたいだ。
チケット制ではないものの、本当にライブハウスに来たような雰囲気に僕の気分は更に高揚した。
ただ、ここで『ガキは帰れ』と言われないかだけが心配だ……
「あの……一人でも入って良いですか?」
「もちろんよ~、でも子供料金はないわよ~?」
「僕そこまで子供じゃありません!」
冗談めかして僕をからかうお姉さんへ、むくれながら入店料を払うと彼女も満足したようで、立ち上がり頭を撫でられた。
材質こそ違うが、パンキッシュな服装で前かがみになったお姉さんはかなりのたっぷり(比喩)の持ち主で何とも言えない気持ちになる。
いや、僕は中身が中身だからむしろない方が良いんだけどさ……
パイロンさんといい、兎人族ってスタイルが良い種族なのかな?
先制攻撃を受けた気分で店の奥へ進みバーカウンターの席へつく。
丁度転換のタイミングだったようで、次の演奏者がステージへ上がってきた。
楽器はバイオリン、他に誰もいないのでソリストのようだ。
独奏か~ワクワクしてきたねalmA。
僕は分裂して小さくなった浮かぶ多面体に抱き着いてステージへ向き直った。
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