Another side.過去を知る者

スフェンの祖父、ロカ視点になります。

時系列の戻りはなく[ep22.バベル出航]以降の話になります。

――――――――――――――――――――


■後神暦 1325年 / 秋の月 / 海の日 pm 05:00


――バベル下層街 ネッカム工房


 孫が旅立って数日、寂しくないと言えば嘘んなる。

 猫の娘っこ、ミーツェだったな、あの娘っこは他と違う気がした。

 周りの仲間もだ、古代種ワシらおそれがない。

 それにあの娘っこを見てると、全然似てねぇのに何でかを思い出させる……


 ほんの短い間、一緒に暮らしたあの人。

 剥き出しのバカでかい大剣を2本逆手に持って歩く姿は、地下貧民街ほどではないものの、それなりに治安の悪かった歓楽街でも浮いていた。


 物騒な武器に不釣り合いなほど綺麗に整った顔、その姿にお伽話の戦乙女を想起した者はワシだけではなかったはずだべな。


 もし、あの人と旅に出ていたら、今頃どんな生活をしていたんだべ……



「”たられば”なんてワシもまだ子供なもんだべな」


 青かった己を思い出して自嘲気味に独り笑いし工房の扉を開ける。

 籠りきりだった空気を入れ替えて気分も変えよう、そう思っていた。

 しかし、開けた扉の先に立っていた人物に思わず息が止まった。



「こんばんワぁ~」


 嘘だべ?

 なして姉さんが此処にいるんだ?


「姉さん、戻ってきたんだべか?」


「あらぁ? もしかしてロカかしらぁ? んふふ、随分大人になったワねぇ」


「いや、もうじじいだべ……やっぱ姉さんは変わんねぇんだな」


 あの時から全く変わらない、ワシが追いかけたかった姉さんが目の前にいた。

 何かを、誰かを、不意に思い出すときはえんが繋がったと言うこともあるが、今まではそんなもん迷信だべと鼻で笑ってきた。


 しかし、今回ばかりは信じざるを得ない。



「おじいさんは居るかしらぁ? 大鋏コレ、ちょっと調子悪いのよねぇ~。あの人、『1000年は保つ』って言ってたのに嘘つきだワぁ」


「じいさんはもう200年以上前に死んどるって、代わりにワシが直しても良いべか?」


「んふふ、”ワシ”ねぇ~。”ボク”じゃないのぉ?」


「いやいや、このナリでそれはねぇべ」


 昔に返ったようで少しだけこそばゆい気持ちになり、隠すように笑いながら姉さんを工房に招き入れた。

 そしてひょいと片腕で差し出された大鋏おおばさみを受け取る。


 懐かしい重み……元々2本の大剣だったものをじいさんが鋏に作り変えた超重量武器。

 子供だったワシは持ち上げることもできなくて姉さんに笑われたもんだべ。



「刃元が欠けてるし歪んでる……? 上層街アッパーレイヤー魔導人形ゴーレムをぶった切っても欠けなかった刃が欠けるって……姉さん、どんな使い方したんだべ? 山でも切ったんか?」


「そうねぇ~、鉄の塊を挟んだり、金槌で叩かれたりかしらぁ?」


「なんだそれ……にしてもこれは分解が必要だべ。せっかくなら新調するべか?」


「いやよぉ、思い入れがあるものぉ。ロカ、いいかしらぁ? 女の子のそういうところに気づかないとダメよぉ?」


「いや、姉さんはワシより年上だべ」


「あぁ~、それもダメ。全然成長してないじゃなぁい?」


 相変わらず子供扱いしてくる姉さんに当時の気持ちが蘇ってくる。

 ワシもあの頃のように少し生意気に返しながら鋏の直す箇所を探す。

 どの道、数時間で直せるもんでもないので、泊っていくことを提案した。



――その夜


 孫娘も眠り、いつもなら一人で過ごす時間を姉さんとの晩酌にあてた。

 猫の娘っこに貰った酒を注ぎ、二人でグラスを傾ける。

 ただ姉さんが口にしているさかなが異様で思わず聞いてしまった。



「なぁ、姉さん、いくらなんでもソレばっかりで飽きねぇべか?」


「んふふ、いいのよぉ」


「いや、皿ん上が真緑で森食ってるみたいになってるべよ」


 菜食主義になったんだべか?

 前はガツガツ肉食ってたと思ったんだけどな。


「それにしても、このお酒……珍しい物じゃなぁい?」


「あぁ、孫の知り合いに貰ったんだべ。まだ子供なのに商会立ち上げて、北から船できたんだってよ」


「んふふ、その子、メルミーツェって名前じゃなぁい?」


「おぉ! そうだべ。なんだ、姉さんの知り合いか」


「やっぱりバベルここに寄ったのねぇ。その子は今どこにいるのぉ?」


「うちの孫と最近旅に出たよ、なんでもあのずっと内戦してる国に行くんだってよ」


「あらぁ、すれ違っちゃたのねぇ、残念」


 珍しく伏し目になる姉さんに、ふと思い、昔のことを聞いてみることにした。

 ワシについて行くことを諦めさせた姉さんが世界を彷徨さまよう理由。



「なぁ姉さん、今も望みは変わってねぇんだべか?」


「もちろんよぉ、でももしかしたらやっと叶うかもしれないワぁ」


「……それでいいんだべか…………」


 自分から聞いておいて苦しくなった。

 それはワシじゃ肯定することも叶えることもできないから。



 ――『私は――――――――――を探してるのよぉ』



 忘れるワケがない。

 理解できないし、今でもそれは変わらない。



「もしワシに別の形で姉さんを満たせ”たら”、ことわりを変えられ”れば”、違った望みを持ってくれてたんだべか?」


「んふふ、どうかしらねぇ~。でも昔から変わらないロカの優しい”たられば”は好きよぉ~?」


 昔と変わらずワシワシと頭を撫でられるが悪い気はしない。

 ついていけなかった過去の自分がいたから、今日こうして再開を嬉しいと感じれるのかもしれない。そう考えるのが一番幸せかも知れねぇべな。


 懐旧の情を抱き酒をもう一口煽る、こうして夜は更けていった。

 その後、大鋏を直す数日間、昔のように姉さんと工房で過ごす日を送ることができた。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――数日後


「ん~、嚙み合わせも完璧ねぇ」


「おう、1000年は保つべ」


「あらぁ、本当かしらねぇ、すぐ壊れるのは嫌よぉ?」


「ワシが生きてる間に壊して戻って来てくれたら嬉しいべな」


 昔と違い、今回は湿っぽくもなく、軽口を叩ける。

 まだまだ”たられば”が抜けねぇ子供でも、それを優しいと言ってくれた姉さんのお陰だべな。



「そう、んふふ、もう行くワぁ。そうだ、もうロカも大人なんだから次は姉さん呼びは止めにしなさいよぉ?」


「姉さんは姉さんだべ、じゃあなんなら良いんだ?」


「そうねぇ……やっぱり男らしく……――」

「――……ラミアセプスねぇ」


 そういって笑う姉さんの目は、終焉を独り生き延びた蛇のように孤愁こしゅうを感じさせるものだった。


 色も雰囲気も真逆なのに姉さんとどこか似ている娘っこ。

 その娘っこについていった孫。

 ワシとは真逆の選択をしたスフェンにはどんな未来が待ってるのか、それが良いもんであることを祈らずにはいられない。



 ワシは無意識に忘れられた神の名を口にしていた。


【訪問したラミアセプス イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093073923876987


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【KAC20242】企画の短編『内見』で、ほんの少しラミアセプスの過去に触れたショートを公開しています。良かったら覗いてみてください。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093073161254581/episodes/16818093073161535832

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