ep■■.元兵士の老人は語る
■後神暦 ????年 / ?の月 / ?の日 ?m ??:??
――ヴェルタニア とある農村
穏やかな日差しに適度に乾いた風、緩慢と流れる時間、これらを幸せと感じられることが得難いことだと気づくまでにどれくらいかかっただろうか。
隣国との戦争が終わり、今年で丁度80年。
こうして故郷の村の広場を見ていると昔を思い出す。
私は若かった、終戦間際の戦場へ英雄に憧れて兵士に志願した。
私は無知だった、戦争とは物語のようなものではない。
私は弱かった、あの出来事がなければ、こうして穏やかな幸せは享受できなかっただろう。
「ねぇ~、昔のお話きかせて~」
村の子供たちが話をせがむ、勇ましいものに憧れる年頃だろう。
この子らを楽しませるのであれば、英雄譚のような話が良い事は分かっている。
しかし、それを選ぶことはない、あの光景を見た私にはそれはできない。
「何の話をしようか? 昔、大豊作だったときの祭りの話はどうだ?」
「え~!! もっとカッコいいのがいい~!!」
「アルコヴァンとの戦いの話は~?」
「……話しても良いが、少し怖い話になるぞ?」
「良いよ!! 怖いのぜんぜん平気だもん!!」
「そうか……」
子供たちの言葉に私は経験した中で一番恐怖を感じた戦いを語ることにした。
決してこの子らに意地悪をしたいワケではない、ただ解って欲しいのだ。
戦争が恐ろしいものだと言うことを。
「――78年前……
この村から遠く遠く離れた国境超えた平原地帯。
そこは小さな川がいくつも流れ、橋を渡りながら私たちは進軍していた。
我が国ヴェルタニアと、隣国アルコヴァンは何度も戦争を繰り返した歴史がある」
我が国は他種族に偏見がある、かく言う私も他種族に多少の嫌悪感を持っている。
そしてアルコヴァンは他種族国家、相容れるはずがない。
「私が経験した戦争では、我が国がアルコヴァンへ攻め入った戦いだった。
国境を守っていた彼の国の軍隊が劣勢になり、一斉に退却を始めたからだ」
子供たちは目を輝かせ「それでそれで」と先を促す。
「当然、私たちは追撃した。
ここで領土を勝ち取れば、英雄の部隊となり、村へも大手を振って凱旋できるからな……しかしそうはならなかった」
子供たちの目が曇る。
そうだろう、これは英雄の快進撃ではないのだから。
「アルコヴァンには”魔砲”と呼ばれる兵器を持っていてな。
それは……そうだな、一度で一つの家が跡形もなくなるくらいの威力だ。
そんな物が人に当たるとどうなるか分るだろう?
彼の者たちは魔砲のある場所まで私たちをおびき寄せたんだ、どうなったと思う?」
子供たちは首を振る。
「殆どの者がそこで死んだ。それも人の形を残さずに、だ。
分るか? 誰のものとも分からない手や足、それに血と土が降り注ぐ中を逃げるのは気が狂いそうになるんだ。いっそ私も魔砲で吹き飛んだ方がマシだと思えるほどだったよ」
一人の子供が、どうして生き残れたのかを聞いてくる。
答えは単純、”運が良かった”から。
魔砲が当たらなかったこともそうだが、それだけではない。
そしてそれこそが私が兵士を辞めた理由だ。
「魔砲は3度撃たれた。
偶然私には当たらなかったが、いつかは当たってしまう、そう思っていた。しかしな、4度目の攻撃はなかったんだ」
息を吹き返したように子供たちの顔が明るくなる。
しかし、恐らく期待には沿えない話だ。
「今日の雲みたいに真っ白な髪の猫人族が一人で魔砲を全て壊したんだよ。
どうやったかは分からなかった。
ただ巨大な鉄の盾が火を噴き、雷のような音を轟かせたと思ったら全てが破壊されていたんだ。その後も猫人族はアルコヴァン軍をたった一人で私たちと同じくらいにぼろぼろにしてしまったんだよ」
ここまでならば他種族ではあるが、英雄譚に聴こえるだろう。
「次に猫人族は私たちの指揮官……つまり軍の偉い人や未だ戦おうとしている兵士を殺して回ったんだ。それも両軍関係なく」
子供たちがお互いの手を握り合っている。
気持ちは分かる、当時の私も味方と思った者が自軍の者を殺して回る狂気の光景に、言葉に出来ない恐怖があった。それをこの子たちも何となく察したのだろう。
「惨かったよ、わざわざ手足を一本づつ斬り飛ばして殺していくんだ。
泣き叫んでも猫人族は止めなかった。周りも怖くて怖くてもう戦いどころではなくなったよ。そして次々と逃げ出しっていったんだ」
子供たちに私はどうしたのかと聞かれ、正直に答える。
「腰を抜かして動けなかったよ。そんな私に猫人族は近づき『君はまだ戦う?』と聞いてきた。
『いいえ』と答えれば良かったのに、何を間違ったのか私は『何故こんなことをするのか』と聞き返してしまったんだ」
息を呑んでこちらをじっと見つめる子供たちに一息おいて話しを続ける。
「すると猫人族は『生殺与奪を握っているから』とだけ答えた。
意味が分からなかったよ、つまり生かすのも殺すのも自分が好きに選べるって言われたんだ。
猫人族は何も感じてないようだったよ、あれは楽しくも悲しくも辛くもないといった顔だった」
その後は猫人族へ戦う気はないことを伝え見逃されたことを教えた。
子供たちも安堵したようなのでここで話を結ぶ。
「いいか? 侵略戦争とは恰好の良いものじゃないんだ。それよりは守ること、例えば村を魔獣から守る狩人の方が私はよっぽど格好良いと思うぞ」
家に帰る子供たちの背中を見送った私は、当時を思い出し天を仰いだ。
「あれが
不意に口を衝いた言葉だったが、すぐにあり得ないと自嘲した。
お伽噺の人物を想起するなど、私もまだまだ子供なのかもしれない。
【乱入してきた猫人族 イメージ】
https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093073861515656
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