ep4.海上のタコ狩り

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 獣の日 am 11:40


 触手の間にある水かきのような膜を広げ、コバルトブルーの軟体をくねくねと動かし船に並走する魔帆軟生物デミスキュラと呼ばれた空飛ぶたこ


 僕の知ってる蛸はあんなに鮮やかな色をしてないし、あんなに大きくない、もちろん飛ぶなんてあり得ない。

 大人の顔より大きな胴体の蛸が群れを成して飛んでる様は何と言うか……



「気持ち悪いわね……」


「だよね。僕、ちょっと集合恐怖症トライポフォビア気味だから、アレは見るのも嫌だな……」


「でも旨いぞ!!」


 肌を粟立てる僕を横目に、ロープの付いたもりを何本も担いでメイグロウさんはニカッと笑いながら甲板を進んでいく。


 ――旨い? 食うの? アレを?



「ミーツェ、ミーツェ! 聞いた!? あれ美味しいみたいよ! 捕ってきて、お願い!!」


「えぇ……」


 カニで味をしめちゃったんだね。

 嫌だって言ってもティスは聞いてくれなさそうだし、仕方ないか……



「almA、皆を護って」


「ヴィーも手伝う!」「オーリも!」


「ありがとう、でもalmAから出ないでね?」


 僕の言葉でalmAは小さなドーム状に形態を変える。


 船旅の準備をしている間、子供たちを護りながら戦うことになった場合、どうすれば良いかずっと考えていた。

 そうして以前友人カルミアがみせた”木のドーム”に似たことが出来ないかと思い至り、試しにalmAにお願いしてみたところ出来ちゃったんだ……


 僕の相棒は本当に凄いよね。



「almAが護ってくれていれば後顧の憂いはない。じゃあ、いってきます」


「ヴィーたちはここから撃つー」「ヴィー、はやく組み立てよー」


 双子に渡しておいたのは、アルカンブル砦で狙撃に使った組み立て式のライフル。

 二人で協力している姿は可愛らしいが、組み立てている物が物騒極まりないのは残念だ。

 僕はショットガンに銃弾ショットシェルを装填しながら甲板を歩き、メイグロウさんに並んだ。



「会長さんも手伝ってくれるのかい?」


「家族に仕留めてこいと言われたので……ところで、あれ魔物ですよね? 危険じゃないんですか?」


「うはは、尻に敷かれてるねぇ。アレは幼体だから大丈夫だ、精々海に引き込まれるくらいだな!」


「全っっ然っ大丈夫じゃないですよ!!」


 こんな流れの速い海に落とされたら溺死確定でしょう!?

 取り合えず危険な生き物ってことは分かった、殲滅しないとダメだってことも。



「いくぞー」


 ――”射撃技能ファイアリングスキル レックブラスト”!!


 以前魔法で強化された木の槍すらも破壊したショットガンの火力スキル。

 その威力は今回も十分通用するようで、命中した不思議蛸は次々と爆散していく。

 空中で動く的に当てるのはクレー射撃のようだ。


 僕はスキルのリキャストが完了次第、淡々と撃ち続けていると遥か後方からティスが大声で何かを叫んでいる。

 一度撃つのを止め耳を傾けてみたが、その声は僕を応援や気遣うものではなかった。



「ちょっとミーツェ!! 粉々にしたら食べられないわー!! もっとこの子たちみたいにしてよー!!」


「奥方がああ言ってるぜ、ここは”女”見せないとな!! 銛使うかい?」


「あ、はい、奥方じゃないけどお借りします……」


 確かにオーリとヴィーは1発で急所を撃ち抜いているのか、たこに損傷がほとんどない。

 魔帆軟生物デミスキュラは魔物だ、だからマナが薄っすらと視えるティスが指示を出して、甲板に落ちるように撃っているのだろう。何という能力の無駄遣い……


 とは言え、このままではマズい。


 ティスに怒られ、

 子供たちにがっかりされてしまう……

 そんなのは絶対に嫌だ。


 僕は借りた銛を握り締め、力の限りぶん投げた。



「っっどっせっぇぇぇぇいっ!!!!」


 …

 ……

 ………

 …………


 暫くの戦闘の後、魔帆軟生物デミスキュラの群れは無事撃退できた。


 甲板に転がった淡い群青色の蛸は船員たちが拾い集め、手慣れた手つきでヌメリを取り、下処理をしていく。

 メイグロウさん曰く、食料の現地調達も船乗りにとって必須技能とのことで、大抵の海洋生物は捌けるそうだ。

 それにしても干し籠まであるとは思わなかったよ……海の上で干物って作れるの?



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――同日 pm 02:00 立桶丸たてわくまる 甲板



「いやぁ、思わぬとこで大漁だったな! そんなワケで、魔帆軟生物デミスキュラづくし、立桶丸スペシャルだ!!」


 甲板に出されたテーブルに並ぶのは、メイグロウさんが言ったように数々の蛸料理。

 カルパッチョや煮物、シンプルに焼いたものにチヂミのような粉物まである。

 青色の刺身は置いておくとして、他は熱が入り色も赤に変わって美味しそうだ。



「ミーツェ! これ美味しいわよ!」


「「んま~」」


「よりによってからいくんだ……」


 ティスと子供たちが頬張ったのは僕が一番”ないな”と思った青い刺身……

 うちの家族は勇者揃いだ。


 僕は刺身を避けるように焼き蛸を齧ったが、これが中々どうして美味しい。

 前世で知っている蛸より弾力は少ないが、その分簡単に嚙み切れて味も濃く、塩だけで十分満足できる。



「どうだい? 旨いだろ?」


「はい、とっても。そうだ、もし良かったら僕たちが持ち込んだ物も召し上がってください」


 せっかくなので僕は作ってきたザワークラウトを食卓へ並べた。

 酸味が強い食べ物を間に挟めば、蛸づくしでも飽きがくることはないだろう。



「おぉ! これは酢漬けかい?」


「いえ、酢は使ってないんですが、腐ってないので安心してください。日持ちする保存食ですので」


「壊血病の予防にもなるのよ」


「壊血病ってなんだい?」


「「歯がぽろぽろぽろーってなるの!!」」


 少し怖い事を思い出したように子供たちが尻尾を丸めて、メイグロウさんに身振りを交え訴えるように説明する。



「もしかして……海の呪いに効くってことかい!?」


「海の呪い……かは分かりませんが、アザが急にできたり、出血したり、歯が抜ける病気の予防にはなりますね」


「本当かい!? それは海の呪いだ! 病気だったとは知らなかった」


「でもこの船ってかなり食料保存や衛生面が良いですよね? 食べ物が偏らなければ壊血病に罹らないはずなんですが……」


「ヨウキョウから次の着岸場所まではそんなに日数はかからないんだ。

だから食料もなんの問題ないんだけどな、次の場所が遠いんだ。

それで海流から降り損ねちまったときなんかに海の呪いにかかる奴が出てくるんだよ」


 なるほど、補給ができなくなると果物や野菜が取れなくてビタミン不足に陥るのか。

 食料を節約する為に日持ちしない物から食べていれば、最後は自然と食事内容が偏ってしまうんだね。



「なぁ会長さん、ザワークラウトそれってどうやって作るんだい? 俺らでも簡単に作れるもんなのかい?」


「はい、すっごい簡単です。重要なのは容器の……――」


 この時、僕は思い出した。そして脳内に忘れることのできない声が再生される。


 ――『どうして!! レシピを!! タダで!! 渡したですか!?』


 あの日の恐怖体験が脳裏を駆け巡り、一瞬にして血の気が引いていく。



「あ、あ……」


「ん? どうしたんだい?」


「あの!! レシピと注意点はお売りする、と言うことでどうでしょう!?」


「うはは、流石会長さん、商人だね~。よし! 買った!!」


 ……やった、やったよ、これで怒られないで済む!!


 商売の師の逆鱗に触れることを未然に回避した僕は、安堵から避けていた青い刺身を無意識に口に入れていた。



 あ、色はアレだけど美味しいよalmA。

 浮かぶ多面体を背もたれに僕は蛸料理を堪能した。


【蛸をねだるティスタニア イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818023214164735950


=========

【KAC20247】企画の短編『色』で、船旅の途中のショートを公開しています。

良かったら覗いてみてください。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093074197170660/episodes/16818093074197187162

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る