ep5.階層都市バベル1

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 獣の日 pm 04:00


 港町オーワダから出発して今日で11日目。

 正午ごろ、大陸を囲む海流から離脱した船は海の男たちが漕ぐオールに合わせてゆったりとした速度で航行し、閑散とした港に寄港した。



「……なんか立派な港の割に寂しい感じだね」


「そうね、港町ってオーワダみたいな場所ばっかりだと思ってたわ」


 港は沖に防波堤もあり、数隻の大型船を悠々と停泊させることができそうな埠頭は海沿いの大都市を思わせる造りなのに、停泊所から先は建物が数軒しか見当たらない。

 港を管理する関係者の住居と思われる建物と、停泊した船の乗組員の為の宿がぽつぽつと建つだけ、まるでハリボテのような港町だ。



「メイグロウさん、お店っぽい建物が見当たらないんですけど……ここで補給するんですか?」


「うはは、港はただの入口だからな! 街はあっちだよ」


 メイグロウさんが親指を向け、顎でクイっと示す方角には、夕日に照らされた円柱状の塔がそびええ立っていた。


 それなりに距離が離れているはずなのに、すぐ近くのようにも感じる。

 塔が大き過ぎて遠近感が狂う……巨大なトリックアートを見ている気分だ。



「なんですか……アレ……あんな大きな建物見たことないですよ」


 前世にだってあんなものないよ?

 都市が丸ごと入りそうな建造物なんて物理的に造れるワケないって……いったいどんな構造してるのさ?



「ビックリしたかい? あそこが補給に向かう街、バベルだ。階層都市なんて呼ばれてるな」


「階層都市? 塔じゃないんですか?」


「おう、会長さんも一緒に行くなら覚えておいた方がいいな。まず……――」


 メイグロウさんはバベルについて説明をしてくれた。


 まず、僕たちが向かうのは、一般の住民が生活するアンダーレイヤーと呼ばれる下層街。

 その更に下層には地下貧民街が広がり、アンダーグラウンドと呼ばれているらしい、所謂スラムだ。


 下層街の上には、一握りの富裕層が住まうアッパーレイヤーと呼ばれる上層街がある。

 ただし、一般人は足を踏み入れることすら許されなく、どんな場所なのかは知らないそうだ。


 そして、上層街に行けないもう一つの理由……

 上層と下層を隔てているロウレスラインと呼ばれる中層無法地帯。

 そこはマフィアの巣窟で、誤って迷い込めばまず無事に帰れないらしい。



「――……って感じだな」


「最後めちゃくちゃ怖いこと言ってましたけど、大丈夫なんですか!?」


「うはは! うっかり迷い込まなきゃ大丈夫だ!」


 マジかぁ……下手に探索してたら即死案件なんて僕嫌だよ。

 地下の貧民街も危なそうだし、上下階の移動はダメなことは分かったね。


 街の地図とか売ってるかな……?

 あったら絶対に買おう、すぐ買おう。


 船の見張りに半数を残し、専属の商人やメイグロウさんたちは港で貸し出されている馬車に乗り、僕たちはalmAが牽く荷車でバベルを目指した。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――バベル 下層街


「……は?」


「ミー姉ちゃん!」「まちが入ってるね!!」


 塔の門を抜け、馬車でも通れる石造りの通路を進んだ先の光景は僕から言葉を奪った。オーリとヴィーこの子たちが言うように「街が入っている」んだ。それ以外に表現ができない。


 外観から前世で昔に実在した建造物、九龍城クーロンじょうのような内部を想像していた。

 メイグロウさんが下層や上層と言っていたことに違和感はあったけど、言葉のままだったとやっと理解した。


 塔の中は吹き抜けで、遥か上部の天井には光源があり、外と同じ明るさを再現している。

 建物に入ったはずなのに、まるでトンネルを抜けて街に辿り着いたと錯覚してしまいそうだ。


 ハッキリと視認できないほど高い天井を見上げ、口を半開きにする僕をメイグロウさんは懐かしいものを見るような目で何度も頷きながら笑う。



「うんうん、わかるぜー、俺も初めて入った時は会長さんと同じ顔になったもんだ!」


「驚きました……本当に街なんですね」


「スゴいよな、なんでも1000年以上昔から建ってらしい。

 さ、まずは宿にいこう、馴染みのことがあるんだ、会長さんも同じ宿でいいかい?」


「はい、ぜひお願いします!」


 僕は前世でも口コミをしっかり見る派だった。

 飛び込みで行く醍醐味もあるのかもしれないが、どうも無難に安定をとってしまう傾向がある。

 馴染みの宿……即ち信用がある、初めての街では紹介してもらう宿一択だ。


 僕たちは馬車を預けたメイグロウさんたちの後を荷車で続いた。



――バベル下層街 はる月兎亭つきうさぎてい



「……騙された」


「うはは! 会長さん、どうしたんだい?」


「なんで酒場なんですか!? それもちょっと男性向けじゃないですか!! こっちは子供連れなんですよ!?」


 宿に近づくほどに嫌な予感はしていた。

 此処は明らかに歓楽街、その一角に建つ宿と詐称された酒場がここはる月兎亭つきうさぎていだ。様々な種族の従業員たちは一様に肌の露出が高く、扇情的な動きでオーダーを運んでいる。


 僕はハンドガンのスライドを引き、銃口を上げた。

 取り合えず、海の男たちに理解わからせなければならない。

 撃った後はスキルで治療するので問題ない、かなり痛いだけだ。


 僕の殺気を感じ、この武器がどんなものか、魔帆軟生物デミスキュラとの戦いで知っているメイグロウさんこと悪い大人は両手を上げて弁明を始めた。



「いやいや、待ってくれ!! 上はちゃんとした宿なんだって!!」


「……本当ですね? 嘘だったら撃ちますからね?」


 じっとりとした視線で悪い大人代表を睨み、彼に続き2階へ上がる。

 もちろん背中に銃を突きつけてだ、当然だろう?


 全く信用していなかったけれど、2階は酒場から想像ができないほどに普通の宿だった。

 受付をしてくれた恰幅の良い熊人族の女性も人当たりが良く朗らか。

 まさしく”女将さん”と言った言葉がよく似合う印象だ。



「な? なっ!? 本当だったろ?」


「……はい、信じました。脅してごめんなさい」


 ホルスターに銃をしまい、案内された部屋へ荷物を運びこむ。

 ベッドが2つの二人部屋だが、僕たち家族には十分な広さだ。移動の疲れからその日は早めに就寝した。

 余談だか、寝巻の甚平に着替えたうちの子はとても可愛らしかった。



 隣からいかがわしい声が聴こえたらショットガンを撃ち込もうねalmA。

 浮かぶ多面体を外に待機させた僕は物騒なことを考え眠りに落ちた。

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