ep3.港町オーワダ

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 星の日 pm 01:20


――ヨウキョウ東部 港町オーワダ


 準備を始めてから5日、そこからゾラ家を経由して更に5日、ヨウキョウの貿易港として栄えるオーワダに辿り着いた。起伏のある地形に建ち並ぶ家々は、どことなく日本の海岸沿いの街を想起させる。


 僕たちは埠頭に近いベンチに座り、停泊する船を眺めていた。



「「ほぁぁぁ、おっきぃ~」」


「本当だねぇ、僕もこんな大きい木造船なんて初めてみたよ」


「ミーツェの知ってる船って何で造られてたの?」


「金属がメインだね」


「沈まない……?」


 ティスの言うことも分かる。

 僕も造船は詳しくないので、船底の空洞で浮力を確保している程度のことしか知らない。


 それにしても材質が何であれ、大きな船舶は心が躍る。

 帆船で船体の左右にオールがついているので、ガレー船に分類されるのだろうか。



「子供を連れた白髪の猫人族……アンタ、ブラン商会の会長さんかい?」


「はい、えっと……もしかして、今回乗せて頂く船の関係者の方でしょうか?」


 船に見入っていた僕たちは、背後からの野太い声に振り向いた。

 声の主は鬼人族の男性、日焼けした肌に筋肉質な体型で如何にも『海の男』といった印象だ。



「おう! 立涌丸たてわくまるの船長、メイグロウだ! よろしくな!!」


「メルミーツェ=ブランです、こちらこそよろしくお願いします」


「船に興味があるのかい? 出港は明日だけど、うちの船見ていくか!?」


「「みたーい!!」」


 まさか船長さんだったとは……それにしてもメイグロウって……早口で言うとまぐろに聞こえるんだよなぁ。船の名前といい、文化が日本に似てるよね、ちょっと間違ってるけど。


 厳つい顔に反して快活なメイグロウさんに連れられて、乗船予定の船を見せてもらいに埠頭ふとうを歩いた。子供たちも彼に懐いたようで、両肩に乗せてもらいはしゃいでいる。

 思えば二人は狩人協会ハンターギルトのマッチョ集団にも懐いていた、もしかするとうちの子たちはゴツい男性が好きなのかもしれない……



「ミーツェ……何してるの?」


「いや、オーリとヴィーって筋肉が好きなのかなって……」


「張り合ってどうするのよ……」


 分かってはいた、力こぶを作ろうとしても、僕の腕は残念なくらいにフラットを維持していた。

 本気を出せばハンマーだって振り回せるんだと、内心言い訳をしている間に停泊場所へ着いたが、一隻だけ段違いの存在感を放つ船に僕は言葉を失った。



「こ、これは……」


「どうだい? イカす船だろ!?」


 船名にたがわない帆や船体にびっしりと描かれた立桶文様たてわくもんよう

 その全てが原色や金色でギラギラとしている。


 マストのあちらこちらには、それらを照らすイカ漁船かと言いたくなるほどに大量のランプの魔導具、海のデコトラと表現すれば良いのだろうか。

 確かに立桶は古来日本の縁起文様だけど、ガレー船にはミスマッチ過ぎて何とも言えない気分になる……



「派手でカッコいいですけど……目立ち過ぎて危なくないんですか? 海に魔獣とかいないんでしょうか?」


「魔物はいるな! 光に寄っては来るが些細なことだ!!」


「いや、大問題なんですけど……」


 大変ヤベェ人と船を紹介してくれたなとミヤバさんを恨みつつ、呆然と船を眺めた後は、予想外に気力を削られたので宿で休むことにした。宿に併設された食堂では、ティスにカニ料理をせがまれたのは言うまでもない。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



 翌早朝、海産物を食べてご機嫌な家族を連れてメイグロウさんの船に乗り込んだ。

 船内は立桶たてわくで埋め尽くされ非常に目が痛い。


 立桶丸は貨物船のようで、操船に関わらないのは僕たちと専属の商人数名だけだった。

 しかし、船の大きさの割に船員が少ない、この人数でガレー船を操れるのかと不安になったが、それは出航してすぐに驚愕に変った。


 巨大なオールを一人一つ受け持ち、メイグロウさんの号令と共に悠々と漕いでいたのだ。



「嘘でしょ……ガレー船のオールって大人数で漕ぐんじゃないの……?」


鬼人族おれたちは元々力が強いからな!! オールコレを一人で漕げて一人前よ!!」


 ウハハと豪快に笑うメイグロウさんは続けてヨウキョウの船舶事情も教えてくれた。

 オールで漕ぐのは主に鬼人族の操船スタイルで、国内で同等の人口比を持つ狐人族は形状を聞く限り、スクリューのような魔導具を動力で使うらしい。

 ただ、どちらの船も海流に乗った後は帆を張って風を推力にするそうだ。


 海の男たちが漕ぐ船は順調に海原を進み、揺れも少なく内装に目を瞑れば快適そのものだった。

 しかし、暫くすると急にガクンと船体が大きく揺れ、舵を切らずとも面舵に傾く。

 パニックになりかけたけれど、メイグロウさんが海流に乗ったことを教えてくれた。


 そして船員にまた号令を出す。



「よーし! お前らぁ!! かいをしまえ!!」


「「「漕ぎ方やめー! 帆を張れー!!」」」


 軍隊のように統率のとれた船員たちは、自分たちが担当していたオールを引き上げ、メインマストに登った者が降ろした帆を手際よく張っていく。

 海流に加え、風の力を受けた船はどんどんと速度を上げ、それは動力船にも負けないほどだ。僕は跳ね上がった飛沫と肌を撫でる潮風に冒険心をくすぐられ自然と笑顔になる。


 ティスや子供たちも同じようで、初めての体験にはしゃいでいた。



「どーよ、気持ちいいだろ? 数日は流れ任せだから楽にしててくれ。船の飯もそれなりに旨いから期待していいぞ」


「カニ! カニはあるかしら?」


「すまん、生モノはちょっとねぇなぁ」


「そうなのね、残念だわ」


 ティスはまだカニ食べる気だったんだね……

 それにしても揺れないし、じめっともしていない、想像していたよりずっと快適だ。

 ウカノさんが言ったように海路にして正解だった。


 派手派手だけど、船員さんたちも熟練って感じで安心感がある。

 出航前は恨むなんて思っちゃったけど、流石ミヤバさんが選んだ船だったよ、ごめんなさい。



「ふふ、平和だし気持ちいいね。何だかバカンスしてる気分だよ」


「ねぇねぇミー姉ちゃん」「あれなにー?」


「うん?」


 ――魔帆軟生物デミスキュラが出たぞー!!!!


「前言撤回……平和じゃなかったわ……」


 オーリとヴィーが指を指し、船員たちが叫んだ生き物を僕は知っていたけれど、知らない生き物だった。矛盾しているかもしれないが、僕が知っているソレはあんな動きをしない。


「何あれ……? たこが飛んでるんだけど?」



 意味がわからないよalmA。

 僕は浮かぶ多面体の隣でたこを見つめただただ困惑した。


【メイグロウ イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093074627988392

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