ep2.5.ザワークラウトを作ろう!

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 地の日 pm 01:20


――リム=パステル インディゴ商会 飲食店厨房


 ファルナの手紙を受け取った翌日。

 用意したい物の手配を粗方終わらせた僕は、船旅で重要なものを作る為、パイロンさんに定休日のお店の厨房を借りた。



「今回は何作るのかしら? 食べ物だから前みたいなことはないとは思うけど、大丈夫なのよね?」


「目覚ましのこと、まだ根に持ってるの……? 今日はザワークラウトを作るよ」


 魔法や魔導具を用いたこの世界の食料保存技術は前世に及ばないもののそれなりに高い。

 大航海時代のような悲惨なことにはならないと思うけど、用心することに越したこはない。


 それに誰が見ているか分からない船内では、ポータルは気軽に使えないと思っておいた方がいい。

 その為、保存食を用意するのは必須だ。



「ミー姉ちゃん」「ざわーくらうとってなぁに?」


「お漬物だよ~、ミヤバさんの家でもちょっと酸っぱいカブの料理あったでしょう?」


 うちの子たちは酸っぱい物もいける口なので助かる。

 お陰でアレの対策でザワークラウトを選ぶことができた。



「なんで漬物なの? 長い間保存できるから? でもそれなら缶詰で良いんじゃないかしら?」


「缶詰も持っていくよ。でもね、船で罹りやすい病気の予防も兼ねてるんだ」


「キャベツを食べて治るの?」


「うん、壊血病って言ってね、ビタミン……マナみたいに身体に必要な力が減り過ぎると、いきなり出血したり、酷い時は歯がぽろぽろぽろーって抜けちゃうんだよ」


「「ぴっ……!!」」


 オーリとヴィーが口を押えて怯えてしまった。

 尻尾も丸まり、耳も下がってしまっている。


 怖がらせてしまったことを反省しつつ話を続けた。



「でも! ザワークラウトを食べてれば病気にならないから心配ないよ!」


「「ほんと?」」


 嘘はない、この世界より食料保存技術が劣っていた前世の18世紀、クック船長ことジェームズ・クックは世界一周の船旅で一人の壊血病も出さなかったそうだ。


 彼はザワークラウトやロブを船員に飲食させていたと遺っている。



「本当だよ、だから作ってみよう。

僕がキャベツを切るから、オーリとヴィーは容器を煮沸して。

ティスは外葉を折り畳んで蓋を作ってもらっていいかな?」


「「「わかった(わ)!!」」」


「じゃあ、料理開始!!」


「「「「おー!!」」」」


 ん……?

 声が一人多いぞ?


「……なんでパイロンさんが混ざってるんですか?」


「パイ、新しいレシピに興味がありますン!」


「あ、はい、わかりました……」


 突然現れたパイロンさんにキャベツの千切りを替わってもらい、僕は容器を煮沸しながら、ティスと一緒に外葉で蓋を作りる子供たちを見守る。


 三角巾を被ってエプソン姿でせっせと葉っぱを畳む様はとても可愛らしく、思わず破顔してしまう。



「デレデレし過ぎよ……よそ見してると火傷するわよ?」


「大丈夫、そうなったらスキルで治すから」


「大丈夫じゃないわよ!」


 ティスと我が家では日常の会話をしていると、パイロンさんが子供のように元気良く手を上げキャベツを切り終わったことを宣言する。



「終わりましたン、太めの千切りってこれくらいでいいですン?」


「嘘でしょ……早いし均一過ぎる……」


 機械でカットしたと言われても疑わない精密さで、4玉あったキャベツが千切りに変っていた。

 普段の言動から忘れがちだが、パイロンさんこの人は一流の料理人なのだ。



「じゃ、じゃあ次はキャベツを塩で揉んでいこう。

オーリとヴィーももう一度手を洗ってから手伝ってもらっても良いかな?」


「「「はーい(ですン)!!」」」


 しれっと子供たちに混ざるパイロンさんはもう気にしないことにした。

 両手をいっぱいに使って一生懸命にキャベツと格闘する我が子たち、うん可愛い。



「水気が出てきたらビンに詰めていくよ~、1/3くらい詰めたら葉っぱの蓋を被せてすりこ木コレでぎゅうぎゅうに押してね」


「ミーツェン、どうして香辛料は別々に入れるんですン?」


「好み、ですかね? 胡椒とかクローブなんかは保存を助けてくれるのもありますけれど、それぞれ風味が違う方が良いかな、と思って。ちなみに僕はローリエコレが一番好きです」


「なるほどですン。ミーツェンは南に向かいますし、あっちは香辛料の種類が多いですン。もし余裕があったら販路を確保して欲しいですン、中々珍しい物は入ってこなくて困ってるんですン」


 そうか、海路だと南からリム=パステルへ輸入するには大陸をほぼ一周しないといけないのか。パイロンさんの言うように余裕があったら考えておこう。


 その後も雑談を交えつつ作業を続け、最後にキャベツを詰めたビンの中に煮沸した重石おもしを入れしっかりと密閉しザワークラウトは完成した。



「日が経つほど、酸味が強くなりますから好みで調整してください」


「んむんむ……お肉料理なんかに合いそうですン!

船乗りさんにもオススメできて日持ちもする、良い事尽くめですン」


 満足頂けてようで何よりです……と思っていたが……



――翌日 pm 02:00 カーマイン商会 執務室


 何故だかウカノさんに呼び出され僕はカーマイン商会に来ていた。


「メルちゃん、どうして私が呼んだか分かってるですね?」


「いえ、さっぱり……」


 部屋に入るなり、むすっとした表情のウカノさんに質問されるが心当たりがない。

 素直にそれを伝えると表情は更に険しくなり、今にも魔法で燃やされそうだ。



「あの……何か失礼なことをしてしまったのでしょうか……?」


「私は!! 言ったですよね!? 安売りは!! するなと!!」


 ひぃぃぃ!! 怖い怖い怖い!!

 ベリルさんと同じことしないでよ、近いし目がヤバいって!!



「どうして!! レシピを!! タダで!! 渡したですか!?」


「ごめんなさいぃぃ!! ビックリするくらい自然にパイロンさんがいたのでつい!! 次から絶対に気をつけます!!」


 その後は小一時間ほど執務室で商売について説教を受けて解放された。

 情報の取り扱いは(ウカノさんに怒られないように)気をつけよう、そう強く思った午後の日だった。



 忘れてたけど、商会長たちって怖いよねalmA。

 ぐったりとした僕は浮かぶ多面体に跨った。


【エプロン姿のオリヴィ イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818023214033433612

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