過去形で言わないで
最寄駅に着くと既に外は暗く、傘を広げて家路を急ぐ。
冬は好きだけど、冬の夜ってなんだか寂しさを感じてしまう。
ついこの間までは颯太の温かい手を握って一緒に歩いていた道のりが、1人だとこんなにも寒かったのだと思い知る。
一人暮らしをしているアパートは、女の子だからと心配する親の言うことを聞いてオートロックにした。
正面玄関の前に着くと、花壇の前に小さくうずくまる人影があった。
雨の中傘もささずに何してるんだろ…。変な人だったりして…。
そう思って足速に過ぎようとすればゴソッと人影が動いて顔を上げる。ビクッとして見れば、それはとても恋しかった人物だった。
「え…………颯太……………」
『彩………!』
そう駆け寄って来るや否や、颯太の胸に引き寄せられる。
久しぶりの匂いに、奥の方から込み上げてくるものを感じた。
「なんで……いつから此処にいたの?びしょ濡れじゃん…」
そう聞くと背中に回されていた手が緩んで、目を合わせてくる颯太。
泣かないで、そう言って私の頬を伝う涙を拭う颯太だけど、自分だって今にも泣きそうな顔をしている。
『彩さ、俺のこともう好きじゃなくなっちゃった?』
「なに、言ってるの。好きに決まってる。私はそんな簡単に気持ちは変わらないよ」
『……じゃあ大智とデートしてたってのは?』
そう言うとスマホの画面をそっと差し出してきた颯太。そこに写っていたのは紛れもなく、先ほどのパンケーキを食べる私の姿だった。
『これ、あいつから送られてきた。彩とデートしてるって。貰っていいのかって、そう聞かれた』
「え…………っと、ごめん。よく分からないんだけど」
困惑しながらも、今日大智と買い物に行くことになった経緯、お礼にとパンケーキを奢ってくれたこと、ついでに颯太のことを相談していたことまでゆっくり説明すると、ようやく状況が掴めた気がした。
『俺らもしかして……』
「うん……大智の奴にしてやられたみたい」
気まずさも忘れて思わず2人でクスッと笑う。
「あのさ…上がっていかない?濡れたままだと帰れないでしょ?それに、話もしたい」
颯太はその提案にコクリと頷いてくれた。
部屋に上げて、バスタオルと彼が置いていった着替えを渡す。
『……なんか、すごい久しぶりな感じだわ』
「そうだね、いつも入り浸って一緒に生活してたもんね」
『…………なんかそれ嫌だ。過去形で言わないで』
無意識だった。なんの意図なしに口から出た言葉だったけど、颯太はそれを嫌がった。だけど彼がどうしたいのか、気持ちを聞いていない以上は容易に舞い上がることはできない。
「颯太はさ、私のことまだ好きでいてくれてるの?私とやり直したいって思える?」
ソファーに座って淹れたばかりの温かい紅茶を啜る颯太にそう確かめる。
もしここで拒否されたのなら、その時は本当にこれまでなのだろう。
『俺だって好きに決まってる。…それと'やり直す'って何、俺ら別に別れてないだろ』
唇を突き出して拗ねたように言う彼は、いつもの彼でようやくホッとした。
「だってこのまま自然消滅とかっ…なるんじゃないかって…」
安堵からか、これまで堪えていた涙が途端に溢れ出す。
"距離を置く"
そう言われたカップルはどうなるのか、会えない間に沢山検索してみた。
大体はそのまま自然消滅になるだとか、そのうち相手に新しい人が出来るだとか、そんな話を見る度に1人枕を濡らしていた。
突然泣きじゃくる私に慌てつつも、優しく抱き寄せて背中をさすってくれる颯太。
『ごめん。俺あの時余裕なさすぎて、自分のことしか考えられてなかった。サイテーだった。本当にごめん』
私はただただ首を横に振った。
『二度と悲しませたりしないし、絶対泣かせないから。俺のこと信じて一度だけ許してほしい』
「でもっ、私また颯太のあんな姿見たら、口出しちゃうかもしれないよ…」
『いいよ、心配してよ。俺だって逆の立場なら絶対に口出してる。今度は絶対彩の言葉を聞き入れるから』
優しい顔でそう言うと、ゆっくり彩の唇と自分のそれを重ねる颯太。そして彩はそれを受け止めようと、そっと目を閉じた。
それからというもの、颯太のダンスへの熱は変わらぬままだけど、自分の体を大切にしてくれるようになった。
健康的な生活をしていたらダンスも調子が良くなったみたいで、大会では見事優勝を収めた。
表彰式に立った彼は、今のお気持ちは?と感想を求められるとマイク越しに『彩大好きだー!』なんて叫ぶから恥ずかしくて顔上げられなかったけれど、胸いっぱいの幸せを感じたのだった。
君は言った「距離を置こう」 @kitty97319
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