もう戻らないかもしれない日常
『距離を置こう』
そう言って颯太は電話を切った。
何が起きたのか理解ができない彩。ようやく状況を把握した頃には外は明るくなっていた。
"距離を置こう" ドラマや映画の中ではよくある台詞だけど、いざ自分が言われるとこんなにも悲しい言葉なのか。
そして颯太と私はその言葉通り、距離を置いた。
ーとは言っても、連絡さえしなければそんな事はいとも簡単で、同じ授業を取っているわけでも無かったから、キャンパス内で鉢合わせることも無かった。
こうして颯太と顔を合わせることのないまま、2週間が過ぎようとしていた。
颯太のいない毎日は想像よりもずっと退屈で、大袈裟じゃなく、何の意味もないような気さえしていた。
毎晩毎晩メッセージ画面を開き、文字を打っては消しての繰り返しだった。
くだらないことで笑い合って抱きしめてキスをして愛し合って…。当たり前のように過ごしていたあの頃には、もしかするともう戻れないのかもしれない。そう思うようになっていた。
〈おはよ〜うわ、顔暗いんだけど〉
「おはよう大智」
〈なに、まだ意地張り合ってんの?〉
「もはや意地とかじゃないんだってば…もうダメなのかも」
〈はあ〜……先輩も本当頑固なとこあるよな〉
言いながらスマホをゴソゴソと取り出した大智。
〈今度の週末さ、暇してる?〉
「え?…ああうん、別に何も予定ないけど」
〈んじゃあさ、買い物付き合ってよ〉
少し驚いた。大智に遊びの誘いを受けるなんて初めてだし、そもそも彼は女友達とどこかへ行くなんてしない人だと思っていたからだ。
どうしたと言わんばかりに目を見開いている私を見て、補足をするかのように言葉を続ける大智。
〈もうすぐ母さんの誕生日なんだけど、何が良いか一緒に選んでくんない?〉
ああ、そういうことか。
そう言えば大智とお母さん、すごく仲良いって聞いたことあったな。
「なるほどね、いいよ私で良ければ」
そう二つ返事で引き受けて、今度の日曜に会う約束をした。
日曜日はあいにくの曇り空だったけど、約束していたのは大きなショッピングモールの中だったからさほど問題はない。
時間ぴったりに到着すれば、遠目からでも目立つスレンダーな大智が既に待っていた。
通りすがりの女の子達が彼を振り返るから、これまで気にしたことなかったけど、きっと相当モテるんだろうなぁなんて思いながら駆け寄った。
大智は見たいショップをリストアップしていたから、その順序通りに回ることにする。
〈これとこれどっちが良いと思う?〉
「うーん……お母さんの年代ならこっちじゃないかな」
そんな調子でトントンとショップを回っていき、最後は彼のセンスの良さでとても素敵なスカーフが選ばれた。
外に出れば曇り空だった空は、更にどんよりとした雨模様に変わっていた。
天気予報は見ていないけど、何となく降りそうな気がして折り畳み傘を忍ばせておいた自分に心から感謝する。
〈彩腹減ってない?お礼に奢らせて〉
「ええ…正直私役に立った気がしてないんだけど笑」
〈いや、あんな店俺1人じゃ入れなかったから助かった〉
そう笑う大智に甘えてオススメだというスイーツ屋さんに入る。
「うわ、美味しそう!こんなお店よく知ってたね」
パンケーキを前に大興奮する私。と、そんな私に呆れ笑いしている大智なんか見て見ぬ振りだ。
「大智はさー、彼女作らないの?」
口いっぱいに頬張りながら何気なくそう聞けば、前からカシャッと音がした。
見れば大智がスマホを私向けているではないか。
「ちょ、撮ったでしょ?!」
〈ふはっ、めっちゃ面白いんだけど〉
そう言って見せてきた画面には、口の周りに生クリームとヌテラをベタっとつけた私の姿。
自分で言うのもなんだがなんとも見っともない……
「ねえ〜やだ消してよ?」
〈用が済んだら消すから安心しな〉
なんて、意味の分からないことをいう大智に今度は彩が顔を顰める。
「用?!なに用って!怖いんですけど悪要禁止!」
〈バイトのグループにシェアしといたわ〉
「ちょっと〜!絶対次のシフトでネタにされるじゃん」
〈こんな面白いもの独り占めはマズイじゃん?〉
そう意地悪く笑う大智を軽く睨みつけながら、残りのパンケーキを口の中へと誘導した。
「は〜お腹いっぱい!ご馳走様でした」
〈こっちこそ、今日は付き合ってくれてありがとな〉
じゃあまたバイトで、と手を振って大智とは駅で別れたのだった。
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