後編 キミとの恋にエピローグを

 前言撤回。たかが性欲よ侮ることなかれ。

 今、俺は猛烈にイタしたくてしかたなかった。けど、イケない。どうしても達することができなかった。どうしようと、なにをしようと、一人ではダメだった。なら彼女に頼めばいいという話だが、この場に天罰を下した彼女はいない。それでも、無意識にも彼女を探しているこの状況に、なぜか彼女の微笑んでる姿が浮かんで嫌になる。もう別れたのだ。もう忘れるって決めたんだ。もう二度と思い出すことなんてないと、そう心に誓ったんだ。

 こんな性欲ごときに負けてられない。もう今日の大学の講義も終わる。けど、肝心の講義の内容が全く頭に入ってこない。これほど悔しいことはないと、そう思わずにはいられない。


 教授がここまでと言う声を、俺はちゃんと聞けていなかったことだろう。普段の五倍は高められた性欲は睡眠欲、食欲を置き去りにして、満たしたいと錯覚させていた。自分じゃイケない。それなら彼女に頼むしかない。

 どうせ家に帰ればいる。もしかしたら今もつけてきて、どこかで見ているのかもしれない。

 そうして家につくまでの間、悶々とし続けていた。


 家に帰った俺を出迎えたのは沈黙だった。想像もしていない答え合わせ。いや、わかりきっていた答え合わせ。

 天罰などなくても理解していた結末。別れたのに、忘れようと思っていたのに、それでもこびりついて離れない焼き痕のような記憶。いつかいつか忘れられるだろうと、そう思い続けていた。そうして大学生になった。めまぐるしい日々に追われた俺が忘れたのはだった。

 だって、彼女はすでにこの世にいない。些細な出来事で俺は彼女と喧嘩した。彼女にプリンを食べられた。ほんとに些細な事だ。このときの言葉が最後になるとも思っていなかったから。心にもないないことも言った。言い過ぎた。そう思っていても、当時の俺は全く悪くないと思っていた。彼女がプリンを食べたのだからと。

 けど、数日後彼女は死んだ。交通事故に遭った彼女は病院に運ばれ意識不明。しかし、そのまま目を覚ますことはなく脳死が医者から告げられた。交通事故が起きた現場には、プリンと一通の手紙があったという。手紙は読んでいない。彼女の両親から、「これはキミに宛てた手紙だから」と渡されてから今も仕舞われたままだ。

 しかし、それを忘れたところで現実は変わらない。それぐらいわかっている。けど、いつの日か俺は幻覚を見るようになった。彼女の幻覚を。けど、別れたという記憶から、元カノにストーカーされているぐらいにしか思っていなかった。幻覚が見せた心地のいい夢は至高に等しい幸せな日々だったのだから。忘れられない、引きずり続けている辛い過去、未練たらたらの俺には必要だったのだから。

 それでも、せめて仲直りできたら。もし、できるのであればもう一度だけ彼女に会わせて欲しい。今度はちゃんと現実を見るから。


「頼むよ」


 情けない声が部屋の沈黙を破ると、鼻腔をくすぐる花の香り。


「もう、まだ一日も経ってないのに私を求めちゃうの?」


「あははは。はははは……。うっ、っん……」


 溢れ出してやまない感情が、あふれ出して止まらない涙が目の前の現実をぼかす。


「わかってたんだ。全部、全部わかってた」


「うん」


「それでも、最後に一言だけ言いたかったんだ」


「なに?」


「俺はちゃんとお前のことを愛していた。好きだった。大好きだった」


「知ってるよ」


「あの日、好きでもないだなんて言ったの心にもなかった」


「知ってるって」


 幻覚か、幻聴か、ぼやけた視界は、声にもならない嗚咽まじりの自分の声は彼女の声もまともに聞かせてくれない。

 それでも、やっと言えたと、伝えることができたと思えた。


「それじゃ、私の最後のお願い」


「えっ?」


「手紙は読まずに捨ててよ。私のことを忘れるために」


「そ、そんな」


「私はもう居ない。先に進むにはそれが一番だからさ。私の最後の心残り」


 彼女は最後に「この恋に終わりを、エピローグを」そう言って消えた。なにも残っていない。仕舞ったままの手紙を探すも、出てこなかった。


「ああくそ、読まれないように保険までかけるかよ、普通」


 そんなことを呟いていた。

 けど、俺は彼女のためにも、前を向くことにした。この恋に終わりを告げるために。

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キミとの恋にエピローグを アールケイ @barkbark

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