断章 過ぎ去りし日々

断章 女神はかく語りき

 真っ暗な、というよりは光が無い。

 上下も左右も、広さも狭さも無い。

 ただ、私だけが『有る』としか言い様のない、そんな状態。

 時間の感覚はあったような気はするのですが、悠久…と表現するには空虚な時間をそんな感じで過ごしているので、どれだけの時間が経過しているのか全くわかりません。


 私、女神テラフィナが何故そんなことになっているかと言いますと、ちょっとどころじゃなくてしまったからでして…。

 今はこうして『神々の封牢ふうろう』で神としての権能ちからが失われ、存在が消滅するまで大人しくしている訳です。

 もっともこの『神々の封牢』、外からも内からも、あらゆる干渉を封じるべく創られた偉大なる神々による傑作!かの邪神や魔獣などあらゆる邪悪を封じこめた由緒あるもの!

 私のような木っ端女神にどうこうできるものでは御座いません。


 はぁああああ

 ずっと独りでいると自問自答や独白ばかりしてしまいます。

 まぁせっかくなのでもう少し語ってしまいましょう。

 他にやることもないことですしね。



 まず神について簡単に語っておきましょう。

 神とは人の願いに応える為に生まれます。

例えば人が雨を願い、雨を降らす権能ちからが生まれる。実際に雨が降ったならば、それに人が感謝や祈りを捧げる。

はい、信仰と神の出来上がりです。

案外簡単に神は生まれてしまうんです。


 ちなみに、神話なんていうのもありますが、あれはですね、人が『こんな神がいたらいいなぁ』なんて考えて物語を創るんです。ぶっちゃけ、ただの妄想なんです。でも、たくさんの人に物語が伝わって、皆が『こんな神がいるんだなぁ』なんて思ったら本当に神が生まれちゃうんですよ。

 あとは、人が畏怖したり畏敬したり、そんな対象もまた神になりますね。


 そんなわけで私がかつて過ごした場所には神がそれはもうたくさんいました。

 まぁ一口に神なんて言っても権能ちからの強さはピンキリです、ピンキリ。

だいたいは捧げられた願いに比例して強い神になるという感じです。例外もありましたけどね。

 

 人の願いから生まれるとはいえ生まれたからには神にだってちゃんと生活がありました。ふつうにお仕事したり遊んだりです。

 強い神ほど偉いというわけでなく適材適所。神によって出来ることが全然違いますからね。指示を出したりするのが得意な神がいてだいたいその神に従ってお仕事をしてましたね。

 ちなみにその神が人の神話では『主神』なんて呼ばれていましたね。責任感のあるよい神でしたよ。


 私もそんな神の世で暮らす一柱の神でした。

 私の場合、人の願いに応えていることのほうが多くて、神の世での仕事は全然してなかったんですけどね。…ニートではありません。


 私がどんな神だったのかと言いますと、

『最期の願いの女神』とでも言えばよいでしょうか?まぁこれは親しい友神が私に対して使う呼び方で、人に知られた名前は封牢に入る直前までありませんでした。今はテラフィナだなんて名前がありますが……それは本当は私の名前ではないのですけどね……。


 私という権能ちからが生まれたのは、人というものが生まれ、そしてその中で初めて死を迎える者、その今際でした。

 死ぬということが何なのか誰も知らない、そんな時代とき。初めての"死者"。

 当人だけは自分がどうなるのかなんとなく分かっていたようで、そしてそれを他の誰にも理解してもらえない。気づいてもらえない。

 寂しさ、悲しみ、そんな気持ちを少しでも和らげたい…そんな切なる願いに応えるように私は生まれました。

 あ、ちなみに死神というわけではないんですよ?かの神はこの死者によって“死”というものを人が初めて知ったときに生まれたので、私のほうが少し先輩ですね。

 


 今でこそ『最期の願いの女神』だなんて呼ばれもする私ですが、生まれたばかりの頃はそんな大層なことはできませんでした。

 せいぜいが今際の意識の中に現れては、そっと寄り添う程度です。

 私のことは死にゆくものにしか認識できないですし、死人に口無し…と言うと聞こえは悪いのですが、まぁこれから死ぬと言う方がわざわざそんな曖昧な存在のことを誰かに伝えることは無いわけで。

 伝聞で私のことが広まるようなことも一切なく、永く永く人の死に立ち会い続けて漸く、“最期の願いを叶える”権能ちからを得た、そんな程度の神だったのです。

それに、願いを叶えるといっても“どんな願いも叶えます”なんてことは無理でしたし。

 1人の願いでは大それたことはできません。だいたい安らかに逝かせてあげるとか…最期にいい夢みせてあげるとか…そんなことしかできないちっぽけな神なのでした。



そのハズなのですが…


 事の発端は戦争でした。

ただの戦争ではありません。当時の人の国家、その中で軍事力を二分する大国同士の戦争です。

 神として人の営みはずっと見てきましたから、戦争だって何度も見ているのです。

 人類史は戦争と平和の繰り返しと言っても過言ではありません。担当する二柱の神の権能ちからもとても強いですからね。

 その戦争は互いの軍事力が拮抗していたからかどうなのか、戦争の形態の変化からなのか、10年以上続いたにもかかわらず、死者100万人以下におさまっていました。大国同士の戦争にしては少ない死者数に私も少し安心してしまいました。忙しかったのは間違いないですが。

 他の神々もこのまま膠着状態が続くのだろうと静観していたみたいです。


 げに恐ろしきは人の悪意とは良くいったものです。膠着状態を嫌ったか、決着を急いだのか、一方の大国が秘密裏に開発していた超非人道兵器の使用に踏み切りました。

 その兵器は多数のミサイルに搭載され

迎撃困難な高度に打ち上げられ炸裂。特殊な化学物質は拡散しながら雲に混じり、雨として周辺国もろともに降り注ぎました。

 直接雨を浴びたもの、気化したそれを吸い込んだもの、被毒者は5億人にも及びました。そのほとんどは軍人ですらない一般人でした。


 遅効性ながら致死性の高いその毒は被毒から5時間ほどで死に至り解毒の方法は無い。

そう知らされた人々の心中はいかなるものだったでしょうか?絶望か憤怒か悲哀か…そのような感情がごちゃ混ぜになった深層意識は死の際にて奇跡的な一致を見ることになりました。


報いを。


恐怖を。


絶望を。


そして死を。


億単位の人の最期の怨嗟願いは、


私という神に応えられました。


それが、私のやらかし。




◎ ◎ ◎ ◎


女神テラフィナ

想像しうる最悪、最悪の神、災厄の神、恐怖の神

かの神格は人の恐怖願いを引きずり出し、考えうる限り最も悪い形で応えるものであるとされる。

その最初の顕現は第6次世界大戦末期に確認された。姿は見るものによって変わり不定形だが恐ろしい姿という点で共通している。非常に恐ろしげな印象の女性の声を聞いたという報告も上がっている。

顕現とほぼ同時に――国、及びその同盟国の領域内にて地震、火山活動、津波等の災害が連鎖的に発生。さらには厳重に保管されていたはずの毒性化学物質が漏洩、同時発生した台風様の暴風により国土全域へ拡散された。

この顕現による総死者数は20億人にも上り、

いまだその爪痕は残されたままである。

後の調査、検証において上記にて確認された自然災害の連鎖はシミュレーションの結果、低確率ではあるものの自然に起こりえる現象であるという。

 (神性対策局調査レポートより抜粋)










 

 




 

 


 

 




 






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